スサ
2024-08-14 11:26:48
8779文字
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【鬼水】盆、帰る(前編)

江口さんのお盆に帰ってくる水木さんを見てあまりにも良くて普段は地獄にいる水木さんのことを考えた結果(ご本人にはお伝えしています…!)、お盆に水が帰ってくるとまったく使い物にならん鬼もいるかもしれん…となりました。の、前編です。後編(使い物にならん鬼くん)を書きたいので前編を書きました。お盆の間に終わる予定です。終わったらあとで支部とかにまとめます。

 小僧のなりをして、見た目からは想像もつかないような強大な力を持った幽霊族。他の妖怪からしたら、時には目の上のたんこぶのような存在。何しろそのちょっとやそっとじゃ敵わない膂力と霊力でもって、やれあれは良くないこれは感心しないのと口を突っ込んでくる。幼い時分に人間に育てられたかららしいが、まったくけしからんことに人間の側にもしばしば肩入れする。常に人間の味方でもないらしいが、そもそも常でなくても味方をするのがこざかしい。実に面白くない。
 というのが、まあ、最後の幽霊族──鬼太郎を知らない妖怪達の概ねの言い分だ。
 そんな小憎たらしい幽霊族の小僧がぞっこん惚れ込んだ「いいひと」が地獄にいるらしい、という噂はもう長いことまことしやかに囁かれていた。何なら地獄に探しに行った輩も少なくない。
 ただ、そうして帰ってきたやつはいない。
 鬼太郎は甘いところがあるので、よほどでなければ命まではとらないため、探しに行ったまま帰ってこない同朋がいるとなると恐ろしいことだ。それだけ鬼太郎の弱みなのか、逆鱗か。
 だが本能に忠実なのが妖怪というものだ。いけないとわかっていても一目のぞきみてやりたくなる。何なら、あの小僧がだらしなく鼻の下なんぞのばしているところが見られたら最高なのだけれども、そう思う気持ちを止められないものはしばしばおり、「鬼太郎のいいひと」を尋ねて地獄へやってくる輩は、今日も後をたたないのであった。


……で」
 後悔は富士のお山に三度は登れるくらいしたが、だからといってどうなるものでもない。
 地獄とも思えない(実際、あらゆる地獄の階層の中でも現世に近い場所にある)平屋の屋敷の前、のこのことこんなところまで「鬼太郎のいいひと」をのぞき見にやってきた結果、屋敷の見回りのような作務衣の男にとっ捕まった妖怪達は、正座をさせられ神妙にするしかなかった。
 目の前の男が何者なのかはわからない。地獄の鬼達のような見かけはしておらず、むしろ、人間そのものといった外見をしている。鬼太郎の「いいひと」とやらは人間らしいので、護衛だか使用人だかも人の形の方が気安いということなのかもしれなかった。こうして屋敷までのぞき見にくる連中も絶えないのだし。
「何しに来たんだ、おまえら、一体」
 さきほど三匹の妖怪を見事に打ち据えた竹箒を軽く肩に担ぎ、男は腰に片手をあて、容赦も隙もない態度で問う。左目の上、縦に走る傷が印象的な男だが、よくよく見れば随分見目が良い。もし亡者なら、これは生前相当な色男だったことだろう。
「聞いてるんだが?」
 まともに戦って負けるとも思えなかったが、どうしたわけか、妖怪達は最初に「コラーッ!」と怒鳴られた所から妙に心が折れ、この男の言うことに従わなければいけないという強迫観念に取りつかれていた。恐ろしい話である。
き、鬼太郎の」
……
「そう、鬼太郎の野郎の、そのぉコレがいるっていうんで」
「あのすかした面した小僧がぞっこん惚れてるっていうじゃないか、どんな相手か気になるってもんだろう」
 一瞬考え込むように黙った男に気を良くして、ぺらぺらと妖怪達は言葉を継いだ、が、じろり、とにらみつけられ、またしおしおと黙り込んだ。
 本当にこの男は何なのだ。怒られると条件反射で謝りそうになる。恐ろしい。
見てどうするんだ」
「え?」
「どうって、不細工だったら笑ってやろうってくらいで」
 素直に答えた真ん中の妖怪は、目にもとまらぬ早さで繰り出された竹箒に吹っ飛ばされた。
「無礼なことを抜かすんじゃねえ」
「おい、しっかりしろおい! 何なんだよその箒はよぉ!」
「これか? 閻魔様がちょちょいと細工してくださった特別なありがたい竹箒だ」
「そんなもんで庭掃除すな!」
 確かに、と男は今気づいたような顔で言う。絶対そんなことはない。
