ふーこ
2018-11-03 17:06:46
5915文字
Public 小説
 

僕と君と彼と

壬生と如月と龍麻のお出かけ。
天才の友人のネタです。

「お電話ありがとうございます。如月骨董品店……ああ、君か。いったいどうしたんだい」
客の途切れた店内に如月の声が凛と響いた。電話の相手を認めると同時にその音が和らいだのが分かる。
緊張を解き、掛けていた椅子の背にもたれると、ギィと軋んだ音があがった。ああ、うん、と短い相槌をいくつか続けたあと如月はわずかに声を張る。
「今度の週末?この間は確か、その次の週だと……
受話器の向こうの珍しく気まずそうなその声色に、畳み掛ける気にもなれず相手の言葉を待つ。事情を聞きながらふたたび一つ二つと相槌を打って、小さく頷くと如月は静かに椅子から立ち上がった。
……なるほど。そういうことならば」
机の上に置いていたペンを手に取り、壁に掛けてあったカレンダーの週末の日付に印を付ける。
「僕もその日、一緒に行こう。構わないね?」


♦︎♦︎♦︎

自分を呼ぶ聞き慣れた声が如月の耳に届いた。雑踏の中だとしても如月は龍麻の声を決して聞き逃さない。心にかたく抱いている使命感と、そして何より親愛の情のなせる技である。
待ち合わせ場所で手を振っている龍麻の姿を目で認め、そんなことをしなくても君がどこにいるかなんて分かっているのにと可笑しく思いながら彼に歩み寄った。
龍麻の隣には先に来ていたらしい壬生の姿もある。目が合うと壬生は如月に軽く頭を下げた。
「悪いな。待たせてしまった」
「いや、俺達もついさっき合流したところ。店の方は大丈夫か?」
「心配は無用だよ。僕の方から行きたいと言ったのだから、気にすることはない」
そうか?と、龍麻はなお気遣わしげに如月を見ていた。その気をそらすように如月はカバンから小さな冊子を取り出す。今日三人が訪れる古美術展の案内だ。
壺や香炉、掛軸に屏風。目玉の展示品が載っているそれを龍麻はひょいと覗き込んだ。
「さすが如月。下調べしたんだな」
龍麻は感心すると同時に、さほど熱心ではない自分を恥じた。同意を求めようと何気なく隣の壬生に視線をやると、なんと同じ冊子を持っていたので、この場で一番不心得なのは自分だと苦笑する。
「俺はこういうの詳しくないけど、学校の掲示板でポスター見かけてさ。壬生にその話をしたら知ってるって言うから誘ってみたんだ」
「なるほど、そうだったのか。本業の僕を思い出してくれても良かったものを」
そう言ってしまってから、思いがけず拗ねた声色になってしまったと、如月は口を結んだ。もう少し冗談めかして言うつもりだった。そう思ってみても出た言葉は取り消せない。
幸いにも龍麻は深く受け止めてはいないようだったが、壬生はどこか決まり悪そうに視線を落としていた。
「悪い悪い。ってわけで今日は解説お願いします、如月センセイ」
「どういうわけだい、まったく」
……お願いします」
龍麻は軽い調子で話しながらも律儀に頭を下げ、壬生も本気なのか冗談なのか分からない丁寧さで同じく頭を下げる。

これでは僕一人がつまらぬことで拗ねているみたいじゃないか。如月は腕を組み小さく息を吐いてから、自信ありげな笑みを浮かべた。
「いいだろう。自分で言うのもなんだけど、いい仕事をしてみせようじゃないか」
なにせ、下調べは万端なのだ。

♦︎♦︎♦︎

展示ケースの限りなく透明な反射を挟んだ向こう側。まじまじと展示品を眺めると、そのもの特有の気が感じられるような心地がして、龍麻はこの場を好ましく感じていた。

しかしそのように無知ゆえの感覚をのんびりと享受していられたのも最初のうちだけであった。今や、龍麻は完全に圧倒されていた。
先程から如月が展示品の説明をしては壬生が質問し如月がさらに解説する、ということを繰り返しているのだ。
龍麻が入り込める隙があると言えば、なぜか旧校舎で見たことがあるような展示品の前に立った時くらいで、そこでは三人でじいっと展示ケースの中を眺めてから、ますます深まるあの場所の謎に顔を見合わせていたのである。

二人の応酬を聞いていると如月だけでなく壬生も今回の展示に関する知識を入れていることが龍麻には窺えた。マメというか真面目というか、物事に対して誠実なのだと、龍麻がそう言うと壬生は否定するが。
会話を聞いているだけでこれは何世紀の某という作家の作品だとか、ナントカという技法があるだとか、労せずして知識を与えられることが申し訳なくもありがたい。そして少々パンクしそうなのでここらで勘弁してほしいというのもまた事実だ。
……こちらの棟はここで終わりのようだ。向こうにもう少し続きがあるようだが、一度休憩しようか」
如月の提案に壬生と龍麻は頷く。自分たちはともかく、解説よろしくという気軽な依頼にしっかりと対応してくれた如月に休息が必要なのは推して測るべしだ。
……では如月さん、龍麻。二階の喫茶店へ」
「ああ。そうしようか」

