夜明 奈央
2024-08-11 08:16:35
4488文字
Public 中太SS
 

私たち結婚してました!

入院した太宰のお見舞いに行く国木田&敦と中太のドタバタコメディ
2024年8月10日初出

 太宰さんが入院したので、僕は国木田さんと2人でお見舞いへとやってきた。しかし、指定された病室に掲げられた名札を見て、首を傾げる。
「中原治……?」
 初めて見る名前に、一緒に来た国木田さんも同じように首を傾げている。
「部屋を間違えたんでしょうか」
「いや、しかし番号は合っているはずだが」
「階が違うとか……
「部屋番号は上1桁が階数を表している。番号が合っているなら階も合っているはずだ」
「ですよね」
 国木田さんが手帳を取り出して何度も目の前の病室の番号と見比べている。何度確認しようと番号が変わるわけがない。
 国木田さんが自分の時計をちらりと見た。そうこうしているうちに、太宰さんと約束した時間を1分程過ぎていた。
「もしかして、入れ違いで部屋が変わってしまったとか」
「あり得るな。さっきのナースステーションに戻って確認するか」
 来た道を戻ろうと意見が一致したところで、中から扉が開いた。
「入らないの?」
 ひょこりと顔を出したのは目的の人物その人だった。
「太宰さん?」
「太宰!?」
 銘々が驚きの声を上げた。国木田さんは名札と太宰さんの顔を何度も見比べている。見慣れぬ病院着姿だが、顔色は良さそうだった。
「ここでいいのか?」
「そうだよ。部屋番号教えたでしょ」
 僕たちへ入るよう促しながら、奥のベッドへと向かっていく。元気そうに見えたが多少ふらついていて、刺された腹の傷を片手で押さえている。慌ててその後ろを追った。
 太宰さんの病室は個室だった。あまり広くはなく、2、3歩でベッドに辿り着く。「いたた」と小さく悲鳴を上げながらベッドに戻った太宰さんは、壁際に立てかけてあるパイプ椅子を示した。ベッドの横には元々小さな丸椅子が置かれているが1つだけなので、それを出せということらしい。しかし両手は見舞いの品で塞がれていて、あたふたしてしまう。
「それ、貰っていいのかな?」
「あ、はい。みんなで買ったお見舞いの品です」
「ありがとう。そっちの棚の上に置いておいてもらえるかな」
 棚の上に置いて、ようやく両手が自由になった。パイプ椅子を広げて、それぞれに腰を降ろす。
 ひと息ついたところで、国木田さんが今最も気になっていることをずばりと切り込んだ。
「お前、偽名だったのか?」
「偽名とは人聞きが悪いなぁ。通り名とか通称とか言ってよ」
「変わらんだろう」
「別に珍しくないでしょう。仕事で旧姓使い続けてる人なんて」
 太宰さんは居心地悪そうに窓の外を見ている。その姿はどうにも照れ臭そうだ。それと旧姓、なんて響き、指し示すものはひとつしかない。
「太宰さん、結婚してたんですか?」
「まあそんなところ」
「誰だ。お前みたいな迷惑噴霧器を婿にもらいたがるような物好きは」
「ほんとにね、趣味悪いんだよ」
 太宰さんは苦々しい顔をして、「みんな元気にしてるのかい?」と強引に話を切り替えた。
 プライベートのことをあまり根掘り葉掘り聞くものでもないだろうと素直にそれに乗ったが、普段の太宰さんなら話を逸らすにしてももう少し上手くやる気がする。そんなに聞かれたくないのだろうか。