「他は?」
「他?」
 じっ、と男がひっくり返る妖怪を含め、三体並んだそいつらを凝視する。目には力がこもっていた。
……ないならいい。これにこりたらもう来るな。他の奴らにも言っておけ。おまえらが気にするようなご面相じゃない」
 散れ散れ、と男がしっしっと箒で三体を追い払おうとする。
「今日は盆で忙しいんだ。とっとと帰らねえなら
 じろり、と男の目が光る。
 確かに食い下がったとして、獄卒やら鬼太郎やらが現れたらことだ。鬼太郎のいいひととやらをのぞきにいった連中は、何しろ帰ってきていないというし
「あらやだ水木さん! まだそんな格好して!」
 突然だった。
 唐突に、女の華やかな声がして。そして声同様に華やかな女がその場に舞い降りた。活発な印象を与えるショートカット、同じく、女性的ではあるが動きやすそうな鮮やかな春色のワンピース。少々のつり目が猫のようで愛嬌もある。文句なしに美人だ。ただ、地獄にいる以上、ただの美人であるはずがない。
「岩子さん……
「もう、やだわ! お義母さんと呼んでくださいって言っているでしょう」
「いや、しかしですね
 現れた女と作務衣の男の年はそう変わらないように見えた。
 どちらも人間年齢であれば、だが。
「お客さんは私に任せて、水木さんは早く支度してくださいな、あの子が首を長くして待ってますから」
 迷惑な侵入者(妖怪)には地獄の鬼もかくやの恐ろしさだった男だが、女性が現れた後はたじたじになってしまい、それはなんだか少し微笑ましい。
 だが、微笑ましいなどと思う余裕は妖怪達には与えられなかった。
 ほらほら、と背中を押されて屋敷内に入った作務衣の男「水木」を見送ると、それまで柔和だった女性の雰囲気が一転したのだ。さきほどの男の態度は、この女性と比べたらまだ恐ろしくなかった。と、気づいたところで後の祭りだが。
「あの人はうちの嫁よ。よくもまあ、不躾にのぞき見になんてきてくれたものだわね」
 ゆうるりと振り向いた時、女性は美しい顔のまま般若と化していた。空気までパキパキと凍っているように思える。それは、圧倒的な強者のみが持つ息苦しいほどの、力。
 悲鳴を上げることもできず、妖怪達は固まった。

 ──岩子に締め上げられているであろう妖怪達のことを思い、水木はそっとため息をついた。この後は頼りになる彼女が、締め上げた妖怪達を地獄のあちこちへ連れて行き、人足として働かせる手はずをつける。これが「鬼太郎のいいひとを見に行ったやつは帰ってきていない」のからくりである。
 いくらなんでも過保護がすぎる、と水木は思うのだが、幽霊族達は水木本人より水木の処遇、扱いに対して敏感なのだ。岩子は夫と違って人間社会にとけこんで生きてきたこともあるから違うかと思ったが、そんなこともなかった。むしろ変に人間社会に通じている分、どうすれば組織的なものの動かし方ができるかについて非常に冴えているのだが、根っこのところは妖怪なので、人間と妖怪のいいとこ取りである。
 支度といっても、と鏡をのぞきこんで髪を整えながら、水木は目を伏せる。頬が勝手に赤くなり、いや、いかんいかん、と慌てて首を振る。
 毎年盆の三日間だけ、水木は地上へ「里帰り」する。
 話せば長いことながら、今の水木は限りなく幽霊に近い状態なのだが、本来この状態でどこかの世に留まるということはない。ないがそうなっているのはなぜかといえば、一度は転生が決まった水木のその転生先情報がどうしたことか漏れていて、あわや水木の魂が鬼太郎と敵対するものの手に渡りかけたということがあったのが原因だ。
 これはもう、鬼太郎のみならず、その両親の怒りも爆発した。特に、地獄という場では元の体を取り戻しやすいのか、幽霊族一家の父であり水木の友でもあるゲゲ郎の大噴火がとんでもなく、今も爪痕が残るくらいの大暴れを地獄のあちこちでした。
 だが最も怒りが根深かったのは鬼太郎だった。その時は水木の意識があいまいで、全部後から聞いた話なのではっきりしない部分もあるが、なぜ水木の転生先などという重大な情報が漏洩したのか、納得のいく答えを出さぬのなら考えがある、と、こともあろうに水木でも名を知る地獄の王たち、高官達を脅迫寸前まで詰めたという。我が養い子ながら恐ろしい。その辺の整備が進むまで、水木はどこにも行かせない、何なら現世に連れて帰って同族にする、とまで言い出し、ついには実の父に理性を取り戻させ、少し落ち着かんかとまで言わしめたとか、なんとか