ここって、喫茶店もあるんだ。
龍麻はそう言いそびれたまま二人に着いて行く。視野が広い二人のことだから、自分が気づかない間に館内の地図でも見たのだろうと感心しながら。



曇り一つないガラスの扉を抜けると三人は窓際のテーブルに通された。腰掛けて外に目をやると、入口と周りの生垣が見える。
ちょうど二人連れの来館者が、掲示されたポスターをじっくりと見つめてから建物の中に吸い込まれていくところであった。自分たちもこんな風に上から見られていたかもしれないと思うとなんだか可笑しくて、龍麻はくすりと笑う。
「僕は飲み物だけにしよう」
「では僕もコーヒーを」
外に気を取られている間に、二人は机に開かれたメニューをちらりとも見ずに注文を決めていた。龍麻は慌てて意識を手元に戻すとメニューに視線を落とすが、あまり頭に文字が入ってこない。
……俺もコーヒーにしよう」
待たせてごめんと詫びてから龍麻が店員を呼ぼうとすると、制するように如月が龍麻に問いかけた。

「龍麻。君は甘いものが好きじゃなかったか?」
「ん?ああ、うん。好きだけど」
質問の意図を掴めないまま返事をすると、如月の隣にかけていた壬生は合点がいったように、ふと笑った。
「それならここには良いものがある、ですよね」
龍麻の向かい側で二人だけが納得して頷きあっている。龍麻はデジャヴを感じていた。なぜか今日はこの二人が妙に通じ合っているというか噛み合っているというか、ともかく何かおかしいのだ。
「お得意様から聞いた話だけどね、ここは限定のケーキセットがあるそうだよ」
「そうなのか?ここには書いてないけど」
先ほど龍麻がざっと目を通したメニューには確かにそのような文字はなかった。まさか嘘を言っているわけではないだろうが、と思いつつもう一度視線を落とすと、壬生が如月の言葉に補足する。
「口頭で伝えると出してくれるそうだよ」
「壬生まで……やけに詳しいな」
如月と壬生は龍麻のその一言に言葉を詰まらせ、平生より和らげた雰囲気をわずかに引き締める。
それがいっそう龍麻の訝しみを加速させた。そうだ、どう考えてもこの二人の共有している下知識が多くはないか。

……何か、変じゃないか」
何がだい。と澄ました顔の二人。
何かあっても何でもないような表情をするのが得手な彼らだが、壬生の眉間のしわが普段より深いように見える。
親しくない人間相手ならその発言を「不要な勘繰りだ」と冷ややかに切り捨てることも出来たが、龍麻相手ではそうはいかない。
「何かあるなら言ってくれよ」
龍麻は違和感をやり過ごせないままそう訴えるが、流されてしまう。
すぐには引き下がれず、龍麻は如月と壬生を順番に黙って見つめた。如月は目を伏してそれから逃れ、壬生も、龍麻の引き結んだ口元に視線を落とした。このまま不戦勝に持ち込むことが出来れば万歳、という胸の内がうかがえる。

押し黙る男達。この奇妙なテーブルにやってきた店員が水の入ったグラスを三人の前に丁寧に置いた。
ご注文はお決まりですか?と尋ねられると、一番近くに腰かけていた壬生が、何かを観念したように静かに口を開く。
「コーヒーを三つと……ケーキセットがあると伺ったのですが、それを二つ」

無言のまま龍麻は目を丸くして、如月は伏していた目を薄く開いて壬生の方へ視線をやった。
かしこまりました、と店員が礼をして厨房に帰っていくのを見届けてから、如月と龍麻が代わる代わる口を開く。
……二つって誰と誰の分なんだい」
「そうだぞ。せっかくなら三つ……じゃなくて、今日は本当にどうしたんだよ二人とも」
「そんなことより龍麻。限定でしかも隠しメニューとは、なんとも客の心をくすぐる戦略だとは思わないかい?」
「それを言うなら如月の店の福袋もなかなか……じゃなくて」
龍麻はいよいよ焦れて身を乗り出した。龍麻の問いを躱し続けていた如月も、龍麻と視線が合うと言葉に詰まる。この困ったような拗ねたような表情に弱いのだ。
俺に言いづらいことならしょうがないけど、という揺らぎも垣間見える瞳。そんな顔するな、というのは龍麻がよく言われるセリフだ。ときおり長い前髪に隠れるその瞳はまさに口ほどにものを言うのである。好ましく思っている相手にそうされると揺れてしまうのが人情というものだ。
如月、劣勢か。傍目に見てもそう分かる状況で、沈黙を保っていた壬生が居ずまいを正す。

