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ふーこ
2022-08-13 21:05:06
3292文字
Public
小説
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100万画素の花火
【2022年8月14日 黄昏刻に龍ぞ棲む3.5〜お盆の里帰り編~】 <浴衣・水着・夏服>カードゲームを作ろう! 企画にて、皆守のカードゲーム風イラストをロビさんと共同製作しました。(イラスト担当:ロビさん、ストーリー担当:ふーこ)こちらはカードストーリーの小説です。本編から数年後。皆守と葉佩の話です。
皆守の指が、逡巡しながら携帯のボタンの上を滑った。これで数度目の躊躇いである。
遠くから甲高い笛の音と乾いた破裂音が聞こえている。皆守の住む賃貸マンションのベランダからは小さく丸い花火が見えていた。天香學園を卒業してから数年この部屋に住んでいるが、ベランダから花火を楽しめるという恩恵を享受しようと思ったことは一度も無い。
しかし今日は、これを見せてやると約束した。数日前に任務で遠隔地へと発った葉佩が、花火大会にたいそう未練を残していたからである。
「一緒に花火見たかったな。お祭りみたいに夜でも賑やかでさ、屋台で飯食うんでしょ? 楽しそう。俺、浴衣も買ったのに」
出発前の葉佩の嘆きに、皆守は「残念だったな」としか言いようがなかった。
急な仕事が入るのは葉佩にとって日常茶飯事で、事の急さに文句こそ言いつつ、信頼を失うような行動に出ることはない。だから葉佩が仕事を放り出して花火大会に繰り出すとは皆守も思わなかったし、葉佩自身にその気も無かった。ただ愚痴を漏らしているだけだ。
そして皆守の花火大会への興味へは、ほとんど無いに等しい。葉佩が楽しみにしていて、皆守を引き連れて見に行く気でいたから。その期待をバッサリと切り捨てるのが忍びなかっただけだ。
そんな皆守も同情的でいられたのは、続く葉佩の言葉を聞くまでのことである。
「ということで、甲太郎には俺の分まで花火大会を楽しんでもらいたいと思う。これ、俺が買った浴衣ね。丈が短いなんてからかうなよ? 参加できない哀れな俺の分まで存分に着こなしてくれ」
「おい、ちょっと待て。なんでそうなるんだよ」
「あ、そうだ。花火始まったら連絡くれない? かけれたらこっちから電話する。テレビ電話。いい? 今回は国内でよかったー。通話料金バカになんないから」
「話を聞け。
……
というか、花火見たさにわざわざテレビ電話だって?贅沢な道楽だな」
「一緒に楽しみたいからだよ」
何が一緒に楽しむだ。同じ場所に居もしなければ、これは俺の楽しみでもないだろう。と、皆守は取り敢えず受け取ってしまった浴衣を難しい顔で眺めた。
数日前のやりとりを思い出しながら、皆守の指はもう一度携帯のボタンの上を滑って、それからまた一呼吸考えた。
悩んでいる分だけ自分の状況が恥ずかしくなってくる。皆守は足首がすっかり覗いてしまう浴衣の裾を軽く蹴って、足元をくつろがせた。
「お祭はやりすぎるくらいがちょうどいいのよ」とは高校時代の同級生の言である。祭という訳でもないが、似たようなものだ。
数年越しにその言葉が皆守の中に蘇り、葉佩が置いていった浴衣に袖を通して、言われた通りお前の分まで楽しんでるぜと軽口を叩いてやるつもりだった。
それが、いざ葉佩に連絡をしようかという段になって急に恥ずかしくなった。別に、テレビ電話で花火を映してやるだけならいい。しかしさすがに一人で浴衣は浮かれすぎたかという気になったのだ。
さて、どうするか。悠長に悩んでいる間にも遠くでぱらぱらと花火の散る音が続く。
花火大会を楽しみにしていた、なんて、どの程度本気の気持ちだろうかと皆守はふと考えた。葉佩が學園にやって来たのは夏も過ぎてからだったし、それからしばらく日本には居たようだがイベントごとを楽しむ暇はなかったんじゃないか、というのは皆守も知るところだ。少なくともここ数年は経験していないことだから、新鮮味がなくはないのだろう。
「
……
だからってなァ」
葉佩は皆守にとっての非日常の中にいる。祭なんていうのは、もはや日常と陸続きの特別で、葉佩が飛びついてそれを楽しむのがうまく想像できなかった。
