暁子
2024-08-12 15:33:25
4737文字
Public ユニカSS
 

ちぐはぐ長男ず

お父さんたちの仲は激悪だけど長男ズはまぁうまくやっていけるのではないでしょうか、という話。

 シヴィロ国王の住まいにして国の中枢である王城、エルメンヒルデ城。この城は楕円形の王都を東西に分ける中心線上、やや北寄りの場所にある。まっすぐ南へ下ると王都の正門を取り込んだ国教の総本山、グレディ大教会堂が高い尖塔を連ねており、この南北にのびる大通りは『王の道』と呼ばれている。
 王都を外敵から守る城壁の内にも壁が巡り、王城へ一直線に突入することもできる『王の道』は八層の巨大な門で区切られていた。有事の際にはすべての門が閉ざされ、王城は八重の障壁によって守られることになるが、幸いにもこの都が興ってからそのような事態は発生していなかった。
 ちなみに、城が冠するエルメンヒルデは初代王妃の名前、都が冠するアマリアは初代国王の長女の名前だ。いずれもいざというときには王を強固に支える存在であったそうで、城も街もそうなるようにと名付けられたとか、単に功績ある身内の名を歴史に残すためだったとか。
 
 王太子の秘書官として城と屋敷を往復するようになったカイは、官吏用の通用門から城へ出入りしており、王族と客人だけが使用できる正門を見上げているのはなんだか久しぶりだった。施された女神達の彫刻と、ところどころに埋め込まれた黄金の装飾をまじまじと観察したのはむしろ初めてかも知れない。
 視界の端に城門の鉄格子が動くのを捉え、カイは芸術品と名高い門の飾りから視線をおろし、招き入れられた馬車の紋章を確かめた。
 大麦の花紋。メヴィア公爵家の馬車だ。
 本来なら同格の家だが、今日は王太子殿下の秘書官として客を迎えに来たので、車停めに滑り込んできた馬車をカイは恭しく迎えた。客人達はここで自前の馬車を降り、迎賓館までは王家がしつらえた馬車に乗り換える。
 緩やかに停車した馬車から正装に身を包んだ少年が降りてきた。彼の顔はよく知っているはずだったが、目が合った瞬間、様々な違和感がカイを襲った。
「カイ!」
 そんなことは知るよしもなく、馬車を降りた少年――メヴィア公爵の嫡男ニキアスは、謎の輝きに満ちた目を見開き、次いで飛びつくように抱きついてきた。
 ニキアスとは又従兄弟だし、幼い頃から互いを知っている。とはいえ、父同士のような敵意がない代わりに再会を喜んで抱擁を交わす友情があるわけでもなかったはずだ。だからカイはとっさのことにぎょっとするしかなかった。
「久しぶりだなぁ! 髪を伸ばしてるのかい? いいね、似合っているよ!」
 そうしてニキアスは一度離れたかと思いきや、カイの顔を確かめるなりまたぎゅっとしがみついてくる。今度はばしばし背中を叩かれ、その加減のなさに噎せそうだ。
「ちょっ、ちょっと待て」
 ニキアスの大きな声があたりに響くものだから、衛兵や待機中の使用人達がちらちらとこっちを見ている。子どものようにじゃれ合っていると思われたくなかったので、カイは渾身の力でニキアスを引き剥がした。
「ああ、ごめん。カイの顔を見たら改めてアマリアに戻ってきたんだなぁと思えたから、つい」
「〝つい〟でこんなことをしていい歳じゃないだろう、お互いに」
「そんな年寄り臭いことを言わなくてもいいじゃないか。おれもカイも大人なの年齢だけだよ」
 カイは抱きつかれたせいで乱れた襟元と上着を整えつつ、裏のない満面の笑みを浮かべているニキアスを胡乱げに眺める。そして違和感の正体を一つずつ確認した。
 まずはやけに日焼けしているなぁということ。次に、カイが知っているニキアスは自分のことを「おれ」などと言わなかった。最後は突然の抱擁で確信したこと。ずいぶん背が伸びている。一年前は大して変わらなかったはずなのに。
 それに、姉妹に囲まれて育ったニキアスはもともと人懐っこい性格だと思っていたが、こんなに〝元気〟とか〝やんちゃ〟という印象はなかったはずだ。どこかの落ち着きがない弟を彷彿とさせるので、ついついニキアスに向ける視線が冷たくなってしまう。
「カイがここにいるっていうことは、もう王太子殿下のところで仕事を始めているんだね」
 そう言われてはっとなった。自分は今、王太子から言いつけられた役目を果たすためにここにいるのだ。それらしい態度でニキアスを案内しようと思ったのに最初からペースをぶち壊されたことに気づいて、カイは多少むっとした。
「そうだよ。王太子殿下のもとへご案内します、ニキアス殿。あちらの馬車へお乗り換えください」
……緊張するから、殿下のところに着くまでは昔みたいに『ニキ』って呼んで貰えると助かるんだけど……
……馬車に乗ったらね」
 笑っているかと思えば急にしおらしく肩を落としたり。こんなに騒がしいやつだったろうかと思いつつ、カイはニキアスと共に王家の紋章がついだ馬車へ乗り込んだ。