 そんなわけで、水木は地獄の一画に立派な屋敷をもらい、そこに住まうこととなった。現世に返すなど許せるわけがない(ただ、もう連れて帰ってほしいと思う者はいそうではある)が、鬼太郎達に暴れられるのも大いに困るということのようだ。よくわからないが、幽霊族というのはどうも水木が思うより大変な種族らしい。もしかしたら人間のせいで滅びに瀕している一族だから、何かしらの遠慮か忖度があるのかもしれないが、そこまでは水木にもわからない。

 身支度を調え、最初はきっちりした服装を選んだ水木だったが、結局ノータイのシャツに替えた。そもそも生者ではないので全て気分的なものだが、それでも気分というのは大事なので、なぜかある大きな風呂にも入った。鬼太郎やゲゲ郎にも風呂入らせてやりてえな、あいつらも温泉とか好きだし、と毎度思う、立派な檜風呂だ。地獄にどうやって持ってきたのかはわからない。聞くのも怖いし。
「支度、終わりました?」
はい」
 見た目だけなら自分とそう年の変わらない、何なら水木の方が年上にも見える(中身は勿論逆だが)相手に、母親のように褒められたり叱られたりするのは何とも落ち着かないものだ。だが、彼女は頑として譲らないのである。水木さんはうちの嫁、つまり私はあなたの義母、と。
 今も、ふふ、と笑って手ぐしで水木の髪を仕上げのように撫でつける。時代もあり、実の母にもされたことがないような愛情表現を岩子はてらいなくしてみせるので、水木はいつも戸惑う。
「うん、いい男。それにとってもかわいいわ。それじゃ、あの子によろしくね」
……岩子さんも、ゲゲ郎によろしく」
 にこっと彼女は笑った。その手には太い荒縄が握られており、その先にはぎちぎちに縛り上げられた三馬鹿、もとい、妖怪が三匹がいた。助けてくれ~、と哀れっぽい声をあげるが、助けるわけがない。
 盆の間、水木が里帰りするように、鬼太郎の父、水木の友である男は地獄にいる妻に会いに来る。水木とすれ違いになる格好だ。ただ、迎え火で帰る水木と違い、あの男はそもそも勝手に地獄にやってこられるので、タイミングはまちまちのようだが。

 水木が死んだ時、大変だったと聞いている。
 何って、鬼太郎が。
 正直、水木は鬼太郎がそこまで自分に執着しているとはその時まで思ってもみなかった。嫌われていると思っていたわけでもないが、何事にも反応が薄いところがあり(赤子の頃はそれでもよく笑うことがあったのだけれど)、落ち着いていて、あっさりと自分の手を離れたから、そんなものかな、と思っていたのだ。
 思っていたのだが、不幸な水難事故によりその時のことは水木も思い出せないのだが亡くなった後、鬼太郎が荒れに荒れて手がつけられず、何ならその年は記録的冷夏となり作物に影響を及ぼしたと聞いた時はさすがに嘘だろうと思ったものだ。ところが目玉以外の妖怪、比較的常識の通じる砂かけ婆までもが同意するし、挙げ句の果てには冥府の裁判でそれに触れられたので、信じるしかなくなった。
 あまりに特殊な事情もあり、沙汰を待つ間、面会に来た鬼太郎に会うことができた。おまえ、俺は恥ずかしかったんだぞ、と一言言ってやるつもりだったが、大きなどんぐりまなこからぼたぼたと涙をこぼしたのを見たら、何も言えなくなってしまった。思い出したのは、仕事にいく水木を寂しそうな顔で見送っていた幼い頃のこと。ぐっと服を握って、物言いたげな顔でこらえていた。それを思い出したらかわいそうでたまらなくて、腕を伸ばし、ごめんな、寂しい思いをさせたな、と鬼太郎を抱きしめていた。ぎゅっと水木にしがみつくように抱きついた鬼太郎がすすり泣きを始めた時、こんな時にも大声で泣くことはできないんだな、と思ったらいっそう哀れになった。
 が、そこで終わっていれば感動的な義親子の話になった、かもしれないのだが。
……あなたがだいすきです」
「ん? 何言ってるんだ、俺もだよ」
 あの無表情の下、そんなにも自分のことを慕ってくれていたなんて、と水木は機嫌が良くなった。死後とはいえ、こんな良い目に遭うなんてと嬉しくなったのだ。まっすぐ見つめてくる鬼太郎に視線を合わせ、その頬を撫でながら、「ずっとずっと、おまえが大事だよ」と重ねて言ってやれば、ぱっとその顔が輝く。目を細め、もうこれで本当に未練なんてない、そう思ったのだったが
「なら、ぼくたち結婚しましょう!」
…………ん?」

 けっこん?