皆守の日常の中にいる葉佩は、いつでもそこを離れていけそうで、それが当然で、葉佩らしくて、憎たらしくて好ましい。
手の中にモーターの振動を感じて、皆守は携帯を落しそうになった。手元に目を落とすと、嫌な予感と実感がほとんど同時に皆守の頭に飛び込む。
画面には「葉佩九龍」の表示と、ご丁寧にテレビ電話の着信であるという文言があった。皆守は三コール分その画面を見つめて、結局観念して応答ボタンを押す。
「
……
よォ」
「よ。もう電話しても大丈夫だった?」
葉佩は屋外にいるようだった。画面は薄暗く、スピーカーから、葉佩の声と一緒にホウホウと何かの鳥が鳴いているのが聞こえてくる。いったいどんな山奥にいるのかと尋ねようかと思ったが、聞いたところで分からないなと思って皆守はそれを止めた。
「あァ。もう花火が始まってしばらく経つんだが
……
連絡するのが遅くなったな」
「あはは。いい、いい。それで? 甲太郎は会場に行ってるの?」
「そんなワケないだろ。俺が好き好んで騒々しい人ごみに行くと思うのか?」
皆守は窓を開けてベランダに出た。熱帯夜の膨張した空気がまとわりついて、着慣れない服の繊維が肌に重い。
「愚問でした。じゃあ花火も見てないの? もしかして今日はこのままグッドナイトのあいさつをして終わり?」
「まァ、待ってな」
皆守はカメラを空の煙っている方へ向けた。数秒も待つと軽快な音と共に小さな光が上がり、ポンとピンク色に弾ける。少しだけ遅れて、携帯の向こうで葉佩が笑った。
「甲太郎の部屋から見えるんだな」
「わざわざ見に出たのは、初めてだがな」
「カメラ越しだから、ゲームの絵みたい。ロックフォードアドベンチャーを思い出すな」
「お前が徹夜でやってたゲームか」
「そう。セーブしてなかったのに電源切られたゲーム」
葉佩が意地悪く笑う。身に覚えがある皆守は、苦笑してカメラを自分に戻した。ベランダの柵に軽く背中を預けて、温い夜風を待ちながら通話を続ける。
「案外、根に持つじゃないか」
「冗談、冗談」
皆守の遥か背後で再び花火が上がる。電気信号に変換された小さな荒いドットの光が葉佩の携帯の画面に届いて、それから葉佩の目に映った。
「逆にさ、オツかもって。直接見るより」
「はは。花火職人が聞いたら泣くな」
「おっと、失礼した。それじゃあやっぱり来年こそは直接見ないといけないな。せっかくだから皆も誘ってさ」
葉佩が未来のことを語る。日常の中の特別を、とても大切なことのように思って、そう扱おうとしている。
皆守は、来年はとうとう葉佩に引っ張られながら、人でごった返す花火会場に行くことになるのかと考えてみた。それは多分うんざりするほど騒がしく暑苦しくて、今ここに生きている感じがするのだろう。
「一番のネックはお前のお仕事事情になると思うが、考えておいてやるよ。
……
ところで、だ。九龍」
皆守は足首をゆっくりとクロスさせて、口の端を上げた。
「お前の浴衣、心配していた通り、俺には丈が短かかったぞ」
葉佩がむせて咳き込んだ。ガサガサの音割れの後に、葉佩の顔が携帯の画面に近づく。
「嘘、浴衣着てるの? 本当に俺の分まで楽しんでくれてる! さっきから顔しか映ってないから気づかなかった。うわ、珍しいこともあったもんだな」
「言っておくが、カメラに映す気はないからな。思ったより浮かれた奴みたいになってるんだ」
「浮かれるくらいでちょうどいいだろ。
……
っていうか、ちょっと待って。丈が短いって?」
皆守は、気づいたか、と口を開けて笑う。柵から体を離すと背中に汗ばんだ感覚がした。
「さて、そろそろ部屋に戻って休むとするかな。お前からかけてきた電話だからな。早めに切って電話料金を少しでも抑えてやるのが、親友の思い遣りってもんだ」
「白々しいぞ」
「文句はお前がこっちに帰ってきた後で聞いてやるよ。じゃァな」
通話終了のボタンを押すまで、電話の向こうで抗議をする葉佩の声が聞こえていた。
帰ってきた後の話、来年の話を当然に思えるのは、なんて穏やかなことだろうか。
皆守は浴衣の帯を緩めながら、着たはいいものの、そういえば洗濯の仕方が分からないなと途方に暮れた。皆守はこれも、葉佩が帰ってきたら笑い話にするだろう。
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