みそ
2024-08-08 15:48:37
5506文字
Public 本編ロナドラ
 

8月1日のじゃんけんグリコ(ロナドラ)

(まだ付き合ってない二人)主従の内緒の遊びと、翌週に控えたロくんの誕生日
※主従のかつての暮らしについて捏造して書いてます

「じゃんけんポン!」
「ヌイヌヌ、ヌ!」
おおきなハサミとちいさなハサミのにらみ合いで始まった勝負は、仕切り直しの手でちいさな岩の勝利となった。
「うむ、ジョンさんまずは一勝」
「ヌッフフ」
河川敷の石段を、アルマジロのちいさな体が弾むように上ってゆく。
、の三段を。

*

埼玉県伊奈架町の町はずれに、ドラルク城はあった。遠景に山を抱く長閑な田園地帯の中に、西洋風の城がぽんと一つ建っている。吸血鬼の城と言われて一般的にイメージするような断崖絶壁だとか鬱蒼とした異国の森、あるいは敷地に足を踏み入れたら最後といった風情の枯れ木に囲まれた古城、いずれにも当てはまらない。昼日中に見たならばすっきりとひらけていて、怪しいところの少ない、『ただのお城』だった。
一帯は野菜や花の生産が盛んだったが水田も多少あり、そのため夏は賑やかだ。水のある方角から聞こえてくるノイズのようなひっきりなしの音、それがカエルの鳴き声であると知った時、ドラルクとジョンは、森のカエル達とはずいぶん違うと興奮したものだ。こんなに騒がしいのだから、水田の至る所でひしめき合っているのではないかと想像して、ちょっと怖くなったりもした。ふたりが思い描いていたのは中型のヒキガエルだったから、実態はかなり違ったけれど。

田畑を含む豊かな自然に囲まれた城の周辺には、カエルだけでなく様々な野生生物が住んでいた。ドラルク自身が目にしたことがあるのはタヌキにコウモリ、ヘビやヤモリ、ネズミ、セミやカナブンと言った昆虫類、それからネコとハクビシン。声だけならばスズムシやカラス、フクロウも居たようだ。
昭和の終わり頃までなら、いわゆる野良犬も多く見かけた。ただ、それらはドラルクとジョンに近寄ってきたためしがない。一帯のイヌにいつ何があったのやら、ドラルクの父に対し皆尻尾を巻いて後ずさる。腹を見せて鼻を鳴らすものさえ居た。ドラルク達はイヌたちから、ドラウスの群れの一員として認識されていたようだった。
城から遠く山際まで足を延ばせば、サルやイノシシといった鉢合わせを遠慮したい類の動物も出るようだったが、その点に限れば、庭を出て、夜の森をそぞろ歩きするだけで就寝中のヒグマに出くわすトランシルバニアの祖父の城の方がよほど物騒であった。埼玉の城でドラルク達に積極的に手を出してきそうな生き物がいるとすれば、カラスとネコくらいのものだ。
尤も、窓にアタックしてくるセミ、城の裏庭に落ちているカブトムシ、植え込みから顔をのぞかせるハクビシン、あるいは午前四時、ゴミを出しに行くドラルクに何食わぬ顔で並び歩くタヌキ、それらに一々度肝を抜かれては塵と化すのがドラルクだ。いっちょ遊んでやろうと目を光らせる野良猫など居らずとも、ジョンのストレス発散のための穴掘りとゴミ出しを除き、城の外へ出るモチベーションは皆無と言って良かった。

こうして積極的には外へ出なかったから、地域住民との交流は乏しかった。自治会の集まりをお断りするだとか、夜間のゴミ出しを許してもらうといった交渉事は越してくる前にすべて両親が済ませていたものだから、ドラルクに求められることと言えば、互いに用があって訪ねてきた人間を玄関口で出迎え、二、三言葉を交わす程度。しかし、それで十分に城の主としての務めを果たしていると、ドラルクは認識していた。
駐在所の警察官が自治会の人間を伴ってやって来るのを迎えたのが、ドラルクが日本に来て最初の、城主としての行いだった。当時終戦からは十年が経っていたが、異国人の一人暮らし、それも県内では数少ない高等吸血鬼ともなると、根回し済みであろうとも、うわさが立つことは避けられなかった。警察官は治安維持のため、ドラルクの素性を確かめたかったようだ。
あの日、英語の通訳とほかに何人か壮年の男を伴って訪れた年嵩の、不届きな外国人であれば国が許しても己が許さんといった風情で肩をいからせた警察官に、ドラルクは努めて丁寧に、この国の、つまりは母の言葉で挨拶と自己紹介をした。その時の訪問者らの、虚を突かれた顔と言ったら。
都度そのように振舞った結果、監視目的の威圧的な訪問の頻度は徐々に減り、月に一度だったのが三月、半年と減り、年に一度の書面での居住確認となり、珍しく役場の人間が来たと思えば城の観光資源化の許可願いだったりして、世の中って今どうなってるの、と少し不思議に思ったドラルクだった。
他に顔を合わせるとすれば、父親が手配してくれたジョンのための生鮮食品や宅配便の配達員くらいのもの。最も近くで長い時間を過ごしているはずの、城の周囲の田畑で働く人々とは会えたことがなかったが、そのためにうんと早起きをするような積極性は当時のドラルクには無かった。

