溶けかけ。
2024-08-07 21:19:03
1958文字
Public ほぼ日刊
 

水の精の序曲

国のお偉いさんヌヴィレットと誘拐された水の精フリーナによる恋のお話……の予定です。


「これで、全員だな」

 闇オークション会場を摘発し、容疑者や商品を調査していたヌヴィレットに部下の一人が声をかけてきた。

「ヌヴィレット様!少し見ていただきたいものが」

「待っててくれ。今行く」

 現場を他の者に任せ、ヌヴィレットは部下の方へと向かう。この世界には人は勿論、人ならざる者が多く存在している。ヌヴィレットもそうであるし、このオークションの『商品』も人ならざる者を多く取り扱っていた。わざわざ、部下が呼びに来たということは後者である可能性が高い。

 ヌヴィレットは部下の後を追いながら、厄介なものが出てこなければいいが、と思った。

 嫌な予感というのは当たるもので、ヌヴィレットの前には人が入れられた檻がずらりと並んでいる。一つ一つを確認すれば、やはりというか、人ならざる者の中でも更に珍しい種族が見本のように集められていた。

――――……妖精か」

 それも、水の妖精だろう。青みがかった銀髪に透明な羽――なにより、ヌヴィレットをしても好ましいと思える水の魔力。少女の姿形はしているが、人よりは余程長く生きているだろう。

「これが、…………綺麗ですね」

 ヌヴィレットの隣で部下が感嘆のため息をついた。確かに、水の妖精は美しい。これがこんな薄暗い地下ではなく、清水の湧く泉の側であったなら、更に美しくあったであろうに。

「でも、元気がなさそうですね……

 水の妖精は小さな檻に膝を抱えるようにして横になっていた。ミルククラウンに飾られた瞳は固く閉じられ、浅い呼吸を繰り返す。僅かに身体も透けている。

「恐らく……本来の住処から離されたため、魔力の供給が絶たれ、衰弱しているのだろう」

「そんな……っ! この子は死んじゃうってことですか!?」

「このまま何もしなければそうなるだろう……だが、安心して欲しい。私と彼女は同じ、水に属する者――つまり、治療は可能だ。――鍵を」

 部下は慌てて鍵を渡す。ヌヴィレットは鍵を開けると少女を抱き上げた。彼の周りには水が集い、彼女の中へと吸い込まれていく。

「一体……どれほど長い間、閉じ込めていたのだ……

 ヌヴィレットが眉間に皺を寄せる。彼女の容態は正直、思っていた以上に悪い。かなりの量の魔力を注いだはずだが、目を覚ます気配がない。

「目覚めてくれ……君はこんなところで死んではいけない」

 送り込む魔力の量を増やす。折角、見つけた証拠ということもあるが、何よりヌヴィレットが嫌だったのだ。
 水に纏わる同族は、人間の台頭とともに少しずつその数を減らしている。長く生きているヌヴィレットですら、この数百年間、あったことがないのだからどれくらいの同族が消えてしまったのか検討もつかない。――滅びゆく種族だと人間たちは笑う。その原因が自分たちにあるとも考えず、物珍しさで捕らえては、その命を玩具のように扱い、嘲笑う。

…………けほっ……

 腕の中の妖精が小さく咳をした。ゆっくりと気怠げに目蓋が持ち上がる。

……だれ?」

 妖精は浅瀬と深海の色をした瞳をしぱしぱと瞬かせた。



「助けてくれてありがとう。僕はフリーナ。ここからずっと西にある森で泉の番をしていた妖精だ」

「では、君は契約不履行によって死にかけていた、ということか?」

 フリーナが頷く。
 役職を持った妖精は強い力を得る代わりに、職務を全うすることが約束される。職務を放り出すことは許されず、放り出せば契約不履行と見做され、力を失う。その苦痛は役職を持たない妖精の比ではない。時には、死ぬ方がマシと揶揄されるほどだ。

「そうなんだ……僕がした契約の一つには『泉のそばを離れてはいけない』というものがある。つまり、密猟者に捕獲されてその契約を守れなくなってしまったんだ」

「なるほど。だから魔力をいくら送っても足りなかったのか」

 そう、だからこそフリーナは驚いたのだ。契約不履行の罰によって死を待つだけだと思っていた自分をこうして救ったのだから。

「兎も角、君が良くなったのならよかった」

 ヌヴィレットの口が僅かに弧を描く。フリーナも釣られて笑った。

「ありがとう、ヌヴィレット。君がいなかったら僕は死んでいた」

「気にするな。それより、君はこれからどうするのだ?」

 ヌヴィレットの言葉に考えを巡らせる。故郷に帰るにしてもここからは遠すぎる。僅かに繋がっている魔力を辿ればいつかは着くかもしれないが、その前に魔力が尽きてしまえば今度こそ本当に死んでしまう。

「僕を君の側に置いてくれ。帰り道が分かるまで」

 フリーナの言葉にヌヴィレットが頷く。

「では、そのように。よろしく頼む、フリーナ殿」