jwds_20240615

jwdsで十二国記パロ
jwが黒麒麟でdsが王です
なんでもOKな方向けです

ゆらゆら揺れる釣り糸を湖面に沈めたまま、ただ時が過ぎていく。
朝から湖のほとりに座り込んで暇を持て余すドンシクの隣で、風が動いた。足音ひとつ立てずにいつの間にかそこに立つ人物を見上げる。
見慣れた袍と袴ではなく、ひと目で高価とわかる長袍を羽織っている。きっとドンシクが幾度か生まれ変わらなければ買えないほどの金がかかる代物だろう。
「迎えに来ました。僕が自ら足を運ぶなんて、もう金輪際ないですからね」
「迎えに?どこに連れて行ってくれるの」
「あなたの座るべき場所──この国の玉座に」
ドンシクは声を上げて笑った。
気配なく現れた青年は、数ヶ月前に護衛したとある豪商が昇山する際に、随従達の中にいた一人のはずだった。
豪奢な馬車で無理やり山道を進み、ほかの昇山者達の輪を乱し、剛氏であるドンシクの忠告もなんのその、結局その豪商はやれ足が痛むだ胸が苦しいだのと文句を垂れ、道を引き返したのだが。
それはまぁ別にいい。同じような者の護衛を幾度か経ているドンシクからすれば、あぁまたか、程度のものだ。
ただ、この随従していた供の青年は、何を好んでか妖魔を警戒するドンシクの隣に並んで山道を進んだ。
取り止めのない会話ばかりしていた気がする。
箸よりも重たいものなど持たなそうな風情でいながら、険しい山道も息上がることなく軽快に歩く様にはいささか驚いた。それに、馬車に乗ったまま地面に一切足をつくことなく昇山する豪商よりも、よほどにこの国の窮状を嘆いていた。
軽口を叩けるくらいに距離も近くなった頃、青年は自らをジュウォンと名乗り、ドンシクに尋ねてきた。
──あなたは昇山しないのですか。
今更ながらに、自分は青年の正体に勘付いていた。ジュウォンが豪商の供達の長い行列に紛れた全くの無関係者だということも。
ジュウォンの言葉にドンシクは笑い、憎々しげに吐き捨てた。
──しませんよ。自分はそんな器じゃあない。選ばれるなんて有り得ないけれど、もしもがあったとしても──この国の王だなんて死んでもごめんですね。
そう返答した時のジュウォンの顔はどんなだったろうか。彼の意義からしてそれは、存在自体の否定となったのだろうか。
ドンシクは端正な顔に無表情なままの青年を見上げる。担ぎ上げてでも連れて行くなどという強引な手段を取ることはないのだろう、なんせ慈悲の生き物だというのだから。
「優美で美しい黒麒麟。あなたそんな安易と正体明かしたら、拐かされますよ」
「使令がいますので」
「ふぅん」
ドンシクの呼びかけに、青年は表情ひとつ動かさなかった。ドンシクもまたすぐに興味を失って、湖面に視線を戻す。
ジュウォンもドンシクも、湖に垂らした釣り糸の行方を追った。永遠とも思えるような時間──実際はわずかな間であったのだけれど、ぽちゃん、と水面で生き物が跳ね、それを合図にようやくジュウォンが口を開いた。
「あの豪商の昇山道行から戻ると、僕は王宮地下に幽閉されまして」
ドンシクがちらりと視線だけを寄越す。ジュウォンは促されるままに話を続けた。
ジュウォンが成獣する前に選んだ前王は、優しく穏やかな女王だったけれど、とても心の弱いひとだった。
政の実権は冢宰のハン・ギファンが執り仕切っていて、女王は一日の大半を自室に篭って過ごすようになっていった。
麒麟のジュウォンだけを自室に呼び寄せ、狂ったようでそうではない会話をひとことふたこと交わす。その間にハン・ギファンは朝政を掌握し、官吏は彼の采配の元で動くようになっていった。
存在意義を失った女王は、緩やかに、けれど確実に狂っていき、麒麟のジュウォンをおさなごの様に扱い、民を顧みなくなった。
やがてジュウォンが失道の病に罹ると、麒麟を実の息子のように思い込んでいた女王は自ら禅譲し、退位した。
白雉が鳴いてすぐ、ハン・ギファンが仮王として擁立された。
その間にジュウォンは回復し、すぐに新たな王を探すこととなったのだが、ジュウォンの王はハン・ギファンではなかった。
王位に絶対的自信を持っていたらしいハン・ギファンを顧みることなく、ジュウォンは自分の王を探した。数年のちに王気に導かれ、ドンシクを見つけたのだ。
そうして前王の二の舞を踏まないようにと、まずはドンシクの人となりを知るために、昇山者の一行に随行する彼と共に在った。
軽薄な風情に変人と揶揄されるドンシクの本質を知り、その人となりを確かめ、ジュウォンは彼を王に戴くため王宮に戻った。そして、ハン・ギファンや他の官吏に王を見つけたと注進した。
しかし、ハン・ギファンは自らを王と疑うことなく、天が選定したのは自分のはずだと激昂し、ジュウォンを地下に幽閉したのだ。
王宮の官吏は悉くがハン・ギファンのいいなりであること、加えて前王を選んだジュウォン──黒麒麟の心眼を信じることのない官吏がそれに追従した。
結果ジュウォンは数ヶ月軟禁されることとなった。
王不在の玉座に、王の如く君臨するハン・ギファン。
黒麒を擁しながら、黒麒は決して彼を王と認めないからこそ、彼はジュウォンを人々の目から隠した。
