2024-08-11 06:58:32
3814文字
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その灯火を目せよ ①

冥界観測へ赴くエメと、彼の灯台たるアゼの小話 1つめ モブがしゃべる。


 その日、エメトセルク院にて大規模な冥界の観測が行われる為に、人々はその準備に追われていた。ありとあらゆる護符に魔術を重ねがけされ、自らも己を強化するのはエメトセルクその人である。優れたソウルシーアである彼が直接冥界へ降り立つ理由とは、それほどまで深部に降らなければならない、ただそれだけだ。エメトセルクのエーテルを見失わぬようにと幾人ものエメトセルク院に所属するソウルシーアが集い、観測用のイデアを揃え、ここまでの準備だけで三ヶ月は掛かっていた。
「すごい、大掛かりですね」
 エメトセルク院に配属されてまだ数ヶ月のその青年は、揺れるエーテルに落ちかけたフードを押さえながら目を丸くする。エメトセルクを観測する一人であるソウルシーアの先輩である女が笑いながらそうだな、と頷いた。
 市民揃いの黒いローブにはあらゆる護符や不測に備える魔法を練り込んだ飾りが縫い付けられている。毎度毎度派手になっていくな、と溜息を吐きながらもしゃらしゃらとローブを鳴らしながら大人しくエメトセルクは装飾を施されていた。これは新しく申請されたイデアを元に作った護符ですよ、と説明を受けながら指輪を三つと四つずつも嵌められてしまえば、眉間の皺が深くなるのも仕方ないことだろう。杖を握るのに邪魔だな、と呟いたエメトセルクに、杖を使わなくても術を行使できるでしょう、と長くエメトセルクに仕える部下が呆れた顔をした。
 そんな様子を眺めながら、ソウルシーアの眼で術の綻びがないかを確認していた女が小さく笑う。
「ここまでやってもいくらでも不測の事態は起こってしまう。あたし達がどれだけ冥界について知識を得ても、それを飛び越える神秘がある」
 女のソウルシーアの瞳が、不意に何処かを見る。それはきっと青年の知らない、近くで遠い美しい場所を見ている。
「一つでもあの護符が欠けてしまえば、エメトセルク様はそのまま冥界に攫われてしまうかもしれない。あたし達観測者がエメトセルク様を見失えば、二度と見つけられないかもしれない」
……怖い、ですね」
 青年が視線を落とす。けれどもからりと笑って女は青年の肩を叩いた。
「大丈夫。そのための最後の砦があるのさ」
 とりで、と青年が呟いたところで、やっほー、と場違いな明るい声が響いた。入ってきたのはフードを下ろした赤い仮面の女だ。アゼムの座に着いている彼女をはひらひらと手を振りながら、護符を纏ったエメトセルクを覗き込む。
「じゃらじゃらしてるなあ。それ闘いづらそう。可愛いリボンだね」
「剣を振り回すわけじゃないんだ。お前が口を開くと緊張感が失せる。静かにしていろ」
「酷い」
 エメトセルクと親しいアゼムの登場に青年は怯えながら先輩の女を振り返った。
「戦闘も起こるんですか……!?」
「起こったとしても、大抵のことはエメトセルク様がなんとかするだろうよ。戦闘要員じゃない。アゼム様はね、最後の砦だ」
「アゼム様が?」
 不思議そうな青年に、女は自慢げに笑った。
「深くを観測しているうちに己の魂の形、いるべき場所がわからなくなって冥界に誘われてしまうって習っただろう?」
「はい」
「それは優れたソウルシーアであるエメトセルク様も変わらない。どちらが冥界でどちらが現世か、曖昧になってしまうんだ」
 それは、恐ろしいことだ。恐怖に震える青年に、正しく怯えることは良いことだ、と笑いながら「だからだよ」、と口を開いた。
「アゼム様はエメトセルク様にとっての灯台で命綱なんだ。エメトセルク様はアゼム様のエーテルを見慣れているから、決して見失わない。それを目印に必ず帰ってくる。それにアゼム様には特別な術もあるからね」
 それはきっと、青年の知らない二人の絆があるのだろう。さすが、十四人委員会に座する方々は違う、と畏怖の念を抱きながら二人を見る。
 その視線を受けて、アゼムは頬を押さえた。
「なんか恥ずかしいこと言われてる……っ!」
 善く言われているが、ようは何かやらかさないか監視され過ぎた結果、アゼムの魂を強く覚えてしまっただけである。それにアゼムもまた、何かあったらエメトセルクを喚ぶ癖がついている。召喚術はきっとアゼムが意識を失ったって使えて、そして喚ばれるのはエメトセルクだ。
「真実ではあるだろう」
 頬を押さえるアゼムの横でしれっとエメトセルクがそんなことを言うものだから。アゼムは目を丸くして、貴重なデレだ……っと唸る。ぐるるる、とアゼムから響く威嚇音は羞恥心でからくるものだ。相変わらず感情表現が狂ってるな、とアゼムを横目で睨みながら、準備ができました、の声にエメトセルクが背筋を伸ばす。
「アゼム」
 視線は合わせる必要はない。
「頼んだ」
「任せて」
 短く一言、言葉を交わすだけで良い。頷いてエメトセルクは冥界へ繋がる水鏡へ足を進める。その背中をアゼムは壁に寄りかかり腕を組みながら見送った。


