ガラシャ
2024-08-12 10:09:37
4562文字
Public オメガバース
 

Crime and Punishment 3-4

続きです。これからちょっとごちゃごちゃしていきます。オメガバースはαが優位とされていますが、Ωに翻弄されるのもいいんじゃないってことで書いてみました。

――オーナー、書類はここに置いておきますので」
「ああ」
 ――コンシェルジュが頭を下げ執務室を出る。森島明人はメールチェックを終え、ゆったりとデスクチェアに身を沈める。
 今日はダークマターも休みだし、アモーラルも営業はしていない。そういった意味では、今宵は静かな夜になるはずだ。仕事も早めに切り上げて、自宅でゆったりと過ごすのもよい。
 ――無造作にデスクに置いてあった煙草をとり、火をつける。嗅ぎなれた匂いに気を緩めていると、ふと鼻腔に花のような匂いが届いた。
 その匂いに、明人は怪訝に顔を上げる。これは『Ωの匂い』だ。
 仕事上、『Ωの匂い』にはなれている。森島家は代々αを輩出している家系だ。明人自身も生まれた瞬間にαであると確定され、今まで生きてきた。上位αという日本では数少ないαのひとりである。
 αにとってΩは抗いがたい存在だ。といっても、Ωにもαと同じく階位があるが上位αがΩに簡単に篭絡されることはない。
 いや、だがこれは『Ωの匂い』にしてはあまりにも惹きつけるものがある。夜にひっそりと咲く花のような、柔らかで儚げな匂いがする。ひっそりと佇むさまを探し出し、その手にしたくなるほどの、甘い匂いだ。
 惹きつけられずにはいられない。『Ωの匂い』に惹きつけられたのは初めてだ。
 だが、ふと漂うにしては、この匂いの濃さは可笑しい。この匂いの持ち主はこのビルの中にいる。普段に比べれば、このビルの中にいるのはごく僅かな人間だけだ。
 ゆっくりと腰を上げた明人は、玄関に向かって歩く。玄関に近づくごとに匂いは強くなっている。
 玄関の扉を開けた途端、『Ωの匂い』はなくなった。それに誰もいない。
不可思議に思い見回していると、通りかかった人物がいた。この1年で、瞬く間にキングと呼ばれるようになった男だ。
「めずらしいな。休日に君がここにいるなんて」
「所要があってな」
「そうか。久しぶりだね、和也君」
 玲二の陰に隠れるようにしていたのは、不思議な因果で結ばれている和也だった。
 おそらく玲二は和也をこの場に近寄らせたくないはずだ。なのに、和也はここにいる。
……
 明人が和也の名を呼んでも、和也は何の反応も示さない。あの夜があってから、和也には完全に嫌われたとは思うが、それにしても反応が薄い。
「今は、威圧で従わせているからな。大分、強く感じさせているから今どこにいるのかもわかっちゃいねえ」
「ああ、道理で
 頷いたところで、そういえば和也はΩになったのだと思い返した。βであってもαの威圧は怖気付いてしまう。Ωならば尚更、αに従ってしまうのだろう。
 それにしても、玲二に身を任せている状況は常の事ではない。その目も強い光が讃えられているはずが、どこか頼りない。
「何かあったのかい?」
 番登録はいわば婚姻関係を結んだ配偶者と同じ扱いになる。玲二自身もつい1週間ほど前に、ダークマターへ届け出を出したと総務から聞いている。相手は問うまでもなく明白だった。『和也がΩに変質した』という報告は受けているし、玲二が番登録などとαにとっては堅苦しいことをするのは和也以外にはありえないのだ。
「こいつが『番を解消したい』って言いだしたからな、無理やりヒートを起こさせて、ハメまくってやった」
 しれっと言うが、玲二の怒りは凄まじいものではあったと窺い知れる。和也の身は以前に比べ、衣類の上からわかるほどに細くなっている。
