shirajira
2024-08-08 20:28:09
6508文字
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注文途中で逃げるな

リクエストもらった、夜の千人満足バーをやっててデアで夜のお相手としてモテモテのビマと、それを見てるヨダナのビマヨダです

「今日裏メニュー、ある?」
 騒がしい食堂で、そう大きくもない声を耳が拾って、ドゥリーヨダナの手は一瞬止まった。けれどもすぐに何食わぬ顔で手を動かし、シチューを掬う。
「今日か? あるぜ」
「んじゃデリバリーで。八時、いける?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあよろしく。――あ、お昼はBランチで」
「Bランチな、ちょっと待ってろ」
 視線は食事に落としたまま、手は食事をひたすたら口に運ぶまま、ドゥリーヨダナの全神経はたまたま聞こえた会話に向けられていた。
 快活な男の声と、高い女の声。何てことない会話を終えた二人は、すぐにQPと食事の乗ったトレーの交換をして別れた。
「モテる男は羨ましいですな~乾く暇もないってか」
 正面から聞こえるぼやき声に、ドゥリーヨダナがはっと顔を上げると、エドワード・ティーチ――黒髭の呼び名で知られる海賊が、片肘をついてにんまり笑っていた。
「んふふ、その顔じゃヨダナ氏も聞こえてたんでしょ、さっきの会話~今のヨダナ氏、拙者のお仲間の顔をしてますぞ~」
「お前のお仲間ぁ? 正真正銘の王族であるわし様と、海賊のお前がどんなお仲間になると言うのだ」
「それはもちろん、モテない僻み炸裂! リア充爆発しろ仲間あいたたたたたやめて筋力A+の力で拙者の指を反対に曲げようとしないでぇ!?」
 向けられた人差し指を反対方向に曲げてやると、すぐに悲鳴が飛んできた。男の悲鳴なんて聞いてても楽しいものではないので、やめてやる。
「わし様はモテんわけではないわ! この高貴な王族スメルに女共が遠慮しているだけだ! わし様とて生前は美女たちとそれはもうめくるめく」
「あーはい。金の臭いに敏感な女っているよね。そりゃあ王子様なんて入れ食い状態よね。わかるわ~拙者も生前香水臭い女たちにどれだけむしり取られたか……
 あーあ、どこかにお金関係なく拙者を愛してくれる可愛くてえっちな美少女はいないかなーっ! 拙者のことが大大大好きな彼女がほしーっ! 黒髭が突然大声で喚いたので、四方から白い目が向けられたが、黒髭もドゥリーヨダナも特に気づかなかった。
「やっぱ宿敵がモテにモテてるとムカつくわけ? 処す? 処す?」
 突然喚いたのと同じくらい唐突に、黒髭が尋ねてくる。こいつがライダーでわし様がバーサーカーなのおかしいだろ、と思いながらも、ドゥリーヨダナは答えた。
「そりゃあ……面白くはない。それに、そうだ、おかしいだろうが。こんなの……この時代では一夫一妻制が一般的ではないのか?」
「そうは言っても、ヨダナ氏が来るよりずっと前からここはそうして回ってきたんでつよ? 英雄色を好むって言うしね、こんだけ英霊が集まってたら、そりゃあねえ」
 このカルデアでは、魔力が電力によって賄われている。従って魔力供給の必要はない。
 けれども、魔力供給と言って差し支えのない行為――言ってしまえばセックスは、ほとんど公然と行われていた。さながらスポーツか何かのような気軽さで。
 生前夫婦だったもの、恋人同士だったものはお互いと。あるいは特定のパートナーと。はたまた、不特定の相手と気軽に。
 いくら英霊と言っても、伴侶まで英霊になりなおかつカルデアに呼ばれている者はそういない。よって一番多いのが、不特定の相手と関係を持っている者だった。
 貞操観念がどうかしとる。最初にドゥリーヨダナはそう思い、マスターの影響を疑った。多かれ少なかれ、英霊はマスターの精神に影響を受ける。
 しかしながらマスターはバキバキの童貞だったため――なんせ胸が豊満なサーヴァントにちょっと流し目を向けられただけで顔を真っ赤にしている――その可能性は低い。逆にマスターがバキバキの童貞故にこうなってしまった可能性も、ないことはないけれど。