 水木の頭は固まった。何を言われたかわからない。死後だから、夢でもない。いや、もしかしたら死んでしまったこと自体夢で、つまり今はずっと覚めない長い夢を見ている間なのでは、と現実逃避を始めた。いや、だってそうだろう。
 固まっている水木にかまわず、鬼太郎は勢いよく抱きついた。
 面会に用意された部屋は和室だったので、そのままの勢いで水木は後ろに倒れ、上に鬼太郎が乗っかる形になった。どこで覚えたのかはたまた無意識の気遣いか、水木の頭の後ろに小さな手が咄嗟に添えられたのに舌を巻いた。
「みずきさん。ぼくの、運命の人」
…………
 脳裏に蘇ったのは、この子の父親がかつて墓場で語って聞かせた言葉。
 誰もが必ず運命に
 目を瞠る水木に何を思ったかはわからない。鬼太郎は薄く、しかし確実に喜んでいるとわかる顔で微笑んで、そのまま上から唇を重ねてきた。
 拒む考えも浮かばず、水木は呆然としたまま唇を受け入れてしまった。
「──これで誓いは成りました」
……え?」
 水木の腹にまたがった格好のまま、鬼太郎はにこりと微笑んだ。何とも油断のならない表情で、それまで幼い頃の印象を重ねて見ていた水木は、目を白黒させる。ひょっとして、この子は別に幼い子どもではないのでは、と気づくも時既に遅しである。
「西洋式でもなんでもかまわない。成ったという意識が大切なんだ」
……きたろ?」
 何もわからず視線をさまよわせる水木に、鬼太郎は、ふっと笑った。それは子どもの顔にはとても似合わない大人びた表情で、水木を混乱させる。
 水木の、元養い親の混乱を正しく把握しながら、鬼太郎は笑った。
「あなた、僕をいくつだと思ってるんだ」
………十歳くらい?」
「そんなわけない。とっくに二十歳を超えていますよ」
 はは、と笑うのは、知らない男のようだった。水木はさらに混乱する。
「いや、鬼太郎、その、っ、おい、どこに手入れてんだ!」
 そこは死者らしく白い着物を着ている水木のあわせに鬼太郎の手が滑り込んでくる。押さえる手は小さいのにびくともしない。
「それは、もっと既成事実を。あなたを現世に引っ張ってくるために」
「バカッ」
 渾身の力が出た。気づいたら、鬼太郎の頭を拳骨でたたいていたのだ。まあ、きっと痛くも痒くもないだろうが
「だだをこねるんじゃない
 水木に怒られたという事実に固まった鬼太郎の頭をぎゅっと抱きしめ、男はそのままぐったり力を抜いて、自分の腹の上に養い子を載せたまま息を吐く。ぽんぽん、とその背中を撫でてやりながら。
おまえは俺をとっくに忘れたと思ってたんだ」
「!」
 そんなわけあるか、とばかり睨んでくる鬼太郎に困ったように笑って、水木は続けた。
「それでいいと思ってた。俺は人間だし、おまえと、おまえの父さんが元気でやっているなら、それで十分だと思っていたんだ」
………
「おまえは覚えてないかも知れないが、俺はおまえの小さい頃をよく覚えているよ、鬼太郎。夜泣きした時は墓場に連れてくと泣き止んでた。俺が仕事に行く時、泣きそうな顔でじっと我慢してた。俺が膝に載せてやるのを喜んで、よく笑ってた
………、忘れるわけないじゃないか」
 そうか、と水木は答えた。
 そうなのか、と噛みしめる。覚えているのか、この子は。あの、水木の一生で一番尊く、愛おしい日々のことを。
「だから、おまえが俺のことを好きだと言ってくれて、嬉しかった。おまえは鬱陶しく思っているんじゃないかと思っていたから」
あなたの家を出たのは。あなたが、水木さんが、成長しない子を育てているなんて、噂になって、困らせたくなかったから」
「そっか」
 ぽん、ぽん、と鬼太郎の頭を撫で、水木は頷いた。もうこれで成仏できるんだがなあ、とこっそり思う。行き先がどこだってかまわない。地獄だろうが、何だろうが。生まれ変わるにしたって小さな虫けらかもしれないが、もうそれだっていいのだ。確かに水木はその時そう思った。
「──でも、あなたのことを諦めたわけじゃなかった」
「ん?」
 雲行きが怪しい。水木は眉をひそめた。鬼太郎が体を起こし、上から、水木を閉じ込めるようにしてのぞき込む。
