てらだゆ
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月蝕

愛憎の練習(CP要素なし)時系列は1部の途中くらい 二人がバーで話すだけ

 眩しい夜によく映える花火だった。
 紫色の石は上空で砕けると、月明りを受けて派手に煌めきながら放射状に落ちていった。速度を次第に上げながら、欠片たちが降ってくる。とっ、と軽い音を立てて足元に転がったのをひとつ拾い上げる。視界の端が光り、数歩先に見つけた石をまた拾う。雹が地面を打つような音と鼓動が混ざりあう。指先が小刻みに震える。土を掘るようにして、更に拾う。傘の無いからだに石が当たろうとも気にせず続ける。どんなに小さな欠片も取りこぼしてはならない。
 自分の所有物でないそれを、復元するために。

・・・

「人間は気に入ったものほど使えなくなる性質らしいね。この前、賢者様が双子から羽ペンを貰った時に『勿体なくて使えない』って言ってたんだ。劣化や破損が怖くてとっておきの品を棚にしまいこんじゃうなんて本末転倒で面白いよね!」

 頭上から明るく乾いた声が降ってくる。
 私は床に散らばっていたタンブラーの破片を魔法で集めると、身を起こしてカウンター越しの彼に微笑みかけた。

「まるで魔法使いが物を大切に扱わないような言い分ですね」
「統計的にはそうなるんじゃない?どんなに大切な物でも、それが生命でない限り俺達は魔法で修復できる。保険があるからといって喜んで病気になる人は少ないだろうけど、不摂生に過度に怯えることはない。でも、あくまでも全体の傾向の話だから、特定の個人がそうだって決めつけてるわけじゃないよ。シャイロック、きみとかね!」

 ムルはこちらと視線を合わせると、口角をくっと上げてそのままカクテルを煽った。私は「そうですか」と相槌を打つ。
 魔法舎のバーは夜も更けてきたというのに彼が唯一の客だった。任務で出払っている者が多いからだろう。久々に差し向かいで彼にアルコールを出していると、気が緩んだのかグラスを落としてしまったのだ。
 割れたタンブラーを空いた缶に避けたところで、ムルは空にしたグラスを滑らせるようにこちらへ押した。

「お次は何を?」
「ねえ、さっきのグラスは直さないの?」
「あれですか?折角ですので修理に出そうかと。東の国に割れた食器を金で繋ぐ職人がいると前に聞いたので、今度持っていきます」
「金継ぎだね!俺も聞いたことある。魔法で無かったことにするんじゃなくて、割れてしまった事実すら愛そうだなんて実にきみらしいよ。そうだ、次の一杯は一緒に割れたグラスに乾杯しよう!」

 ぱちん、とムルの長細い指が鳴らされ、室内に反響する。
 私も自然と息が漏れて、カウンターにワイングラスを二つ並べる。それから戸棚のボトルに手を伸ばした時だった。

「そうだよシャイロック」

 友人の声は微かに震えていた。

「欠けたものを全く同じように直す必要なんてないんだよ。俺の砕けた魂だってただ戻すんじゃ味気ない」

 ひと息に言うと彼は「エアニュー・ランブル!」と指を振り、手のひらに水色の石を出現させた。美しくも禍々しい雰囲気に背筋が伸びる。《大いなる厄災》の欠片だ。

「ねえねえ、俺がこれを飲んだらどうなると思う?愛しの《大いなる厄災》とひとつになれるかな?全然違う人格になったりして!」
「待ちなさい、ムル――

 聞いておきながら、私の答えなんて必要ないムルは鏡面にくちづけたかと思うとそのまま口に含んだ。しばらく口内で転がした後に喉仏が大きく動き、嚥下する。
 静寂が訪れる。先ほどまで好きなだけ捲し立てていた男は恍惚と瞼を閉じたまま静止した。私も彼から目が離せずに固まるほかなかった。
 考えたこともなかった。私は旧友の修復が目的だけれど、自分をどう再構築するかは彼自身が決めることだ。色の褪せた絵画へ画家自身が手を入れることに誰も文句を言えないのと同じように。それでも今の彼に彼を託しても良いものか判断がつかないし、今後もそうだろう。
 思考が巡る。その間もムルは微動だにしなかった。
 再構築どころか、友人はこのまま、数百年眠り続けるのではないか。
 いよいよ不安になった矢先、彼はぱちりと両目を開き、ゆっくりと首をこちらへ回した。

「やあ、シャイロック。それで、次の一杯はまだかい?」

 白々しい声のトーンに血の気が引く。
 私のどの友人もこのような話し方はしない。
 思わず半歩、後ずさる。魔法ではない、嫌な気配が相手から立ちのぼる。
 貴方は、誰。いや、わかっている。私から二度も友人を奪ったのは、夜空に鎮座するあの美しき――

「なんてね、冗談!残念だけど、月の欠片は魔法使いには馴染まないみたい」

 ムルはけろりと言うと再び呪文を唱えて先ほどの鉱石を体内から取り戻してみせた。

「マナ石みたいに溶けないし、消化もされないね。入れっぱなしにしてたら、おなか壊しちゃう!シャイロック、口直しのワインはまだ?」

 猫のように友人はカウンターへ寝そべった。先ほどまでであれば愛らしいと感じただろうにそうは思えない。こちらを見上げるターコイズの瞳は照明をめいっぱい跳ねかえして輝いているが、その奥を読みとれたことは今まで一度もなかった。
 動揺を悟られていつもの質問攻めが始まる前に、私は久しぶりに湧いた感情を穏やかに吐きだした。

「嫌な人」