 元々無駄な贅肉など無縁で、それでいてしなやかで若々しい弾力もある。それなのにこのやせ方は、異常とも見える。
 明人は思わず眉を顰めた。玲二の凄まじい執着を受け止めるのは、並大抵の人間ではできない。和也だから受け止めることができると言えるし、和也が受け止めることでさらに底の見えない執着になっているともいえる。
「ま、自分がΩになったところで、散々教え込んでも何にもわかっちゃいねえからな。
 ――こいつに注意しろってたって無理だし、他の奴らを牽制するためにネックガードを用意した」
 ネックガードはΩを守ると同時に、他のαへの牽制にも使われることが多い。
 上位αである玲二が、バース性を変質させてでも番になりたかった和也。明人にとっても和也は異母弟かもしれない存在だ。その和也の項を守るものがどんなものか単純な興味があった。
「同席しても構わないか?」
「ああ。――ほら、いくぜ和也」
 そのまま連れ立って玲二のセカンドハウスへ足を踏み入れる。
「おかえりなさいませ。オーナーもご一緒でしたか」
 専任のコンシェルジュがふたりを認めた後、眉を顰める。玲二の背に隠れるように、もう一人、和也がいたからだ。
 元々、玲二と和也はかなりの身長差と体格差がある。それに明人と和也も身長差はあるため、自然とふたりの陰に隠れるような形になっていた。
「そちらの方は?」
「俺の『番』だ」
 『番』という言葉にコンシェルジュは衝撃を受けたようだ。その前を、和也の肩を掴んだまま、玲二は進む。
リビングルームに入り和也をソファに座らせると、和也はきょろきょろと見渡す。その仕草が本当に幼く見え、明人はクスリと笑った。
――何かお飲みになられますか?」
 気を取り直したコンシェルジュが訪ねる。
「ブラックで」
「同じく」
「そちらの方は?」
 コンシェルジュは和也ではなく玲二に尋ねる。
「和也、どうする?」
 玲二に尋ねられても、和也は首を振った。
「全くお前は。
――適当に。ああ、マンゴージュースあっただろ?こいつは、それでいい」
コンシェルジュがリビングルームを離れる。まもなく、コーヒーカップ二つとマンゴージュースの入ったグラスがそれぞれの前におかれる。
馨しいコーヒーの匂いが広がる中、和也はじっとグラスを見つめたまま、手を伸ばそうともしない。そのグラスを持ち上げたのは、隣に座る玲二だった。
「ほら」
 玲二は、和也の口元に持っていく。
 流石に、明人もコンシェルジュも驚きを隠せない。
「ヒートになったらいつもこうだ。喰いもしねえし、飲みもしねえ。気だるそうにして、何にもできなくなるからな、困ったもんだ」
 呆れたような声色だが、どこか優越感を帯びている。 和也の下唇に当てる。
「ほら、ゆっくり飲め」
 玲二にしては甲斐甲斐しいほどだ。コンシェルジュも目を見張っている。
 和也が促されるまま飲むものの、量が多いようで口の端から零れ落ちる。その零れ落ちる物も玲二が自らの指先で拭う。赤い唇の感触を楽しむように、やや強めに押しつぶし、ようやく離れた。
 和也に3口ほど飲ませた後、ようやく玲二は自分のコーヒーに口をつけた。
「で、届いたものは?」
こちらです」
 コンシェルジュはビロードの箱を二つ、ローテーブルの上に置く。その箱をゆっくりと引き寄せた玲二は、長い指先で大きい箱を開く。
 そして満足そうに、小さく軽薄な唇をゆがめた。
「これ、なに?」
 玲二の手元をのぞき込み、首をかしげる。
「お前のネックガードだ」
「ネックガード?」
「ああ。これがお前を守る。いいか、自分から外そうとするんじゃねえぞ?」
 玲二がビロードの箱の中からネックガードを取り出し、和也に見せる。