 中原、という名字を聞いて真っ先に思い浮かべるのはポートマフィアの中原中也さんだ。特別珍しい名字でもないので無関係の可能性だってもちろんある。けれど中原姓の知り合いが他にいるわけでもないから、どうしても彼固有の名字のような気がしてしまう。
 3人で他愛のない世間話をしながらそんなことをふわふわと考えていると、突然扉がガラリと大きな音を立てて開いた。
「太宰、いるかー?」
 その瞬間、太宰さんが頭を抱えてベッドに倒れ込んだ。何事かと警戒するが、それは杞憂だとすぐにわかった。
「だから君は! ノックしてって言ってるでしょう! というかそれ以前に来る前に連絡して!!」
「ぁあ? だったら毎度未読スルーしてんじゃねぇっつの」
 即座に口喧嘩が始まって、僕たちは口を挟むことさえできない。
 だって現れたのは先程考えていた中原中也さんだ。太宰さんとは昔馴染みのようだが、僕と国木田さんは顔を知っている程度で碌に話をしたこともない。幸い敵意はないのか以前に対峙した時のような殺気は感じないが、きゃんきゃんと子犬が戯れるような喧嘩はとても病院で繰り広げられているとは思えない勢いだった。
 止めた方がいいのかあわあわしていると、僕の隣で国木田さんが小さな呟きを漏らした。
「まさか、太宰のご夫人は中原の妹さんとか……
 国木田さんの呟きは独り言と言えるレベルのごく小さなものだったが、太宰さんは耳聡く聞きつけて「はぁあああ!?」と声を上げた。
「そんなわけないでしょ!? なんで私がこんな帽子置き場の妹と!? しかもそれだと私がこのちびっ子の義弟ってこと!? 百歩譲って私が義兄でしょ!?」
「手前の方が誕生日遅いんだから歳下だろがッ!」
 口喧嘩の方向性を変え、またもぎゃんぎゃんと喚き散らす。どうしたものかと思っていると、扉がスパーンと開いて血相を変えた看護師さんが入ってきた。
「中原さん! 病院で騒がないでっていつも言ってるでしょう! 追い出しますよ!」
 太宰さんは罰の悪い顔をして口を噤む。どうやら常習犯のようだった。
「旦那さんも! 来る度にそんなことでは困ります。次やったら出禁にしますからね」
 看護師さんは静かになったことを確認するとため息を吐きながらそそくさとその場を後にした。
 残された僕たちの間には気まずい空気が流れる。
「あー、その、改めて挨拶すると、こいつの夫です。いつもこいつが世話になってます」
 場の空気を変えるように、中原さんがぺこりと頭を下げた。
「まあ、そういうことだよ」
 太宰さんがぶっきらぼうに付け加える。
 中原さんに実際姉や妹がいるのかは知らないが、やっぱりお相手は中原さん本人らしい。今の法律では同性での結婚はできなかった気がするが、深くは突っ込まないことにする。
「こちらこそ太宰さんにはいつもお世話になってます」
「太宰の働きには助けられることばかりだ」
 僕と国木田さんも慌てて頭を下げる。
 中原さんはなんだか誇らしそうだった。こうなると太宰さんのむすっとした顔もただの照れ隠しにしか見えなくて、こっちまでむず痒い気持ちになってくる。まだ新婚なのかもしれない。
「あの、おふたりはいつ頃から結婚なさってたんですか?」
「君も随分イイ性格に育ったものだね」
 太宰さんが苦虫を噛み潰したように唸る。それを無視して、中原さんがさらっと答えた。
「4、5年くらいだな」
 思ったよりも長かった。