 冥界に潜るには体はもちろん、魂にまで負担を及ぼす。少しでも負担を減らす為に深部の観測は三日に分けて行われる予定だ。一日、二日、何事もなく終わり、最後まで気を抜かぬように、とエメトセルクの言葉と共に三日目の観測が始まった。
 冥界の奥深く、洗われた真新の魂が揺蕩う中、流れ星のように一際強くエメトセルクのエーテルが輝く様は美しい。一度でいいから私も見てみたいな、とアゼムが笑い、青年も俺もです、と返した時だった。
「何か不測の揺らぎが、あっ!」
 パリン、と観測用のイデアを宿したクリスタルが一つ割れた。それと同時にエメトセルクと繋がりを持つ護符が突如と燃え上がり消える。
「エメトセルク様を見失いました!」
「あたしはまだ捉えてます! けど揺らぎが……
「エメトセルク様へ通信は!?」
「不安定で届きません」
「私もエメトセルク様の観測ロストしました、残り観測者一名!」
 残る観測者は先輩の女だ。乱暴に仮面を取り外し目を見開いて、彼女は深淵の覗き込む。前のめりになり、彼女自身も冥界に攫われそうなほどに視界を広げて、けしてエメトセルクを見失わないようにと瞬きもせず睨み続けた。
 観測とは、その存在が事実であると肯定すること。その目に映っている、それこそが存在の証明であり、エメトセルクの形を確定しているのだ。もし最後の一人がエメトセルクを見失えば、彼は瞬く間に形を見失ってしまうかもしれない。
 突如走った緊張感に青年は何をするべきかと立ち上がって、けれどもその横をゆっくりと抜ける人がいた。
「すみません、もうすぐ私も見失うかもしれま、」
「いいよ、大丈夫」
 たん、とアゼムが爪先で地面を叩く。シャキン、と鋭い音が響くのと同時に白い魔紋が現れる。
「私が捉えてる」
 アゼムを中心にエーテルがざわめき、赤い仮面の奥でその瞳が鋭く輝く。その目は、確かに何処かを視ていた。魂とエーテルを視る眼が無くとも、冥界を見渡す眼が無くとも。
 確かに、その存在を、気配を、アゼムは捉えているのだ。
「ハーデス」
 荒れ狂うエーテルの中、アゼムの声はけして大きく無いはずなのにやけに強く響いた。そして彼女が呼んだ、その瞬間。魔紋から光の柱が立ち上がる。荒れ狂うエーテルが収束し、光の柱の中に人を形作る。そうしてそれはごく自然に足を踏み出し、とん、と地面に降り立つと風であおられたアゼムのフードを引っ張って被せた。
「ん、欠けてないね?」
「お陰様でな。はぁ、酷い目にあった。エーテル酔いするかと思った」
「何事?」
「稀にあるエーテルの運動だ。エーテルの波に飲まれた。まったく、これだから気が抜けない……
 当たり前のように会話を続ける二人を見て、青年は握りしめていた拳をゆっくりと開く。周囲を見渡し、最後までエメトセルクを観測していた女が崩れるように座り、目元にタオルを当てているのを見て慌てて近寄った。
「大丈夫ですか……!?」
「ちょっと、眼を使い過ぎちゃっただけ。休ませれば問題ない」
 しかしキツかった、と呟いて、もっと鍛錬しなきゃなあ、という彼女に青年は尊敬します、と呟く。
「ねえ、お腹すいた……
 張り詰めた空気がまだ残る中、アゼムの声が響いた。はあ、とエメトセルクが溜息を吐く。
「ヒュトロダエウスに適当な店の予約取ってもらっていい? まだ時間かかる?」
「お前は……ロープを変えればすぐ行ける。お前達も一度休息を取れ」
 明るいアゼムの言葉と呆れたようなエメトセルクの言葉に、はい、とまばらな返事と共に緊張感が溶けて消えていく。
 ずるりとタオルをずらして、女は後輩にだから大丈夫だって言っただろう?と笑いかけた。
「あの方々にとってこれぐらいは些細な事件なんだ。それぐらい、必ずアゼム様が連れ戻して下さると信じてるし、エメトセルク様を連れ戻せると信じてる。それを、あたし達も信じているんだ」
 なるほど、と頷いて。青年は改めて畏怖の念を二人に向ける。
 たった今、冥界に攫われてその命を呆気なく還すところだったかもしれないのに。それでもエメトセルクとアゼムはもう、この後のランチの話をしている。なんて強い人達なのだろう。同じ強さは得られなくても、支え得る人になりたい。そう決意を固めて、青年はまだ疲労で動けないであろう先輩の昼食を買い求めるべく、駆け出した。