Unシル
2024-08-12 16:07:53
1611文字
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潮凪ぐ日

長編ラス621♀小説【NIRVANA】軸のお話。登場人物、C4-621、ハンドラー・ウォルター。つづく

 
 膝に温もりを感じて、目が覚めた。
 足元には見慣れたつむじがある。
……621?」
 パイロットスーツを着たC4621が、ウォルターの膝に頭を預け膝を抱えて眠っている。
……軽いな)
 寄りかかった重さに、眉を顰める。食い意地を張る姿が印象的で、食に関しては問題ないはずだったが、記憶の中の621よりずいぶん痩せていた。コールドスリープから目覚めた当初に戻っているではないか、と予測する。栄養管理は万全だったはずだのに、何があったのだろうか。
 規則正しく呼吸する、口もとから吐かれる息が白い。
「パイロットスーツといえど、ここは冷える。起きなさい」
 とても、冷える日だ。温度調節が優れているスーツでも、体調を崩しかねない。吸った息で、たちまち体の先端から凍えてしまう。
 621の肩を触る。
――!」
 勢いよく離れた。寝ぼけ眼を乱暴に擦って、ウォルターを凝視する。
 真っ黒な瞳が、水気を含んでゆれている。
「どうした、621」
――いかなきゃ」
 うわごとのように、呟く。
 よろめき、立ちあがる。俯いた顔に癖っ毛がかかって表情は窺えない。
……どこへ行くんだ?」
 大きく、深呼吸。
 あてもなく彷徨うような足取りではなく、しっかりと地を踏み締めて。621は、ウォルターの問いかけに答えることなく部屋を出ていった。
 仕事の依頼は届いておらず、出撃命令はだしていない、はずだったが。
……あぁ)
 あとを追おうにも、定位置に杖がないことに気づく。杖がなくては満足に歩けない不便さを憎んだ。
 ――瞼が、やけに重い。
………睡眠不足か)
 そして、急激な眠気がウォルターを襲う。
(621……
 この部屋はどこなのか。
 潮の匂いがするのは何故か。ウォルターの思考はぼやけて、たちまち微睡む。
 ――ゆりかごのように。
 ゆらゆらゆれる、椅子に腰掛けて。


 次に目覚めた時、ウォルターの背に、人の気配を感じた。
……あのね」
 ウォルターの座る椅子の後ろ。背を預けるように、最後の猟犬は座り、語りかけた。
「貴方が〝わたし〟を買った施設。誰かが爆発させて、なくなっちゃったの」
 コーラルを用いた、強化人間施術施設。違法な闇医者が営んでいた。実験施設にも似た、忌々しい場所。
……
 あの違法施設がなくなれば、この猟犬の過去について、誰にも、知られることはないだろう。
「いつかそこへ行って、むかしの手がかりを見つけようと思ったけれど」
(お前は、一生、知らなくていい。あんなモノは、知るべきではない)
 ……その過去を取り戻させるために、人殺しの兵器に乗せたのは、他ならぬウォルターだ。〝友人達〟と自身の悲願を……目的を叶えるため。それは、たったひとりの強化人間に意味を持たせるためでもある。
 ――621が。
 過去に、囚われないように。
……お前には、〝今〟と〝未来〟だけ、あればいいんだ)
 ウォルターは大災害を経て、過去に縋って、贖罪を探して、途方もない長い長い道のりをひたすら歩き続けた。重い足は……いまは、不思議と、軽い。
(お前は、どこまでも〝被害者〟なんだ)
 それに近しいおもいを、させたくない一心で――――
「でもね、それでいいって……思う」
 ウォルターの意図は伝わらないが、621は確かに。
 このルビコンⅢで意味を見出した。
「此処には……いまのわたしを、知って。教えてくれる、ひとがいる」
 いつの間にか、621はウォルターが座る椅子の隣に並び立つ。見上げたウォルターは、驚く。
――貴方が初めに、そうしたように……
 小さな黒曜石のピアスは煌めき。
「ありがとう。ウォルター」
 621は、ほほえんだ。
……そんな顔が、できるようになったのか)
 
 また、熱が離れていく。

 ……漣の音が近づき。
 ――潮の香りが、強くなる。