「クリスタさんご贔屓のあの仕立屋、とってもおしゃれで斬新なアイディアに溢れていますのね」
「そうでしょう? ちゃんと流行のものも作ってくれるのですけど、マクダに頼めば〝みんなと同じ〟にはならないのです。ユニカ様のドレスもきっと公国で注目の的になりますわ」
「わたくしも頼んでみたいわぁ」
「ぜひ! 使ってやってくださいまし。マクダのところで働くお針子は読み書きや計算の教育も受けることができますの。仕事が増えたらマクダのところで雇って貰える女性達が増えますわ。マクダは彼女のように自力で働ける女性を増やしたいんだそうです」
「それも変わっていますわね。でもすてき」
「彼女のように腕のいい女性の仕立屋が増えたら、世の中のドレスがもっとおしゃれになりそう」
生地選びは無事終わった。といっても、娘達は最高級の美しい布を前にはしゃぐばかり、ユニカはどれにしようか決められないで、結局はヘルミーネとアリアナがちゃっちゃと生地を選んでいった。
そして再び〝ヘルミーネのお城〟に戻ってきた娘達は、マクダがユニカへの土産に持ってきてくれた帽子をくるくる回し合って可愛い可愛いとはしゃいでいる。造花を縫い付けた帽子、大きなリボンのついた帽子、精巧な木彫りで本物のように色を付けたインコを載せた帽子。色とりどりのそれらが目の前に並んでいるだけで頭の中が忙しなくなってしまう気がしたが、それはユニカだけらしい。
今はそこにジゼラが加わって、水色と黄色のインコがつばに並んで留まっている帽子を頭に載せてみていた。
「まぁ! ジゼラ様もお似合いですよ」
ヘレンに褒められると、幼い姫君はまんざらでもない顔だ。
「お気に召したなら差し上げますよ」
「えっ」
ジゼラは驚きと期待に輝く目でユニカを見上げてきた。ユニカとしては、頭に鳥を載っけた帽子をいつ被ったらいいのか分からない。ジゼラくらい可愛らしい姫君なら、こういう珍しい意匠の帽子を被っていたら場の話題になりそうだ。公爵家のお姫さまに譲ったというならマクダも悪い顔はしないだろう。
「ありがとうございます、ユニカ様。わたくしも今度、何か、えっと」
お返しをせねばと意気込んでくれるジゼラを宥めていると、〝お城〟の扉をノックする音が聞こえた。
夫人達が別室で行っている密談が終わったのかと思ったら、顔を見せたのはアルフレートだった。
「授業は終わったの?」
「はい! 姉上達はまだお茶会の途中だって聞いたから、おやつがあるかなと思って」
アルフレートが無邪気に笑うと、クリスタ達も少年の可愛らしさをお気に召して笑ってくれた。以前ヘルミーネの茶会があった時もそこへ混じろうとしていたアルフレートは、自分の幼さが年上の淑女達にうけがいいと分かっている節がある。おやつが欲しいのも、恐らく本音。
「まだたくさんあるわ。ここへ来て座る?」
と、アルフレートが言って欲しかったであろう台詞をユニカが口にすると、彼はあえて紳士らしいお辞儀をして(それがさっきの無邪気な笑顔との差を生んで、クリスタ達はなおさら可愛いと思うらしい)一歩進み出た。
しかし、彼はそこで表情と手足を凍りつかせた。
急停止したアルフレートが目を瞠って
――次の瞬間に睨みすえた視線の先をたどると、そこにいたのはジゼラだった。
驚くことにジゼラも口をむすっと引き結んで、まるで威嚇するようにアルフレートを睨んでいた。
二人の間に、音を立てんばかりに火花が散ったのを目撃したのはユニカだけではない。年上の娘達が驚いているのをよそに、二人はふんと鼻を鳴らして顔を背けていた。
「僕、用事を思い出したのでやっぱりやめておきます」
「そ、そう。どれかとっておく?」
「じゃあ、シトロンのタルトを!」
嬉しそうに言うアルフレートはいつもの笑顔だ。ところが、彼は出ていく間際にもう一度ジゼラに鋭い目を向けた。
気まずい沈黙が降りたのも束の間、ジゼラはおもろに手を伸ばし、シトロンのタルトを自分の皿へと持ち去った。最後の一つだったシトロンのタルト。
ジゼラはぷっくり頬を膨らませながら、しかしちゃんと行儀よく切り分けてタルトを食べ始める。アルフレートが取り置きを希望したのを聞いていなかったはずがないのだけれど。
「ジゼラ様は、アルフレート様とお知り合いなのですね」
クリスタが恐る恐る尋ねると、まだ咀嚼途中だった一口を無理やり呑み込んで、姫君は答えた。
「知り合いと言うほどの仲ではありません」
