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けーだい
2024-08-10 00:58:44
2112文字
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匂いの話
リンゼルウィーク&ハグの日にとにかくなんか出したくて遅刻しながら書いた怪文書。
エキセントリック姫様に振り回される回。
深く考えてはいけない。
鍛錬を終えて家に戻ると、寝支度を整えたゼルダに出迎えられた。
「おかえりなさい。お疲れ様です」
夜も更けたこの時間に尋ねてくるような人はそういないとはいえ、外から見える位置にいるものだから慌てて扉を閉める。彼女のあまりに無防備な姿を外に晒したくはなかった。
「ただいま
……
」
俺の内心にはおそらく気付いていないのだろう。ゼルダが薄い寝衣のまま俺に近寄ってきて、動揺を必死に隠す羽目になる。無垢な森の瞳がきらきらと輝いて、何か興味深いものを見つけた時の色をしていた。多分、自分の格好の事なんて頭から抜け落ちているのだろう。
いくら同居しているといってもお互いのスペースはきっちり区切っているわけで、だから寝衣なんてごくごく私的な格好を近くでまじまじ見ることなんてそうなかった。薄い布地を柔らかく押し上げる胸のふくらみとか、腰のまろやかさが目に痛い。可能な限り視界に入れないように、でも極力不自然にならないように視線を逸らした。
こめかみを汗が流れていく。鍛錬でかいた汗なのか、それとも冷や汗なのかわからなかった。
「お風呂入ってくるね」
告げると同時に彼女の横を通り抜けようとする。けれどいつの間に掴んでいたのか、半袖の縁を握られて動けなくなった。
「待って」
どうして、という悲鳴はどうにか飲み込んだ。彼女は何が気になるのか汗臭いはずの俺にさらに近寄って、ほとんど俺の腕の中にいるみたいだった。なんだかわからないけれど今までにないくらい近い距離に、風呂上がりの彼女の匂いが鼻を擽って脳みそが揺さぶられるのを感じる。
「ゼルダ?」
そっと、しなだれかかるようにゼルダが俺の首に顔を埋める。汗でべたつく肌を気にする様子もなく、するりと背中に腕を回されていよいよ固まるしかなかった。微動だにせずそのまま堪えていると、首元で彼女が深く息を吸う音が聞こえた。
何が起きているのか理解できない。
「何、を」
もしかしたら、俺の声は情けなく震えていたかもしれない。自分の心臓の音がうるさくてどうだったかはわからなかった。ただ、少なくとも彼女には届いていたようで、ようやく少しの距離が開く。俺の顔を覗き込んだ彼女は安心したみたいな顔をしていた。そうして、緩く笑んだ唇が開く。
「良い匂いがします」
いよいよ意味がわからなかった。絶対汗臭いはずなのにそんなことを言う彼女は、もう一度俺の首に顔を埋めて俺の匂いを嗅いでいる。
頭が爆発するかと思った。
「待って!」
肩を掴んで離す。驚いた顔で大人しく離れた彼女はどこか残念そうに見えた。
「どうしたの、一体」
気持ちは全然落ち着かないけれど彼女の様子は明らかにおかしかった。肩を掴んだまま彼女を覗き込むと、少し悲しげに瞳が揺れている。
「落ち着く匂いだと思ったんです」
「え?」
「貴方が鍛錬から戻るとき、いつも懐かしくて、落ち着く気持ちになるんです。ずっと理由がわからなかったのですが
……
」
そう言いながら、もう一度彼女の腕が俺の背中に回される。抵抗することも忘れて彼女の温度を受け入れると、耳元で心地よさそうな溜息が聞こえた。
「貴方の匂いがするからだったんですね」
やっとわかりました、と言う声は力が抜けたようで、それ自体は嬉しいけれども言われた内容と今の体勢にはすごく困る。
「
……
俺臭いってこと?」
ようやく絞り出した言葉はとても間が抜けていた。ふ、と首元で笑う気配がして、微かに肌にかかる吐息がくすぐったい。
「良い匂いなんですよ」
せっかく風呂上がりの綺麗な身体を俺の汗だくの身体にぎゅうぎゅう押し付けてくる。甘えるようなその仕草がなんだか無性にかわいくて、本当に頭がどうにかなりそうだった。あるいは、もうおかしくなっているのかもしれない。
薄い背中に腕を回して抱き締め返すと、ふー、と息と力を抜いて身を委ねてくる。
「なにかあったの?」
おそるおそる背中を撫でる。薄い布地は柔い肌の感触をほとんどそのまま伝えてくるから、正直あまりよろしくはない。けれどそうしたほうがいいような気がして、ゆるゆると撫で続けた。
「何も。
……
でも、なんだか
……
」
語尾が丸く消えていく。眠たげな響きには疲れが滲んでいるような気がした。もしかしたらまた根を詰めていたのかもしれない。
「眠いならベッド行こう」
ほら、と手を引くと彼女は素直についてくる。先ほどより幾分溶け出した眦はどうにも幼げで、今にも眠りに落ちていきそうだった。そこまで限界ならもっと早くに寝ればよかったのに、と思いながら大人しくベッドに納まった彼女に毛布を掛ける。
「知っていますか」
「なにを」
とろんと間延びした声に相槌を打つ。一度離したはずの手はもう一度握られていて、離れることはできなかった。寝てしまった後でそっと仕舞って離れよう、と思いながら眠りに落ちていく彼女を見つめる。
「良い匂いと感じる相手は、相性がいいんですよ」
「相性?」
なんのだろう、と考える間もなかった。
「そういう相手との子は、丈夫な身体になるそうです」
それって、どういうこと?
安らかな寝顔を眺めながら、悲鳴のような声を必死で噛み殺した。
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