人と多くは交わらず、野生動物をはじめとした自然に親しむでもなく。足繁く訪ねてくる父を除けば、ドラルクにはジョンだけだ。それで十分に満たされていたし、慣れたことを繰り返す日々は穏やかで、とても充実していた。

*

さて、そんな引きこもりのドラルクがではなぜ「じゃんけんグリコ」なんて外遊びを知っているかと言えば、地域のやんちゃな子供たちのお陰である。
ドラルク城は町はずれにあると言えど、子供の足でも行って帰って来られる。しかし隣近所と言える距離には何もない場所でもあったから、町の子供の遊び場としてポピュラーなわけでは決してなかった。春休みや夏休み期間中は来訪が少し増えるが、その程度である。
そもそもこの場所は『ようこそ 吸血鬼におびえる町』がキャッチフレーズになる以前より、大人達から立ち入ってはいけない場所として周知されており――危険の有無以前に私有地だ――、つまりはそれを丸っと無視する、元気と無謀が格別有り余っている子供でなければ寄り付かないのだった。
そんな彼らは、やってくると言っても城を尋ねてくるわけではない。身体活動に縁のないドラルクには何一つ理解できなかったが、走り回れる原っぱがそこにある、それだけで彼らは遊べてしまうらしい。その流れで時折、城そのものを遊具扱いして、「だるまさんが転んだ」や「じゃんけんグリコ」といった遊びをしていた、らしい。いずれも伝聞なのは、直接その様子を見たのはジョンだけだからだ。
子供の声は良く響く。勝ち負けが絡む遊びの最中ともあればなおのこと。ある夏、そんな子供らの声で一足先に目を覚ましたジョンが窓から彼らを観察したところ、『じゃんけんをして、勝った手に応じて所定の歩数分進む』遊びを知り、ドラルクに話したのだ。
子供らがドラルク城で行うその遊びは、城の扉をゴールに、三十歩ほどの区間で行うもののようだった。ルールはシンプルで、じゃんけんに勝ち、その時の手によって3歩あるいは6歩、ゴールへ向けて進むことが出来るというものだ。まず勝たなければ進めない。そして進まないことには完全な勝利もないが、そこで舞台が悪さをする。勝てば勝つほど城正面の大きな扉に、運が悪ければ一人で近づく羽目になるのだ。
彼らは全員、畑のド真ん中に建ってる城なんてちっとも怖くない、吸血鬼が住んでるなんて大人たちは大嘘つきだ、なんてことを言いながらやって来たに違いない。けれども、風景の一つとして城を見るのと、いざ正面に立ってみるのとで、受け取るイメージは全く同じであっただろうか? 背の高い、見慣れない石造りのお城。窓の数は妙に少なく、しかもどれもカーテンが隙間なく引かれている。あの向こうには誰も居ないってどの子がいつ確かめたのだろうか? いくら夏は日が長いと言っても、それでも刻一刻と暮れていく。ここで怖気づいてじゃんけんの掛け声を渋れば、弱虫だと言われるだろう。でももし、扉に手を触れた瞬間バタンと開いて、中から怖いものが出てきたら。
勝負が進むうちに、そんなことを考えたかもしれない。そういう緊張感漂う現場を、彼らが無人の城だと信じているその中から、ジョンはじっと見守っていたのだ。
そう聞かせてもらったドラルクは、人間の子供だてらになかなかの勝負師揃いじゃあないかと、とても愉快な気持ちになった。同時に、それはそれとして、本当に日が暮れるまで城門前で遊ばれていたのでは大人たちに要らぬ疑いを掛けられる懸念もあって、なんかちょっといい感じに怖すぎない程度に怖がらせてお引き取り願うべきか、とも過ったが。