ジュウォンからすれば、いずれ天帝からの裁きが下るであろうことも予期していたし、ハン・ギファンが仮王を名乗ったとて、この国はとうに傾き、手遅れに近いのだと、ジュウォンはあきらめの境地にいたのだが。
「あなたのご友人の州師が僕を王宮の地下から解放してくれました」
「州師──まさかジファヤが?」
そこで初めてドンシクの顔から軽薄の仮面が滑り落ちて、彼の本質が除く。
黒麒を逃す──恐らくは今の王宮では死罪とされる程の大罪を冒した友人を憂慮するその表情。
「今の禁軍は全く機能していません。全てハン・ギファンの言いなりで好き放題だ。国を傾けるためだけに機能している禁軍など」
優美な貌を歪める青年を見遣ってから、ドンシクは勇猛果敢な幼馴染を思い出す。オ・ジファならそうしただろう。
そもそも麒麟を幽閉するなど、天命に叛く行いだ。予測がつく。恐らくは部下のカン・ドスに加え、複数人が関与しているのだろう。
「あなたがオ・ジファ将軍を禁軍左将軍に任命して、反乱軍を指揮してください」
ジュウォンは湖からドンシクに視線を移し、しっかりと目を合わせた。
「復讐したくないのですか」
……慈悲の象徴たる麒麟の言葉とは思えないですね」
「僕はあの〝偽王〟に腹を立てているんです。だってあの人は僕の王ではないし、彼にはその器がない」
ただあるべき姿に戻したいと焦がれるだけの様相の麒麟の言葉は明瞭だった。ドンシクは皮肉げに口元を歪める。
思い馳せるのは、父と母と妹とだ。全てがドンシクの前から失われてしまったあの日から、もう二十年が経つ。仙籍を持つ者達からすれば、わずか瞬きほどの時間でしかないのだろうけれど、ドンシクの全てはあの一瞬で奪われた。
……ユヨナが俥で轢かれた時、多くの目撃者がいました。でも彼だった。ハン・ギファンの俥だった。だから誰もが口を噤んだ。彼が国事を治めていたから。彼は王ではない。それは暗黙の裡のこの国のことわりです。例え彼が仮王に代わる役割を担う冢宰であり、偽王であっても、王が長く不在のこの国では彼を王とするしかない。だから皆が皆、見て見ぬふりをしました」
「だから新しい王を。僕は十分に待ちました」
「そう。なら早くあの男を殺して新しい王様がこの国を治めなきゃね」
流血を連想させる言葉にジュウォンの眉が顰められる。
畏れ多くも王宮に嘆願書を進諌した父は、在らぬ罪をなすりつけられ、少塾の教職を失した。
妹を轢き殺したハン・ギファンの采配なのか、その下の官吏の仕業なのか。
そうして父は失意のまま憤死し、母は娘と夫を一度に亡くしたことで、精神を病んだ。
知らぬふりを続けるドンシクを諌めるかのように、釣り糸を垂らした先、再度水音がした。
「かまろ」
ジュウォンが水面に呼びかけると、何か黒い生き物が返事をするかのように鱗を翻した。大きな獣のようなその姿に、ドンシクは見覚えがあった。
……あのこ、かまろという名なのですか」
「えぇ。僕の使令です。青く美しい羽でしょう」
湖面に翻る鱗のような青い羽が、返事をするかのようにばしゃりばしゃりと打ち付けられる。水と戯れているかのようだ。
「お礼を伝えたいけど伝わるのかな。幾度か危ういところをあのこが助けてくれました」
「伝わりますよ。だからあのこをあなたの護衛に付けた。話せませんが、言葉は通じます。かまろにはあなたの影に潜み、あなたを必ず守れと命じました」
麒麟であるジュウォンが剛氏のドンシクと共にあることをどこかで知ったのだろう、ハン・ギファンはドンシクが王に選ばれたのだと悟った。
ドンシクの素性を調べたハン・ギファンはさぞ驚いただろう、彼が轢き殺した妹の兄が、まさかの王だなどと。
「ハン・ギファンが秘密裏にあなたを殺そうとしたのならば、襲ってきた相手を喰え、と」
「とんだ悪食ですねぇ」
「僕の王に死なれたら僕も死ぬので」
「悲しんでくれるわけじゃないんですね」
「諸共と知っているでしょう」
「ねぇ、ジュウォナ」
「、っ」
「俺はこの国の人たちのために何かしてあげようなんて気はさらさらないんですよ。ユヨナを見捨てたこの国の人々に」
……僕の主上は一人しかいません。国のためでなくていい。あなたの妹さんのために、家族のために、復讐のために。この国を滅ぼす手伝いを僕がします」
「ばかなこ」
ジュウォンが跪いて額突いた。
……天命をもって主上にお迎えする。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと、誓約申し上げる。どうか、〝許す〟、と」
ドンシクは、伏すジュウォンを見遣る。いよいよ持って自覚せねばならない。この世で、この国で、彼が膝を折る相手は自分だけなのだということを。
ドンシクは釣り竿を湖から引き上げると、地面に放った。
「全く……これじゃあ呪いだ」
ドンシクが同様に跪く。ジュウォンは頭を伏せたまま、気配でそれを察し、ぴくりと肩を揺らした。
地面についたジュウォンの──黒麒麟の両手をドンシクが両手で握り、持ち上げる。
顔を上げたジュウォンのその表情は、迷子のこどものようだった。
ドンシクは仕方なし笑った。
「許す」