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ふーこ
2022-08-12 12:44:43
3282文字
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小説
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夏を編む
【2022年8月14日 黄昏刻に龍ぞ棲む3.5〜お盆の里帰り編~】 <浴衣・水着・夏服>カードゲームを作ろう! 企画にて、マリィのカードゲーム風イラストをロビさんと共同製作しました。(イラスト担当:ロビさん、ストーリー担当:ふーこ)こちらはカードストーリーの小説です。本編後の夏。マリィと葵の話です。
窓の外で夏の太陽が輝いている。
まだ真昼のような激しさを持たない爽やかなきらめきが家々を照らしていた。すっかり目覚めきった町は、活動の気配に溢れている。
美里家の廊下にも、ハイソックスで駆ける小さな足音がひとつ。それは葵の部屋の前でぴたりと止まった。
軽く握った手を柔らかくしならせてノックを三回。それからマリィは息を短く吸い込んで、扉の向こうに呼びかける。
「葵オネエチャン! 入ってモ、イイ?」
肩に乗るメフィストも続けてニャアと鳴いた。そうすると葵はいつもすぐに扉を開いて招き入れてくれるのだ。マリィは後ろで手を組んでそれを待った。
指先をくるくると回して手遊びをしている間に、いつものように静かに扉が開いて、葵が微笑む。
「マリィ。どうぞ、入って」
「アリガトウ!」
葵は身支度をしているところだった。家を出発するまで十分に時間があったが、毎日の生活リズムを崩さず過ごすようにしているのだ。
ドレッサーには化粧道具が置かれている。葵が薄く化粧をすることに、マリィは少しの憧れがあった。一度お揃いのルージュを引いてもらったことがある、それと同じものをいつか自分も持つことを密かな目標にしている。
「どうかしたの?」
「ア
……
。エット、葵オネエチャン、学校ニ行く準備してタ?」
「ええ。今日は何を着るか考えていたところよ。朝のうちはまだ涼しいけど
……
出発するころには暑くなりそうね。マリィも、学校に行くときは気をつけて」
葵は長い黒髪を横に流して首元を涼ませた。
この部屋を訪ねた理由を言い出そうか、マリィが少しだけ悩んでいると、葵の大人びた顔立ちにぱっと少女のような愛らしい表情が浮かんだ。
「そうだわ。まだ出発まで時間があるでしょう? 鏡の前にいらっしゃい、髪を結んであげる。そのままじゃ暑いわ」
「エッ
……
!」
葵はドレッサーの上にブラシやヘアピンを用意し始めた。
マリィはその言葉に驚いてしまう。実は、制服のポケットにヘアゴムを入れて葵の部屋へやってきたのだ。自分から言い出す前に、願いが叶ってしまった。マリィが目を丸くしていると、葵は首を傾げた。
「もしかして、嫌だったかしら
……
?」
「ウウンッ! 違うヨ!
……
実は、マリィ、髪を結んで欲しいッテお願いしにきたノ。でも、忙しいカナ、ッて
……
」
マリィはヘアゴムを差し出して、ずっと昔からそうしてきたみたいに、はにかんで葵に甘えた。つま先をもじもじと重ねているのがいじらしい。
「そうだったのね。大丈夫よ。今日は朝早くの講義がない日だから、少しゆっくりしていられるの。
……
うふふ、提案してみて良かった。まるで心が通じたみたい」
「YES! 葵オネエチャンは、マリィのHEART、全部知ってるノ!」
「マリィったら。さァ、座って」
マリィはドレッサーの前のスツールに腰掛けた。鏡には嬉しそうな自分の顔と、後ろで同じように微笑んでいる葵の姿が映っていて、マリィは嬉しくなった。
葵は白魚のような手を伸ばしてブラシを取り、初めにマリィのウェーブがかったイエローブロンドを優しく梳いた。輝かんばかりで、まるで太陽のきらめきを閉じ込めているみたい、と葵は思う。
マリィが笑って肩を縮めると、葵はその肩に手を置いて「くすぐったがり屋さんね」と言った。けれど、本当にくすぐったがっているのではないことを葵は知っている。マリィは青い瞳で鏡越しに葵の様子を窺っては、嬉しそうに頬をゆるめているのだから。
「この前、授業で問題に答えテ、褒められた。葵オネエチャンに教えてもらったところだったカラ、できたの」