ともかく、ドラルクとジョンは楽しいことハンティングにかけてはプロ中のプロだ。新たな遊びを知ったのだからやってみない手はないと、長い廊下の突き当りにふたり並んでからふと、各々の歩幅には大きすぎる隔たりがあることを思い出した。いつものようにドラルクがジョンを抱えて歩いたって仕方ない。
これでは勝負にならないため、試行錯誤の時間である。ルール整備も立派な遊びの一環だ。ふたりは壁の燭台や柱の間隔、タイルの枚数など、ガイドとしてちょうどいいものが備わっていて、大きな声でやりとりをしなくてもじゃんけんが成立する距離感のコースがないものか城中探しまわり、最終的に玄関ホールの階段へとたどり着いた。ここならば公正な歩幅が実現可能で、勝ち負けを楽しめる程度の長さもある。一番上と下でも声を張らずともやり取り可能で、おまけにお互いの運動不足の解消にも持って来いであった。貧弱なドラルクにとってこの階段をひと息に上りきるのは文字通り骨の折れる仕事であったが、都度じゃんけんをして、勝たねば動くことのできないペース配分ならば余裕を持って楽しめる。
ちなみにそれから三年後、この試行錯誤で編み出したルールが一般的なじゃんけんグリコのルールそのものであったと知ることとなったふたりは大いにずっこけた。あまりに馬鹿げていておかしく、ひとしきりヒヒヒと笑い、以来、この遊びはふたりの中で特別なものとなった。ドラルクとジョンだけの、内緒の遊びだった。

普段は翌日のおやつのメニューを互いに賭け、勝負を楽しんでいる。ジョンが食べたいおやつ vs ドラルクが作りたいおやつだ。ただ、ドラルクが作りたいおやつは総じてジョンが食べたいもので、ジョンが食べたいおやつは同様にドラルクの作りたいおやつであったから、どちらが勝ったところで、という話ではある。この場に第三者、例えばロナルドが居たならば、賭けになっていないじゃないかと言うに違いない。
けれども今日はジョンの提案で、来週に控えたロナルドの誕生日に向けてのアイデアを賭けあうことになっている。
ドラルクがロナルドの誕生日を祝うのもこれで三度目になるが、ドラルクは昨年同様、年長者としての慈悲の心でもって彼の好物をたらふく拵えてやろうと思っている。しかしそれはそれとして、どこかにセロリも仕込みたい。あの筋肉の塊がバネ仕掛けのおもちゃのように、天井を突き破る勢いで飛び上がる様はいつだって見事なものだ。あれを見るためならば、すっかり自我に芽生えロナルドを守っているメビヤツからのビームだって受け入れて見せよう、そのくらい意気込んでいる。
一方のジョンである。珍しいことに、何を企んでいるのかドラルクからは読み取れないままだ。愛の化身であるところのジョンが、ドラルクの嫌がるようなことを提案するはずもないが、主人好みのお茶目なイタズラを胸に秘めているのか、それとも、弟のように可愛がっているロナルドのことをただただ喜ばせるための何かを仕掛けたいのか。故に、ドラルクは滅多にない緊張感――定期健診に向けダイエットに励まないといけないタイミングで、油を吸ったどっしりドーナツをリクエストされそうな時と同等の――で、じゃんけんグリコに臨んでいる。

前の週に草刈りが行われ、川に沿ってうんと遠くまでスッキリとしていた河川敷は、再び伸び始めた青草によって早くも不揃いな輪郭を取り戻しつつある。ゴールである遊歩道まであと三段。もはや、どちらが、どの手で勝ったとしても上がれてしまうところに、ふたりは立っている。

ヌヌヌヌヌヌ。
ふと、ジョンが呼ぶ。そして、次はロナルド君も誘わない? と続けたものだから、ドラルクは思いがけないその言葉に目を瞬かせ、勝負の最中ということも忘れてジョンを抱き上げた。
目を合わせ、何か言おうと口を開き、閉じる。それをもう一回繰り返し、ちょっと唇をまげてからようやく、ジョンがいいならそうだね、と答えた。

この場に、ロナルドが加わる。ドラルクとジョンだけで三十年は続けてきた、この遊びに。
にっぴきになれば勝負性は変わってくるだろう。ドラルクからすればロナルドはとても単純なヤツだから、てんで話にならないかもしれないが。賭けの対象を夕飯のメニューなどにしようものなら唐揚げか、良くてオムライスばかり望むに違いなく、その上一番強い手だからとチョキばかりを繰り出すのだ、恐らくは。ならば主従で結託して散々負かしてやればよい。そして夕飯のメニューをチキンピカタや天津飯にしてやるのだ。
そうして負けが込めば、ロナルドは悔しがって拳に訴えてくるだろう。その時ジョンはきっと沢山泣くだろうけれど、泣き止んだらそのあとは、たまにはロナルド君にも勝たせてあげようか、なんて言い出すのだ。
ああ、良いな、良いじゃないか。
そんなことを当たり前に思ったドラルクは自身に少し驚いて、一度、舌の上で自分の言葉を吟味するように転がしてから、
「うん、いいな。面白そうじゃないか!」
ついにはそう声に出して笑ったのだった。