 マスターは認知していないが、サーヴァントの間では大っぴらに性交渉が行われていた。やれあいつは具合がいいだの、この間3Pをしたがなかなか良かっただの、そうした猥談がやたらと流れてくる。
 そんなカルデアでドゥリーヨダナは勝ちまくりモテまくりをしていた――ということもなく、気がついたら完全にモテない組に入れられていた。
 最初の方は声を掛けられることもあった。けれど、今ではさっぱりだ。
 そりゃあ美女とお近づきにはなりたいが、誰彼構わずと言うのもなあ。わし様、どこぞの五王子と違って妻を共有する趣味はないし。あと単純にガツガツ来られるとちょっとな。こっちにも気分と言うものがあるし。
 そんなことを正直に答えていたら、声を掛けられなくなった。別にいいけど。悔しくなんてないけど。
 そもそも性交渉にそこまで熱意を持てない。王族であるドゥリーヨダナは他に娯楽をたくさん知っている。自分の子種はあちこちにばらまいていいようなものではないという意識があるのもあって、どうにもカルデアの性にオープンな環境に馴染めない。
 けれども、ビーマは――ドゥリーヨダナの宿敵である男は、違うようだった。
 彼の妻たちは誰一人として召喚されていない。よってビーマは、不特定の相手と関係を持っているようだった。
 ビーマは女たちに大層モテた。何でもテクもすごければ持久力もあり、アフターケアもばっちりの至れり尽くせりだとか。相手を選ばず、声を掛ければ誰でも快く抱いてくれるのだそうだ。
 噂が噂を呼び、ビーマは毎晩のように夜の誘いを受けている。白昼堂々食堂で。裏メニューなんて隠語で。
 ドゥリーヨダナは、ちらりとカウンターの方に目をやった。奥に引っ込んでいるのか、今は姿が見えない男を、脳裏にぼんやりと思い浮かべる。
 もし、自分が女だったら。頼めば抱いて、くれたんだろうか。相手を選ばないビーマは、例えドゥリーヨダナが相手でも、他のみんなと同じように、扱ってくれるのだろうか。
 頭に浮かんだ馬鹿馬鹿しい考えを、慌てて振り払う。あいつのせいだ、と言い訳を用意する。
 そうだ、全部あいつが、ビーマが悪い。あんな、まるで男娼のように、誰彼構わず誘われたら相手をするだなんて。ユディシュティラのやつが知ったら、卒倒するんじゃないか?
 お前はそんな、安い男じゃなかったはずだ。俺が憧れ焦がれた男は、そんな――
 匙を持つ手が震えそうになるのを、気合いで押さえつける。何故だ、と思う。
 何故、そうやって安売りする。相手が女だから? それともサーヴァントになったから? このカルデアとかいう特殊な環境だから?
 俺の知るお前は、そんなんじゃなかった。簡単に誰かのものになってくれるような、やつじゃなかった。
 そうやって安売りするくらいなら。俺の物に、なってくれればいいのに。そうしたら、大事にするのに。お前を誰かと共有なんてせずに。俺一人の、ものにするのに。
 でも、俺では駄目なのだ。女でも何でもない、俺では。お前は、俺のものには、なってくれない。
 黒髭がまだ何か話していたが、まるで頭に入ってこない。食事の味はもう、わからなかった。


 なんとなく口寂しくなって、何か摘まむものでも置いてあるだろうかと食堂に向かった。それがよくなかった。
 廊下の奥から歩いてきた相手は、ドゥリーヨダナと同じタイミングでこちらに気づいたらしい。目が合った。
「げ」
「あ?」
 思わず顔をしかめると、「何してんだお前、こんな時間に」と向こうがのしのし近づいてきた。
「その台詞はそっくりそのまま返すわ。こんな時間に何しとるんだお前こそ」
 口にしてから、後悔する。聞くまでもないことだった。
 時刻は夜の十二時だ。恐らく、ビーマは先程まで女の部屋にいた。
 霊基を編み直しでもしたのだろう、どこか禁欲的な純白の衣装からは、性の香りはしなかった。ただ、残り香のようにうっすらと、普段のビーマからはしない匂いがする。
