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ふーこ
2022-05-03 22:10:29
2878文字
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小説
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茜
最後の事件解決後。ソウケンの独白。主人公が4月に転校してきて最後の事件までだいたい2、3ヶ月かな?と勝手に仮定して、夏直前くらいの話です。
夏の気配がすぐそこにある。陽炎に揺れる景色と眩しすぎる太陽の光に眩む季節の気配が。
何かを浄化するような、夏の静かな烈しさを、僕たちは迎えようとしている。
日の出が早いこの時期は、朝が起きやすい。カーテンを開いて思わず目を細めたほどの日差しもまた、頭と体を目覚めさせるにはこの上ないものだった。
土曜日の情報番組は平日と違うキャスターが出ているので、聞き慣れない感じがした。いつもと違う声で知らされる天気予報によると、今日は一日この調子の晴天で、海上の波も穏やかなレジャー日和。日中は気温が上がるため屋外で活動する際は熱中症と紫外線に注意が必要、だそうだ。
絶好のレジャー日和も今日の僕たちにはたいして関係のないことだ。というのも、十三時からアジト近くで依頼者と会う予定があるのだ。僕たちは主に学校帰りに活動しているが、今回は先方の都合に合わせて休日出勤、というやつだ。
着ている服が私服だろうが学校の制服だろうが構わないのだと思うが、一応学生の正装として制服を着ていくことにする。長袖のスクールシャツをクローゼットから取り出しながら、そろそろ学校から衣替えの連絡が来る時期じゃなかったか、と去年のことを思い出した。
僕がミニマムを得た日から一年と少しが過ぎた。ミニマムを失うまでの時間は、短いようで、僕らの日々の当然になるには十分な時間だった。
ミニマムを得た背景とリスクを知った今では、既に失われたその《力》を再び得ようとは思わない。けれど胸のどこかに小さく奇妙な感覚があった。きっと喪失感ではあるが、悲壮さの影は薄い。
皆にとってもミニマムを失ったことは割り切れない思いがするものだろうか。
ここ数ヶ月でトラブルバスターズの仲間と協力者は随分と多くなった。引かれ合うようにミニマムホルダーが集い、ミニマムがあったから解決できた事件も多くあるし、逆にミニマムがあったから起きた事件もある。
街に潜んでいた悲しみと闇に触れるような大きな事件も、裏にはミニマムホルダーが関わっていた。僕たちは知らずして命と引き換えに《力》を与えられ、それを手放すことで生命の危機を脱したのだ。
良いことも悪いことも、きっかけは全てミニマムだった。ミニマムを失えば、もしかしてこの日常は変わってしまうんじゃないかと思っていた。
僕はきっと安堵しているのだ。いまも変わらず、子どもの面倒を見てくれとか、カラスが盗んでいったものを取り返してくれとか、泥棒を捕まえてくれとか、相変わらずのそんな依頼に奔走する日々があることに。
為すべきことは為すべきことというわけだ。
約束の時間に遅れないように家を出て商店街まで歩き続けたが、長袖のシャツがまとわりつくように感じて、ボタンを一つ開けてシャツをつまんで軽く扇ぐ。体の周りに風が通るのが分かって心地よかった。
袖口を数回折り曲げたついでに目を向けた腕時計は、十二時三十分を指していた。一旦アジト前でメンバーと合流してから依頼人のところへ向かう約束なのだが、それにしても少し早く着いてしまう。アーケード街へ足を向けつつアジト前を窺うと、案の定そこはまだ無人だ。
アジトの中で待っていても良かったが、今は風にあたっていたい。そうして涼んでいるうちに約束の時間になるだろう。並んだ自転車の横を抜けて階段の下の日陰に入り、僕はそこで皆を待っていることにした。
アーケード街の入り口に位置するアジトの前ともなれば、いろんなものが目に入る。これから買い物に行く人もいれば帰っていく人もいたし、カップケーキを頬張りながら歩く学生もいたし、配達に向かう軽トラックや業務車両が通ったり、野良猫が路地に入り込んだり、見慣れない制服を着た高校生が連れ立って歩いていたり、いろいろだ。
そうして景色を眺めていると「あれは以前にも見かけたことがあったんじゃないかな」と、ふと思うことがある。その度に僕の頭の中には諳んじられるほどに何度も繰り返し読んだ詩の一節が浮かんで、これはもう僕の心を動かす他には意味のない行為だったと思い出し、止める。
たった一年の間に、得て、そして失ったものを無意識に呼び出そうとしている。
ほんの一時のことだ。この一年が特別だっただけ。そう頭では分かっているのだが、癖というのは簡単に拭うことができないものだ。それは他人を見てきた中でよく理解していることだし、僕の《これ》もしばらくは残るだろうと予想できる。
商店街を行き交う人たちを目に入れながら、詩を思い出しては、それを止める。人の流れの中に待ち人を見つけるまでずっとそれを続けてしまいそうで、自分に少しうんざりした。
「あいつら、早く来ないかな」
時間まであと十五分。トラブルバスターズの一員である彼らにとって迷いようもない場所だから、まァ、今にやって来るだろう。
腕時計に落とした視線を再び商店街の雑踏に戻す。入り乱れる話し声、種類の違う自転車のベルの音、足音の規則性、歩き方のクセ、服装、体型。目の前にあるもの全て、今の僕にはただの光景でしかないのに。
「青春とは、人生のある期間を言うのではなく──」
諳んじたところで分からない。いま目の前を通っていった人を、どこかで見た気がしたのは気のせいだったかどうか。
当たり前のことだった。背格好の似た人同士を見間違えたりだとか、旅行先の景色をどこかで見たことがあるように思ったりだとか、そういうことは。
たった一年その不確かさから離れていたのが元に戻っただけのこと。けれどミニマムを失った日、この世界の不確かさに僕はすくんでしまった。あの寂しさをきっと忘れないだろう。
「──心の様相を言うのだ」
ミニマムが発動することはないけれど、浮かぶのは、変わらず胸を熱くさせるような夕陽の景色。僕の心の中は喪失感もまとめて茜色に照らされている。
同じだ。ミニマムがあったときと今とで、僕の源は変わってはいない。
恥ずかしいから誰にも言わないけど涙が出そうになった。嬉しいのか寂しいのか分からない。ただ胸がいっぱいだった。
何が変わったとしてもこの心は僕のものとして在り続けるのだ。この信念と湧き上がる情熱はずっと僕のものだ。特別な日々を忘れることはできないけれど、寂しさに足を止めることもない。不確かの中を進んでいく希望がある。
眼鏡を外して目頭を押さえると、足下のタイルの形さえ怪しいほどに視界がぼやけていていっそ笑えてしまう。気を取り直して眼鏡をかけ、きっと皆が歩いてくるだろう方向を窺った。
道の先、遠くのアスファルトが太陽の光を反射して白く光っている。その向こうから、どうしたって見間違えようもない仲間たちが歩いてくるのが見えた。階段下の日陰から身を乗り出して、片手を上げて合図をしてみると、彼らは呑気に大きく手を振りかえしながら近づいてくる。
馬鹿馬鹿しいと言われそうだが、僕はそれを太陽が昇ってくるみたいだと思ったのだ。
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