◇ ◇ ◇

 2人が見舞いに来るとわかった時点で名字が違うのは誤魔化せないと思っていたが、まさか紹介までする羽目になるとは思っていなかった。社長にはちゃんと話をしてあるし、特に問題があるとは思っていない。けれどそれと恥ずかしいのは別問題だ。探偵社では頼りになるお兄さんで通っていたはずなのだ。しかも全く知らない誰かでもよく知っている相手でもなく、中途半端に面識のある中也だ。思い出すだけでも居た堪れなくて、布団を頭の天辺まで引っ被る。
 しばらくすると、国木田くんと敦くんを見送りに行っていた中也が病室に帰ってきた。
「着替えはそこ。用が終わったらさっさと帰って」
 そっけなく告げる。
「なんだよ機嫌悪いな。タイミング悪かったのは認めるがそもそも手前が連絡寄越さねぇのが悪いんじゃねぇか」
 中也はぶつくさと文句を言いながらも、持参した着替えとこれから洗濯するものをてきぱきと交換する。この入院生活もそこそこ長いし、入院自体もこれが初めてではない。お互いにもう慣れっ子なのだ。
 作業が終わると、中也は見舞い客の定位置である丸椅子にどかりと腰掛ける。
「どうせそのうちバレるんだろうし、遅いか早いかだけの違いだろうが。いつまでも拗ねてんじゃねぇよ」
「拗ねてないよ。人聞き悪いな」
 会話が続かず、沈黙が流れる。放っておけば勝手に帰るだろう。そう思っていたのに、いつまで経っても傍らの気配は消えなかった。
 布団の隙間からちらりと確認すると、みかんを黙々と食していた。さっき敦くんが持ってきたものだろう。既に剥き終えた皮が2、3個分ある。今更中也に遠慮を求めはしないが、せめて一言くらいないものなのか。
「っつーか、俺の義弟そんな嫌? 戸籍上は手前は俺の子供なんだけど」
 現段階では同性同士の結婚は認められていない。便宜上夫なんて言葉を使ったが、実際私と中也がしたのは養子縁組だ。戸籍上家族になる手段は今のところそれしかない。私は内縁でも良かったし、そもそも結婚への興味だって薄かったが、中也がどうしても入籍したいと言うからこうなった。だから私と中也の関係は、戸籍上は養子と養父だ。
 あの時は中也がどうしてそんなに入籍にこだわるのかと思っていたが、実際この関係になってからはして良かったと思っている。病院という場所は、“家族”に許されている範囲がただの恋人より圧倒的に広い。
 私が“中原”姓を名乗ったり返事をしたりする度に中也はしょっちゅう口端をにやつかせているから、中也の思惑は違うような気もしているけれど。
「嫌に決まってるでしょ、君の下なんて。考えないようにしてるんだから言わないでよ。夫なんでしょ」
「そっちはいいのかよ」
 嫌だったら了承しない。わかっているはずなのに、そんな小っ恥ずかしいことをいちいち確認するのはやめてほしい。
「あんまりそういうこと言うなら“離婚”するからね」
「はいはい、悪かったよ」
 全く悪いと思っていなさそうな声で謝られる。かと思えば、被っていた布団をぺろんとめくられた。一気に視界に光が戻ってくる。乱れた髪をさらにぐしゃぐしゃに掻き回され、それから後頭部にキスを落とされる。
「なに?」
「離婚されると困るから、ご機嫌取り?」
「10点」
「満点か」
「そんなわけないでしょ。100点満点中10点だよ」
「へいへい。だったらこれはいらねぇんだな」
 返事をする前に半分に割ったみかんを口に詰め込まれる。仕方なくそれをもごもごと咀嚼する。じゅわっと甘い果汁が染み出す。筋まで綺麗に取られていて、余計な苦味もない。心の中で20点程加算する。
「私がこんなので誤魔化されるとでも思ってるの」
「美味かっただろ?」
「くれたのは敦くんたちだよ」
「そうだな」
 こんなので誤魔化されてやるつもりはないのに、どんどん毒気が抜かれてしまう。
 結婚してから、中也は格段に甘くなった。今まで通り莫迦な言い争いもするし、場合によっては嫌がらせだってする。相変わらず趣味は合わない。
 けれどこうやってわかりやすく甘やかされると、適当なところで矛を納めてやるしかなくなってしまう。それが“結婚”生活を上手くやる秘訣かもしれないとは思うので、黙って残りの半分のみかんを要求した。


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