 迎賓館まではそう長い旅ではない。ただ、丘一つをまるごと城にしたエルメンヒルデ城内での移動は常に坂道と階段の連続だ。迎賓館までは馬車が通れる車道が整備されていたが、外敵の侵入を防ぐためにも勾配は易しくはない。必然、客を乗せた馬車も人が歩く速さでゆっくり上へ向かう。
 本当に緊張しているらしく、ニキアスは馬車の中でそわそわしていた。
「そんなに硬くならなくても、殿下はニキアスに会えるのを楽しみにしていらっしゃるから大丈夫だよ」
 子どもの頃の愛称で呼ぶのは気が引けたので、カイは結局「ニキアス」と名前で呼んでいた。当人もそれで満足したらしく、声を掛けてやると彼は弱々しくも微笑んだ。
「そ、そっか。殿下はお酒がお好きだとも伺ったからうちの葡萄で造った葡萄酒も持ってきたんだけど」
「喜ばれると思うよ」
 王家には様々な方面から特産品が献上されているので葡萄酒など珍しくはないが、それでも銘酒の産地とうたわれるタールベルク領邦に並んで、メヴィア家の醸造所で造られた葡萄酒は逸品だ。その理由は、植物の改良においてメヴィア公爵家領の右に出る地域はなく、食用となる穀物や果物の改良の最先端がそこにあるためだ。最高の葡萄酒を造るために、今日も葡萄の交配が研究されていることだろう。
「おれはまだぜんぜん飲めないんだけど、そういうのはやっぱりつまらないと思われるかな」
「心配ないだろう。僕に合わせてお茶にしてくださるような方だし……それより、〝おれ〟はまずいと思う」
「ん?」と首を傾げたニキアスが次の瞬間慌てふためき出したので、カイも胡乱げに目を細めた。
「〝おれ〟って言ってた……!?」
 なんだ、自覚がなかったのか。カイは頷き返しつつ呆れた。
「どこで覚えたんだ、そんな一人称」
「赴任してた領地の村で。お前みたいなおしとやかなヒョロモヤシの言うことなんか聞けないって言われて、男らしく振る舞えって、いろいろ教えて貰ったんだ」
 領主としてやって来た公爵家の嫡男に誰がそんな口を利いたのだろう。言うほうも言うほうだが、聞き入れたニキアスもニキアスだ。ついでにいうと、どうせならもっと落ち着きのある男にして貰えばよかったのに。
「昨日も一昨日も父上に何も言われなかったってことは、ちゃんと〝私〟って言ってたのかな。カイの前で気が緩んでいるだけならいいんだけど」
 と、言っているらしいが、ニキアスは口を両手で塞いでもごもごしているのでよく聞こえない。
「まぁ、殿下もご公務を離れられている時は話し方もくつろいでいらっしゃる。打ち解けてからなら砕けた話し方も許してくださるんじゃないかな。だけど今日は気をつけた方がいい」
 ニキアスは口を覆ったまま頷いた。
「何にせよカイが一緒だと心強いよ。頼りにしてる」
「年上のくせに何を言ってるんだ」
「お――ぼくよりしっかりしてるじゃないか。カイの落ち着いた顔を見ていればぼくも落ち着ける気がする」
……
 実務の経験でも、そもそも生まれてくるところから後れをとっている相手が手放しに褒めてくれるのは、さほど悪い気がしない。特に裏表のない気性のニキアスが言ってくれるとまんざらでもなく、さりとて喜ぶほどのことでもなかったので、カイは意味もなくもぞもぞと座り直した。
「僕たちの父は、同じように陛下のおそばで過ごしながらあまり上手くいかなかった。周りが思うほど大した対立にはなっていないけど、僕らが宮廷の不安材料にならないようにしよう」