「本当は、来週来るはずだったんだ。如月さんと僕とで約束をしていて」
瞬間の沈黙。
如月はその壬生の言葉を耳に入れると、腕を組んで龍麻から目をそらした。
本当は二人でくるはずだった展覧会。それがどうして今日こんなことになっているのかという問いの答えは、龍麻には聞くまでもなかった。どう考えても自分が壬生を誘ったからである。それも、彼の予定が空いているということを確認すると「それじゃあ約束な」と一方的に告げて別れてしまったのだ。
壬生が如月との約束を言い出す暇も、言い出せるような雰囲気も与えなかったのは自分ではないか。龍麻は恥じ入るやら後悔するやら、赤くなることも青ざめることも出来ず唇を結ぶ。
……龍麻と約束したと話したら、如月さんもちょうど都合がつくようだったので」
気まずい沈黙がその場に訪れた。
決まり悪そうにしている二人を前に、龍麻はグッと背中を丸めてから、顔を上げて思いの丈を震える声に乗せる。

「はっ……早く言えよ……!」

お待たせしました、と限定のケーキセットが二つ運ばれてきた。壬生はそれを龍麻と如月の前に置くように頼むと、自らはコーヒーの暗い水面に視線を落とす。カップの中では白い電球の光がふるふると小さく震えていた。
「せっかく二人で出かけるところを邪魔しちゃったってことだよな。知らなかったとはいえ……ごめん」
「それを気にする必要はないよ。気遣いではなく、本当に」
「僕も彼も、君がいることが厭わしいなんて少しも思っていない」
あまりに淀みなく言われたので、龍麻は「でも」と続けようとしたのを飲み込んだ。
壬生と如月にしてみても、龍麻が楽しみにしていることに水を差す気はさらさらなかった。ただ二人とも、今回に限っては、ツメが甘かったのだ。気を張る必要のない面子だったと言っても間違いではなく、聞こえは良いが。

悪かった、という行き場のない謝罪が三者三様にこの場に浮かべられている。
ケーキに乗った種々の果物が、三人の感情などどこ吹く風でツヤツヤと光っていた。ホイップやベリーソースにも飾られたとっておきの裏メニュー。傍に置かれた、丸みのある小さな銀色のフォーク。レースの紙ナプキン。ああ、無骨な男になんて似合わない。この気まずい空気が馬鹿みたいだ。

焦ったりごまかしたり、そんなことをしている二人が少しばかり珍しくて面白く、そして何も知らずにのんきにしていた自分も間抜けだ。永遠にこうしているつもりかと言いたいくらいに三人して固まっていることも、また。龍麻は脱力して笑うと、側を通った店員に呼びかける。
……すみません!追加の注文お願いします。ケーキセットを、もう一つ」

壬生の分、と龍麻は目配せをして小さく付け加えた。
甘いものは嫌いではないとはいえ、少し気後れするくらいカワイイ食べ物であることは確かだ。壬生だけ逃れるのは無しだぞ、と冗談めかして言うと、彼も観念したように僅かに眉を下げた。
……それにしても、こんなこと言ってる場合じゃないかもしれないけど、俺たち全員ケーキが似合ってなくて笑えるな」
……笑える程度ならいいがね」
手持ち無沙汰に持ち上げたカップから一口飲み込んだコーヒーは、熱くて苦い。ソーサーに置かれた勢いを残し、カサの減ったカップの中身は呆れるように揺らめいていた。

♦︎♦︎♦︎

壬生が名乗ると、電話の向こうの声の主は態度を和らげたようだった。私用で店に電話をかけるのも良くないかと思っていたのだが、心配していたほどおかしな行為でもなかったようだ。
「この間如月さんと約束していた展覧会ですが……
ああ、と短い返事が飛んでくる。僅かに上がった声のトーンに、壬生は心苦しい思いがした。
「今度の週末、行くことになったんです」
「今度の週末?この間は確か、その次の週だと……
「それが、その後、龍麻にも誘われて……一緒に行くことに」
それは嬉しそうにして去っていった龍麻に、同じ場所にいく約束があると言い出せなかったのだ。
不実を詫びたその声色を聞いて如月も責める気にはなれずにいる。その時の様子を知らないながら、如月にもある程度様子は想像できた。時たま彼は強引で、やや、ウッカリとしている。

龍麻と如月に事情を話して、予定を調整し、三人で行くことにしようと。そうできれば最善かと悩んだ末に、壬生はまず如月に電話をかけたのだ。
「そういうことならば、僕もその日一緒に行こう」
……そう言っていただけると、助かります」
「ただし、龍麻に正直に話しては、きっと彼はいらない気を回す。僕たちが先に約束していたことは伏せておいた方が良いだろう」
壬生はその言葉に、一拍置いてから頷き、二人で今後の予定を確認してから電話を切ったのだった。


仕事での隠密行動と友人への隠し事は全く勝手が違うのだと身をもって知ることとなる未来を、二人はまだ知らない。







天才の友人の《力》によって生まれた最強の壬生如月龍麻のお出かけネタだったのですが、私の不足で如月が可哀想な感じになってしまい本当に申し訳ない思いだ。