溶けかけ。
2024-08-10 21:54:35
1732文字
Public ほぼ日刊
 

冬の眠り

冬眠するタイプのヌヴィレットとドラスパに行くフリーナのお話です。
友情出演:クレー、アルベド
※アルベドいないので口調が怪しいです。

 僕の隣でヌヴィレットが欠伸を噛み殺した。いつもは鋭い瞳も心做しか、とろんと垂れ下がっている気がする。

「キミも眠いなんてことあるんだね」

 さくさく、さくさく――新雪を踏みしめる。
 
「フリーナ殿。私とて、人並みの睡眠欲というものは持ち合わせている」

「キミ、最高審判官はフォンテーヌが誇る最高傑作のマシナリーとか言われてるの知ってる?」

「ほう……それは興味深い……言っている者には是非とも詳しい話を聞きたいものだ……
 
 軽口を叩き合う二人の格好は冬の装いそのものだ。ふわふわのファーのついたブーツとコートを身に着け、肩に、頭に、雪を積もらせながら、山頂を目指す。――そう、二人はドラゴンスパインにいた。

「わぁ……綺麗だね」

「フリーナ殿……それ以上行くと落ちるかも……しれ……ない……

 七天神像の建っている崖の際に立つフリーナのコートの裾を眠そうなヌヴィレットが引く。

「平気さ。それより、見てご覧よ。こんなに高くまで来た……ヌヴィレット!」

 かくん、とヌヴィレットが船を漕いだ。急激に力が抜けた体をフリーナが支える。

「ぐぬぬ〜……ヌヴィレット……辛いかもしれないけど、歩けるかい!?」

「フリーナ、殿……すまない……努力は、する……

 ヌヴィレットを担ぐようにしながら、フリーナは洞窟を目指す。以前、行方不明の冒険者が閉じ込められていた、と旅人から聞いていなかったら、暖を求めて二人で彷徨うことになっていたかもしれない。

「ヌヴィレット……!もう少しだから……!」

 先程まで五感を楽しませていた新雪が行く手を阻むものになるなんて予想だにしなかった。
 フリーナは唇を噛み締める。新雪に何度も足を取られそうになりながら、それでも一歩ずつ進んでいく。

「着いた……!待ってて、ヌヴィレット!今、火を焚くから!」

 近くにあった焚き火に火を点けたら、ヌヴィレットをその近くに座らせる。

「体を温めないと……

 上着を脱ぎ、ヌヴィレットに被せる。彼は微動だにせず、うつらうつらと夢と現を行き来しているようだった。

「どうしたら……

「どうかしたのかい?」
 
 困り果てるフリーナの耳に少年の声が届いた。





「それじゃあ、彼は……

「あぁ。安心して聞いて――――彼は冬眠状態にあるだけなんだ」

 フリーナは大きく息を吐き出した。

「冬眠って……ハハッ……まったく、驚かせてくれるよ……

 笑ってはいるものの、フリーナの顔には安堵が滲む。

「それで、これからどうすればいいんだい?」

 目の前の少年――アルベドというらしい――は、頷くと一本の薬瓶を取り出した。

「これを飲ませて。気付けくらいにはなるはずだ……それで目が覚めたら、すぐに山を降りるんだ」

「分かった――ありがとう、アルベド」

 フリーナは薬瓶を受け取ると真剣な表情で頷いた。

「あぁ、クレーが呼んでいる……じゃあ、ボクはこれで」

 風雪に混じって、アルベドを呼ぶ少女の声が聞こえた。



「ヌヴィレット、気付け薬だって。飲めるかい?」

 ヌヴィレットがフリーナの声に薄っすらと瞼を持ち上げる。目の前に掲げられた薬を取ろうとしてはその手が空を切る。

…………

…………っ!」

 やがて、彼の手はパタリと体の横に落ちる。フリーナは覚悟を決めると薬を口に含んだ。





「君は一体、どうやって薬を飲ませたのだ?」

 さくさく、さくさく。――新雪を踏みしめる。
 追ってくる彼は訝しげに首を傾げてこちらをみていた。あぁ、覚えていないのか――。それが少し残念な気もするし、良かったとも思っている自分に困惑する。

「あの状態の私に飲ませるのは並大抵のことでないはず……

 ああ、そうだよ。大変だったさ。フリーナからしたら一生に一度を彼に使ったのだ。それなのに彼は覚えていないと来た。

 ――だったら、少しくらい意地悪をしたっていいんじゃないかな?

「ヌヴィレットには絶対に教えてあげない」

 踵を返して歩き出したフリーナの頬をしんしんと降る雪が冷やしていった。