「大丈夫だよ。だってカイはジゼラと結婚するんだろう? そうなればぼくたちも兄弟なんだから。というか、父上たちもそれをきっかけに仲直りできたらいいんだけどね」
 あっけらかんとニキアスが言った言葉に、カイはしばし反応できなかった。大きく目を瞬かせていると、それに気づいたニキアスは首を傾げた。
「あれ? 違うのかい? 昨日父上から聞いた話ではそういうことになるのかなと思ったんだけど」
「〝そういう話〟もなくはない。だけどまだ決まってはいないはずだ。第一、メヴィア公爵がご納得されていないと聞いている」
 父の言い方はもう少し違っていた。「グラシアノがごねて返事を渋っている、やつのせいで話が進まない」と聞かされたが、父の偏見の幕を取り払うとカイの認識になる。
 だが、メヴィア公爵が納得しないのも無理はないと思うのだ。自分の娘を王族の妃にできるか、妃の父と手を組むかでは話がまったく違う。しかも、ユニカは妃の〝代理〟になっただけで、まだ王太子妃に内定すらしていないのだから。
「父上は納得していないんじゃなくて、きっとテオバルト様の言うとおりに話が進むのが気に入らないだけだよ。テオバルト様の作った筋書きが今の時点では一番いいって分かっていてもさ。でも、ぼくもジゼラが王家や遠くに嫁ぐよりカイのところにいてくれた方がいいな。カイならジゼラを大事にしてくれるって信じられるし」
「メヴィア公爵がどう感じていらっしゃるか知らないが、公爵がよいとおっしゃらなければ話は進まないよ」
「そんなことを言ってないで、ジゼラに贈りものでもしたらどう? 父上はカイのことを買ってるんだから、その上ジゼラが『カイがいい』って言ったら話も進むよ」
「それは、なんとなく卑怯な気がする。メヴィア公爵が諦めればうちにとって有利な話になる。ジゼラの気持ちを動かして流れを変えるのは、こう……
 ジゼラとも幼い頃から顔を合わせていたが、まともに話をしたのは先日母たちの計らいで引き合わされた時が初めてだった。しかも相手はカイよりユニカに興味津々で、カイと話したことなど忘れているような気さえする。
 態度は年齢に似合わぬほど淑女らしくしっかりしていたが、心の有りようはアルフレートと大して変わらないのだろうな、というのが、カイがジゼラに抱いた正直な印象だった。
 政略結婚は貴族の常とはいえ、まだまだ純真な彼女を操るような真似をするのはとてもうしろめたい。
 そのあたりを上手く言葉にできず口ごもっていると、ニキアスは肩を震わせて笑った。
「カイは誠実だ」
 嫌味も一切含まない端的すぎる褒め言葉に、カイはむっつりとしながら顔を背けた。
 やりにくい。ニキアスが悪いやつではないことは分かるが、こういう真っ向からものを言ってくる人間は苦手だ。言葉の裏にいくらでも含みがある腹の探り合いをする方が楽なくらいだ。
 とはいえ、素直すぎるニキアスと、ひねくれた裏の読み合いが得意な自分がそろっていた方が王太子殿下のお役に立てるのかも、と思わなくもない。


 

 ニキくんはアルフレートと再会したらハイタッチして喜ぶと思う😆(仲よしと言うよりテンションが同じ) 

読んだよ👏

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