ふーこ
2022-04-09 12:24:45
1590文字
Public 小説
 

いつか春にとける日が

お誕生日にひーちゃんと会う壬生くん。ずっと壬生くんの独白ですが、壬生主です。

 遠くの景色は仄かに霞んでいた。息を吸い込むと、温まった空気と花の香が混ざった、薄ぼけてやわらかい匂いがする。
 ドアに鍵をかけて、自宅から駅までの数本のルートを脳裏に呼び起こす。遠回りをしてもよいかと思ったけれど最短のルートを行くことにした。待ち合わせに遅れるような時間でもないのに、らしくもなく気持ちが急いているらしい。
 歩き出すと地面に少しだけ湿度があるのを感じた。マンホールの蓋の溝には昨夜のにわか雨がわずかに残っていて、どこから舞ってきたのか、ふちが茶色くなった桜の花びらがぺったりとくっついている。今日になってすっかりと晴れた空から差す陽光がそれを照らしているのがこの季節らしいことだと思った。
 生命がそこかしこに在りながら儚さが付きまとう。表裏一体のそれを全て押し流していくような生ぬるい風がどこまでも優しげな感触をしているのが恐ろしくもあった。さまざまの気配がさざめき、めまぐるしく流動していて、それでいて穏やかで優しい。不思議な季節だ。
 焦点がうまく合わない春の空気の中にいると、どうにも自分が場違いに思えてしまう。厳しさに対峙しているときの方がよほど分かりやすいのだ。自分のことも、人のことも。

 しかしこの時期、僕には自分で感じる居たたまれなさに反して人から祝福される機会がある。とりたてて言うほど、盛大なことでもないが。
 僕の生まれた日を知る人はそう多くない。聞かれることもなければ、わざわざ自分から明かすこともないのだから当然だ。誰かに自分のことを知らせたいとも祝福されたいとも思えなかったし、これまで僕に「おめでとう」と言う数少ない人たちに「ありがとう」と返すのさえ、何かおかしなことを言っている気分になった。僕を思ってくれることが厭わしいのではないが、自分の甲斐のなさに嫌になる。
 そういうことだから今日は、正直なところどんな顔をしていればいいのか分からなくて困っている。
 きっと僕は今日「おめでとう」と告げられるのだ。いや、きっとという言葉を使うにはその未来は確定に近すぎる。そのために会いたいと言われて、待ち合わせをしているのだから。
 彼の顔を思い出すと意識の外で歩調が乱れた。ずっと均等に光が当たっているかのような麗らかな道を、気を取り直して進む。鳥がさえずり若葉がきらきらと光っている、こんなに穏やかな満ち足りた日に、僕のように心をざわめかせている人はいるのだろうか。

 僕の内には不明瞭さがあった。分からないのだ。仲間として特別に思われ、生きていることを祝福されるのはどんな心地がするものか。その気持ちを自分の中のどこに置けばいいのかも分からない。空けておくべき場所も身構え方も知らないまま、それを迎えようとしている。
 誰もがこんな風に、気をはやらせながらも戸惑って、立ち止まって息を吸いたくなったりするのだろうか。人に思われて、人を思うとき、こんな風に。

 たとえば彼は、僕が打ち明けた僕自身のことを心のどこに置いているのだろう。僕はどんな風に彼のことを思っていて、彼はそれをどう受け止めて、彼の中に均していくのだろう。そんなことを考えている間にも僕の中の不明瞭は大きくなる。
 分からないことばかりだ。君のことも、僕のことも。
 停滞した思考を攫うようにぬるい風が吹く。それは足元の小さな水たまりに波紋を作ったが、やがて凪いだ。微かに耳に届いた大通りの喧騒もまた空気の中に溶けてなくなっていく。
 今日という春の日のざわめきと優しさに僕は相変わらずそぐわなさを感じるけれど、おおらかな流動に背中を押されている気もする。僕は確かにここに生きていて、不明瞭を抱えながらも君のもとへ向かっていく。追い風に、まだ少し気後れしながら。

 いつかの春の日に、ふと解けることがあるのだろうか。それも今は分からないことだ。