溶けかけ。
2024-08-08 18:59:37
1364文字
Public ほぼ日刊
 

平凡な日常

フォカロルスのお墓参りをするヌヴィレットとフリーナのお話。
もうすぐお盆ですね。
イメージソング: 150P『平凡な日常』

「おや? ヌヴィレットは居ないのかい?」

 ケーキの入った箱を持ったフリーナがパレ・メルモニアの受け付けで小首を傾げた。

「はい。フリーナ様にもおっしゃらなかったんですね」

「聞いてないね。彼にしては珍しい……

 腕を組んで考え込み始めたフリーナ。セドナはそんな彼女に遠慮がちに声をかける。

「えっと……執務室でお待ちしますか?」

「あぁ……そうだね……やっぱりいいや。心当たりは幾つかあるから探してみるよ。……っと、折角のケーキが不味くなってはいけないね。これはキミたちで食べてくれないかい?」

 フリーナがケーキの箱をセドナに渡す。

「いいのですか?」

「うん。とは言え、彼は元々手をつけないことが多いし、もし帰ってきても食べる時間じゃなさそうだからね。美味しく食べてくれる人の元にある方がいいと思うんだ」

 彼女は心の底からそう思っているようだ。以前の底が見えない笑みとは違い、今は顔と心が一致しているようにセドナには見えた。

……そういうことでしたら、よろこんで頂きます。ありがとうございます、フリーナ様」

「こちらこそ、余り物を押し付けているようで申し訳ないね。じゃあ、またね。セドナ」

「はい、また」

 フリーナはセドナと別れると傘を差した。朝から降り始めた雨は夕方近くなった今でも止む気配はない。

「さて、ヌヴィレットを探しに行こうか!」





「こんな所にいたんだね」

 聞き馴染みのある声にヌヴィレットが振り返る。

「フリーナ殿か……すまない、もうそんな時間であったか」

 フリーナは首を振る。

「僕が会場を間違えてしまっただけさ。キミは悪くないよ」

 悪くない、はどちらにかかるのだろう、とヌヴィレットは考える。約束を反故にしたことか、あるいはこの墓石のことか。

「どっちもかな」

 フリーナは傘を畳むとヌヴィレットの隣にしゃがみ込む。

「キミがここまで律儀だと思わなかったよ」

 フリーナが墓石に花を手向ける。ロマリタイムフラワーの花束は雨を浴びて一斉に花開いた。

「僕はキミの望む演技が出来たかな? フォカロルスもう一人の僕

 祈りを捧げるフリーナにヌヴィレットは何も言えずに立ち尽くす。やがて、すっきりとした顔をしてフリーナが立ち上がった。

「キミはもういいのかい?」

「あ、あぁ……

「そうか……じゃあ帰ろうか」

 フリーナは傘をさすとヌヴィレットに持ち手を向ける。呆けた表情をする彼に「レディに傘持ちをさせる気かい?」と笑いかけた。 

「む。それもそうだな……気が利かず失礼した」

 ヌヴィレットは傘を受け取ると二人の間に置いた。

……――また、来てもいいかな?」

 フリーナがこちらを見ずに呟いた。

「あぁ……いつでも好きな時にくるがいい。君は舞台を降りたのだから」

 ヌヴィレットの言葉にフリーナが息を呑む気配がした。

……そうだね……そうだった」

 二人はそれから無言で帰路を辿る。フォンテーヌ廷に着く頃には雨が上がり、空は満天の星を水溜まりに映していた。

「じゃあ、またね。ヌヴィレット」

「ああ、また会おう。フリーナ殿」

 別れの挨拶は、簡素だが得難いものだと二人はよく知っている。