 乾く暇もないってか。揶揄するような、黒髭の声を思い出す。
 女を抱いた、帰り。
「んだよ、その顔」
……別に」
 目を伏せる。自分には関係ないことだ、そう言い聞かせる。
 こいつがどこで何をしていようが、自分たちに関わってこない以上、向こうの勝手で、どうでもいいことだ。
 だから、胸がなんだかシクシク痛むのも、腹が減ってるような気がするから、それだけだ。そのはずだ。
「別にって顔には見えねえな。なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」
 ドゥリーヨダナには、ビーマの口調がやけに軽く、機嫌良さげに聞こえた。女を抱いて、身も心も満たされたのだろうか。それでこんな機嫌よく、自分に話しかけてきたんだろうか。
 普段はこっちのことなんて、ろくに見もしないくせに。女たちの相手ばかりしてるくせに。
……わし様と話してる暇なんてないんじゃないのか? どうせ女たちからの『予約』でいっぱいなのだろ?」
「あ?」
「一人の女を五人で共有したかと思えば、今度は多くの女に共有される。英雄色を好むとは言うが、ちと節操がなさすぎではないか? 現代ではな、そういうのは流行らんらしいぞ。ただ一人を選ぶのが正しいそうだ。お前がしてることは、正しさが売りのパーンダヴァらしからぬことなのではないか?」
 ビーマの眉間に皺が寄る。ほんの少し、ドゥリーヨダナは溜飲を下げた。けれども、ビーマはすぐに好戦的な笑みを向けてきた。
「確かに、俺がやっていることは当世のそれとは合わんのかもしれん。だが、求められたら応えたくなるのが俺の性だ。それにお前には、関係ないだろ」
 お前には関係ない。それはそうだ。ドゥリーヨダナには関係ない。ビーマがどこの女を抱こうが、それがドゥリーヨダナの身内ではない限り、関係はない。
 わかっていることなのに、腹の奥底が熱くなって、沸騰した血を頭に送ってくる。
 何が求められたら応えたくなる、だ。こっちがどれだけ求めたって、応えてはくれないくせに。
「関係なくはない、わし様とお前は同じクル族の出でっ、お前の評判はクル族全体の評判に結び付くのだぞ! それは、すなわち、わし様の評判にも結び付くということだ!」
 気がつけば、ドゥリーヨダナはそう口走っていた。ビーマが片眉を跳ね上げる。
「評判ってなら、悪くねえと思うぜ。みんな喜んでくれるし、リピーターも多いんだ」
 知ってる。そんなことは知っている。ビーマの評判はすこぶるいい。
「だからって、誰彼構わず関係を持つだなんて、そんなの」
「別にいいだろ。誰も困らないし、迷惑もかかってない。みんな喜んでる」
 みんな。そのみんなに、ドゥリーヨダナは入らない。
 知ってる。わかってる。だからどうした。なのに。
 どうしてこんな、胸が痛むんだろう。指の震えが止まらないんだろう。
「申し訳ないとは思わんのか? お前を、お前の、唯一になりたいと思っている者に。お前の言うみんなというのは、お前を共有する、それでいいと思っているやつらのことだろう? そうじゃないやつはどうなる? 今のお前の有り様を見て、心を痛めているやつは」
 指の震えを隠すように拳を握り、絞り出すようにして言葉を吐き出すと、初めてビーマの顔から余裕のようなものが消えた。
 代わりに現れたのは困惑だった。思いもよらぬことを言われた、とでも言わんばかりの顔。
「そんなやつ、いないだろ。少なくともここには」
 困ったように、少しはにかみながら言うその顔に、頭のどこかからプツンと何かが切れるような音がした。
「いる!」
……いねえだろ。仮にいるとして、どこにいるんだよ」
 心からそう思っているとわかる眼差しに、頭は熱いままなのに、腹の奥が冷える。
 ああ、そうだ、お前はいつもそうだ!
 ドゥリーヨダナを真っ直ぐに見ているくせに、ドゥリーヨダナを見ていない目。頭に上りすぎた血のせいで、視界が狭くなる。
 こっちはもう、ずっとお前しか見えてないのに、なのに、お前は、こっちのことなんて少しも、少しも見てくれやしない!