 黒い革のチョーカーだった。
 Ωのチョーカーは基本的に派手なものが多い。ファッションとして身に着けるのと同時に、Ωを守るものだ。
 αにとっては己の経済力、甲斐性を見せつけるものだといってもいい。いわば、『このΩは自分のものだ』と主張するものだ。
 玲二は留め具を外すと、和也の首にチョーカーを当てる。
いゃ、だ
 その時、和也が小さくつぶやいた。その声は今までとは違い、小さいながらも強いものだった。
 色のなかった瞳にも、一瞬、光が宿る。
 だがその和也の声を無視し、玲二はチョーカーを和也の首に飾った。その途端、和也の瞳にはまた光がなくなる。
 細いながらも上質な革が使われたチョーカーは、和也の首を彩る。
 和也の所有権を主張するように首に飾られたチョーカーは人目を引く。女性の様に華奢ではないのに、男にしてはややほっそりとした和也の首にそれは酷く映えるのだ。
「ほらな、よく似合う」
 満足そうに指先で和也の項から首筋をなぞっていた玲二は、片手でもう一つのビロードの箱を開け、中から取り出したものを自分の手首に回した。
 チョーカーと同じ素材で使われた黒い革のブレスレットだ。
 留め具に金が使われているチョーカーとブレスレットがそれぞれの肌を彩ることで、番であることが目に見えてわかる。
 玲二は満足そうだった。自分のブレスレットと和也のチョーカーを眺め、口角を上げている。その覇気は、『運命の番』を手に入れたαのものだった。
「和也、そろそろいくか。飯食いに行こうぜ」
 この場所にいる意味はもうない。せっかくの休日だし、このまま出かけて、美味い物を食べ、ホテルでゆっくり過ごすのもいいだろう。そろそろ和也のヒートも解いてやろう。いつまでも威圧とヒートを同時に感じさせていたら、和也の意識が戻れなくなってしまう。
 ――立ち上がった時、自分のスマホが震えているのに気づき、玲二は取り出した。画面に表示された名に、片眉を上げる。
「ちっ、高志からだ」
たかし?」
「ああ。ちょっと出てくる」
 和也ではなく玲二のスマホにかかってくるということは、和也に知られたくないことなのだろう。
 ここで無視したら後がうるさい。玲二は立ち上がると、ベッドルームに向かった。
 寝室の扉閉め、スマホをスワイプする。
「なんだ?」
 玲二が不機嫌に問いかけると、相手も同じように返してきた。
『お前、和也をどこにやったっ』
 怒号に近いものを滲ませながら、高志は言い募る。
「はあ?何言ってんだ、お前」
 ふんと鼻を鳴らしながら玲二も返す。
『今日は受診の日だ。
――家に迎えに行ったのに和也はいねえし、お前の車もない。お前が連れ出したんだろ?』
 高志の声は確信しているようだった。
『お前分かってんのか?和也はΩになったんだぞ。体調だって整ってないのに、どこに連れ出したんだ、ああ?』
 勝手なことは許さないと高志の声色は言っていた。その言い草はあまりにも自分勝手だ。
 身体的だけでなく、精神的にも不安定になっている和也が高志を頼っているだけでも腹立たしいのに、高志の方も和也を庇護の対象としてみている。
「俺と和也のことに口出しすんな」
 玲二は低くうなる声を出した。
「いい加減にしねえと、金輪際、和也に会わせねえぞ」
――なんだそれ、お前になんの権限があって』
「和也の番は俺だ」
 玲二は揺るがない想いを込めて言い切る。
「あいつを生涯囲うのはお前じゃない。俺だ」
 和也の所有権を持っているのは玲二だけだ。他の誰にも譲らない。
「お前は、そこで指くわえてみてろ」
 玲二の勝ち誇った声に対して、電話越しにちっと舌打ちがもれる。
 ――それが玲二と高志の差だった。



∞∞∞


和也は悲惨な状況ですいつもの事ですが!