「マリィがちゃんと解き方を覚えていたからよ。すごいわ」
「葵オネエチャン、先生になるの、とっても似合ってる! マリィ、応援してるネ」
「ありがとう。立派な先生になれるように、私もたくさん学ぶわ」
マリィが努力する姿は葵にとっても励みになっていた。こうして心からの言葉をかけてくれるのも嬉しくて、葵は胸の奥が熱くなる。私も頑張ろうという力が、湧いてくるのだ。
「マリィ、なんだか大きくなったみたい」
立派なお姉さんになったのね。と続ける前に、マリィが口を開いた。
「分かル? 背、伸びてるヨ。制服も、すぐピッタリになるんだカラ」
葵は目を丸くした。言われてみれば、確かに前よりもマリィの頭が目線に近い。
彼女の時間はゆっくりと、けれど確実に進み始めている。彼女自身も、前に足を進めている。治療も、生活も、勉強も。全て簡単なことではないだろうに。
「とても、楽しみね」
マリィは葵を鏡越しにこっそりと窺って、その表情が慈愛に満ちているのを感じて胸がいっぱいになった。ウン、と小さく返事をして、葵の優しい手つきに感覚を集中させる。
マリィの髪はすっかりきれいに梳かされて、いよいよ一つに束ねられていく。緩みや乱れが出ないように、葵は何度も丁寧にブラシを通した。
少し高い位置で結ぶのがマリィには似合うだろう。耳よりも上に集めた髪を、ひと束だけ残してヘアゴムでまとめる。
「葵オネエチャン。ここの髪は結ばないの?」
「最後のお楽しみなのよ」
お楽しみって、何だろう。マリィは葵の次の動作をじっと見つめることにした。
葵は結ばずに残した髪の束に指を通して、するすると器用に三つ編みを作っていった。途中でメフィストがじゃれつこうとしたので、マリィは黒猫の体をひょいと持ち上げて膝に乗せる。
完成した三つ編みをヘアゴムの周りにくるりと巻き付けて、ピンで留める。最後のお楽しみとはこのアレンジのことだったのだ。
仕上げに前髪をブラシで整えて、葵は完成の合図にマリィの肩にそっと手を置いた。
「はい、できたわ」
「ワァ!」
マリィはドレッサーの鏡と手鏡で自分の髪を何度も眺めた。首を振るたびに髪がふわふわと揺れて、きちんとした三つ編みのキューティクルがつやつやと光る。それがとても自分に似合っていると思えて、小さく飛び跳ねて喜んだ。頭の後ろで大きく髪が揺れる感覚が心地よい。
「とってもカワイイ! それに、涼しいヨ!」
「うふふ。あんまりはしゃぐと、ほどけちゃうかもしれないわ」
「それはダメ!
……
マリィ、ジッとしてる」
嬉しさを体現したいのを、ウズウズと堪えているのが可愛らしい。
こんなに喜んでくれるのなら、もっと早くからしてあげたら良かったかしら、と葵は少しだけ後悔した。けれどそれは小さなことだ。彼女らにはこれからもたくさんの機会があるのだから。
ひとしきり鏡で自分の髪を見つめてから、マリィは葵の手を取った。
「ネェ! 今度は、マリィが葵オネエチャンの髪を、結んであげル!」
「え? マリィが私の
……
?」
「ウン! まだ時間もあるシ、オソロイにしたい! だめカナ?」
「
……
いいえ。いいえ、とても嬉しいわ、マリィ。ありがとう」
思いがけない提案だったが、葵はそれを嬉しく思って、マリィにお願いをすることにした。
今度は葵がスツールに腰掛けて、マリィは先ほどの葵の仕草を思い出しながら、宝物を扱うように葵の髪を梳いた。
指から滑っていくサラサラの髪に苦戦しながらなんとか結び終えて、たどたどしく三つ編みを作る。メフィストは、今度は葵の膝の上で大人しくマリィの様子を眺めていた。
「葵オネエチャン、簡単そうにしてたケド、難しい」
「上手よ。頑張って、マリィ」
励まされながら、黒猫の呑気な声を聞きながら。マリィは仕上げの三つ編みを緊張した手つきで留めた。
「出来タ!」
「ありがとう。こんな素敵なお揃いができるなんて、今日は良い日ね」
葵が振り返ると、黒髪がさらりとなびき、たおやかに揺れる。
マリィも、葵も、想像した。今日は離れていても、お揃いのポニーテールはきっと同じように揺れていて、夏のキラキラの日差しを浴びて輝くことを。
ふと目が合って、二人は目を細めた。
今、とても素敵なことを考えていたのよ、と言いたそうにして。
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