「あら、でも。そのタルト、アルフレート様が召し上がりたいとおっしゃっていたのに」
それをこの世から消し去ってやろうとするかのようなジゼラの行動はどう見ても意地悪だ。ただの知り合い、それ以下の関係でやることではない。
「早い者勝ちですもの」
そしてあっという間にタルトは消えてしまった。ジゼラは先にほかのケーキも食べていたのでいささか苦しそうだ。そうまでして、どうして? 姫君のただならぬ様子にユニカ達は顔を見合わせた。
「アルフレートが何かジゼラ様のお気に障ることをしましたか? もしそうならきちんと謝らせます」
先ほどは目が合っただけにしか見えなかったが、ユニカはあえてそう尋ねてみる。
するとジゼラは憤りながら口元を拭いた。
「アルフレートが謝ってくれるわけがありません。いっつも、いーっつもそうだったのですから!」
結局、この日の姫君は機嫌を損ねたまま帰宅していった。
そして案の定、ジゼラにタルトを横取りされたことを知ったアルフレートは激怒した。ユニカが代わりにとっておいた桃のタルトを与えても、さっきのジゼラのようにプンプンしながら食べる始末。怒りながら食べるなんてもったいない。
それにしても、アルフレートにしろジゼラにしろ、いつも明るくて可愛い子どもなのに、何が二人を豹変させるのだろう。
「二人はクヴェン殿下を取り合っていたんですよ」
夕食後、桃タルトを四口ほどで食べきったアルフレートが「もう寝る!」と言って部屋へ引き揚げていくと、居間に残されたカイがユニカの疑問に答えてくれた。
「クヴェン殿下って、去年亡くなられた、あの
……?」
「そうです。アルフレートは殿下の遊び相手でしたし、ジゼラはやはりお妃候補の筆頭でした。時たま三人で過ごすことがあったのですが、あの二人はまったく嗜好が違いますから」
アルフレートと違い、カイはゆっくり桃のコンポートを味わいながらタルトを食べていた。カイは甘いものを前にするとだいたいこうしてちまちま食べるようになるので苦手なのかと思っていたが、アルフレート曰く「お菓子が好きだなんて子どもっぽいと思われそうって我慢してるんだと思う。ほんとは兄上も甘いものが好きですよ」らしい。
「ジゼラはままごとをするか庭の花を摘んで遊びたいし、アルフレートはクヴェン殿下を連れて城の中を探検やら冒険やらしたいしで、お互いに譲らず、怒った二人も困り果てた殿下も大泣きして、毎度大変だったようです」
そのうちジゼラも男子と遊ぶ歳ではなくなり、アルフレートがクヴェン王子を独占することに成功して穏やかな日々になったとか。何年も前の話だそうだが、喧嘩別れしているだけにアルフレートとジゼラの確執はそのままなのだ。
エルツェ公爵とメヴィア公爵の不仲も有名だが、まさか子どもの世代にもその仲の悪さがちゃんと受け継がれてしまっているとは。父親同士の確執も子ども時代の度重なる喧嘩が原因だとアリアナ夫人から聞いていたので、ユニカは呆れるしかなかった。しかも、その仲の悪さから二人の公爵は宮廷で〝政敵同士〟と見なされているが、実態はただの〝仲が悪い幼馴染み〟だから笑える、とアリアナが本当に笑っていたっけ。
「ジゼラ様にはカイと歳が近いお兄様がいらっしゃるけど、カイは、その
……」
ジゼラの兄と仲が悪かったりするのだろうか。一足先に宮仕えを始めたカイと共に、ジゼラの兄もディルクの秘書官を務めるという。もしこちらも上手くやれない間柄であったら、水面下で話が動いているらしいカイとジゼラの婚約の話が進んでいくのは二人に気の毒な気がした。かといってユニカにできることはないのだけれど。
「彼とは特別に関わりはありませんよ。父同士が〝ああ〟でしたから、子どもの頃も付き合いはなかったですし。行事や何かで顔を合わせた時に挨拶するくらいでした」
「そう
……」
「私とニキアスはともかく、アルフレートとジゼラの対立はまた深まるかもしれませんがね」
「えっ?」
「今度は姉上を取り合いになるのではないですか」
じっくり味わってタルトを食べ終えたカイに思いがけないことを言われ、ユニカはただただ目を瞬かせた。
後日ユニカから「もし本当にカイとジゼラ様が結婚したら、ジゼラ様はアルフレートのお義姉様ということになるけど
…」と言われ😱😱😱てなるアルくん。
読んだよ👏
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