 有象無象の中から大きな手のひらの上に掬いあげた、これまた有象無象の「みんな」の中にすら、入れてはくれない。
 ドゥリーヨダナには一欠片も与えてくれないそれを、大したものではないからと、他の誰かに惜しみ無く配って回る。こんなもの、欲しがるやつはいないからと。
 いつだって、ドゥリーヨダナの伸ばした手は気づかれることなく、振り払われる。
「まあ、そうだな。もしお前の言うようなやつがいるんであれば……少しは考えるかもな」
 他のやつらに悪いから、あくまで考えはするってだけの話だが。
 真剣さのまるでない声。そんなやついるはずないと、決めつけている言葉。
 ぶん殴ってやりたくなった。
「ここにいる」
「あ?」
「わし様だ。わし様が、お前の唯一を求める。代わりにわし様の唯一をくれてやる。だから寄越せ。不愉快な安売りをやめろ。お前の価値をわかってるやつのものになれ」
 震える指を突きつける。こっちを見ろ、目を逸らすなと念じる。
「ほら、考えるんだろ? 考えろ! ここで決めろ! わし様を取るか、他の、お前を男娼のように扱う有象無象を取るか!」
 気づいてほしい、気づかないでほしい。
 どれだけ力強く爪を立てても気づかない、気づいてくれないお前。「みんな」の範疇にすら俺をいれてくれないお前。
 知ってる。わかってる。お前は俺のものにはならない。俺がお前を欲しがるのは、間違ってることだから。
 でも、こんなのは不公平だ。お前は何も知らないまま。こっちだけが身を焦がされているだなんて。
 気づけ。それで少しは気まずくなるなり嫌な思いをするなりしろ。お前が得意気にいう「みんな喜んでる」はまやかしだと知れ。
 そうでなければ。都合の悪いことは気づかないまま楽しくやれるだなんて、そんなのは。
 ずるいだろ。
 ぱちり、と瞬きをして、ビーマが口を開いた。
「お前が……? それマジで言ってんのか?」
 返ってきた声は、疑念に満ちていた。ドゥリーヨダナは急激に頭が冷めていくのを感じた。
 後から沸き上がるのは後悔と羞恥だ。愚かなことを口走った。どうして、こんなことを口走ってしまったんだろう。
 わかっていたのに。何をしたってどんな言葉を重ねたって、無駄だって。
 生前、少しも傷をつけられやしなかった相手は、今も少しも動じた様子なく、ドゥリーヨダナを見ている。
 ああ、やっぱり自分じゃ、駄目なのだ。ここにいる自分では。
「おい」
 唇が震えそうになったのを見られたくなくて、ビーマに背を向けた。後ろから何か言っているのが聞こえたが、無視して足早にその場を去る。廊下は走るなの張り紙を無視して、人通りのない廊下を駆ける。
 幸い誰に咎められることもなく、目当ての部屋にたどり着いた。激しくノックをすると、ロックが解除される音がして、目を擦りながらマスターが顔を出す。
「何? ……ドゥリーヨダナ? どうしたの」
「マスター! わし様は座に還る! この霊基はもう嫌だ! 次はセイバーで喚べ!」
「なになになに!? どうしたの!?」
 慌てた顔をするマスターの顔を見ていたら、鼻の奥がつんとしてきた。鼻をすする。
 バーサーカーの霊基が悪いんだ。だから、だから頭に血が上って、我慢できなかった。ついあんなことを口走ってしまった。
 胸がシクシク痛むのも、何でか涙がにじむのも、全部、全部この霊基が悪いんだ。
 あんなやつ。そう思うのに目が離せないのも。生前とっくに諦めたはずのことに、また執着してしまうのも。指を咥えるような想いで、女たちを見てしまうのも。
「もう嫌だ、も、還るっ、還るったら還る!」
「落ち着いて、ね? 話聞くから部屋入ってよ。ほらそこに座って」
 マスターに腕を引かれる。童貞のくせにあの男よりよほど気が利くなと思いながら、ドゥリーヨダナは渋々マスターのマイルームに足を踏み入れた。
 背を撫でるような風には、気づかないまま。