「強くなって、成長して、あなたを迎えに行くつもりだった」
………、その、……いや、なんというか」
「あなたが嫌だって言っても、頷いてくれるまで通うつもりだった」
…………、嫌がられてたらそれはやめた方がいいんじゃないか」
 一般論で答えれば、鬼太郎はじっと見つめながら問うてくる。
「水木さんは僕が嫌い?」
「いや、好きに決まってるだろう」
「じゃあ問題ないじゃないか」
 あっ、と思った時には遅かった。条件反射で答えた水木に、言質を取ったと鬼太郎が笑う。こいつ、俺が嫌いって言わないと思って、と歯がみしても遅い。
「何にしても、さっき言ったでしょう。誓いは【成った】んだ」
「なんだ、それ
「あなたの魂に刻まれている」
俺は何も言ってないのに?」
「しょうがないです。僕の方が強いので」
「そういうの俺は嫌いだな。力に物を言わせてどうにかするなんて」
 水木の言葉に、ぐっと鬼太郎は奥歯を噛みしめた。
………仕方ないじゃないか!」
「わっ
 鬼太郎は水木の肩をぎゅっと押さえ、狂おしい表情で見下ろしてきた。涙は流れていなかったが、慟哭の表情と大差ないように見えた。そんな顔をされると水木も弱ってしまう。鬼太郎を、この子を泣かせたくないと思ってしまう。
「あなたが、あなた、僕に何の覚悟もないうちに、あんまりだ、あんまり早すぎる」
……うん、それは、ごめんな」
 鬼太郎は首を振った。水木を責めることではないと、鬼太郎はわかっている。わかっているから苦しいのだろう。いっそ何もわからなければ、ただ泣き叫ぶこともできたのに。
沙汰が決まるまで、時間がかかるらしいんだ」
……?」
 水木は、どうせもう死んでいるんだ、と腹を括った。何を恥に思うことがあるか。いや、罪を重ねたとして、自分の罰が重くなるだけなら、それくらいいいじゃないか、と思い切った。誰に迷惑をかけるわけでもなく、自分が全てその責を負えるなら。
 きょとんとする鬼太郎の手を取り、ちゅ、とその甲に口づけた。鬼太郎の目がまん丸になる。それに少し笑って、どうか赤くなってくれるな、俺、と自分に言い聞かせる。まあ、耳はもう赤くなっていたのだけれども。
「どのくらい時間があるかわからないが、その間でよければ、全部おまえにやる」
……水木」
「おい、いきなり呼び捨てか」
 ふは、と笑って、水木は咎める。しかし鬼太郎は食い入るように水木を見つめている。それどころではないのだろう。
 こりゃあ本気だなあ、と水木は思った。さすがにわかった。
 どうして、だとかそんな理由は後回しでもいいだろうか。
「おまえの好きにしていいよ。おまえがそうしたいなら、嫁でもなんでも、好きなように呼べ」
……みず、き」
 ぎゅう、と抱きしめてやって、水木は鬼太郎の肩で息を吐く。
「なに、牡丹灯籠のためしもあるさ。よくわからんが、きっとなんとかなるんだろう、体がなくたって」
 死んだ娘が夜な夜な訪ねてきて逢瀬を交わすうちに若い侍がやつれていく噺は夏の定番。鬼太郎も知っているだろう。
 鬼太郎はうつむいた。
 ちょっと呆れられたかな、と一瞬思った水木だったが、ぐわっと鬼太郎に担ぎ上げられ、それどころではなくなった。
「き、きたろう!?」
 目を白黒させる水木だったが、顔に影を落とした鬼太郎は何も答えず、面会に用意されていた和室を文字通り天井もぶち抜き飛び出した。幽霊族、どうなってるんだ、と水木は思った。眼下では鬼や、見た目が人間に近い獄吏達が右往左往していた。それはそうだろうな、と水木は他人事のように思った。
「──僕は人間じゃないから、取り殺されたりはしません」
 跳び上がった高い所から着地する時、鬼太郎は淡々と言った。ぞくりと水木の背中が震えた。生身でもないのに。
「そして今のあなたは生者ではないから、どんな無理をしても怪我をしたり、腹を下したりもしません」
………
 ようやく水木の方を見た鬼太郎が、にこりと笑った。
「楽しみですね」
 絶対判断を誤った。水木は思ったが、後の祭りだった。