溶けかけ。
2024-08-06 23:33:24
1982文字
Public ほぼ日刊
 

水面に浮かぶは憧れ

現代パロディ。
多分、同級生のヌヴィレットとフリーナが夜のプールに(というか学校に)忍び込んで探し物をする話。
夏らしくホラーっぽくしました。


「ほ、ほら見ろ! やっぱり怪談なんて噂でしかないんだ!」

……そう思うのなら、この懐中電灯は君が持つべきなのでは?」

 ヌヴィレットの服の裾を掴むフリーナの腰は引けている。

「い、いやぁ~……ほ、ほら。淑女に荷物を持たせるなんて紳士がすることじゃないんじゃないかな?」

「怖いなら怖いと素直に言いたまえ。君が大丈夫だと言うのなら私は帰る」

「か、帰るだってぇ!? だ、ダメダメダメ!……分かった、言うよ!怖い!怖いから一緒に付いて来てくれ!」

 ヌヴィレットの腰に腕を回し、しがみつく。ぐりぐりと頭を押し付けてイヤイヤと子どものように拒否をする。

「はぁ……確か、髪飾りだと言ったな。落としたものは」

――――ヌヴィレット……!」

 フリーナの顔がパッと明るく輝いた。この顔を見るだけで面倒事でも引き受けてしまうのだから、私も大概、彼女に甘い。

「それで、次は何処を探すのだ?」

 ヌヴィレットの言葉にフリーナは考える。自教室、音楽室、科学実験室……あと行っていないところと言えば――

「プール、かな?」

「プールだと?」

「うん。ほら、キミたちは陸上だったけど、僕たちはプール授業だっただろう?」

「あぁ……そう言えばそうであったな。ならば、更衣室か?」

「そうかも……鍵、開いてるかな?」

「屋外だからな。他の教室よりは開いている可能性も高い」

「それもそうだね。行ってみよう!」

 先程までの怯えた姿はどこへやら、フリーナはヌヴィレットの前に立って歩き出す。

「探している髪飾りは、そんなに大切なものなのか?」

 ヌヴィレットの問いかけにフリーナの足が止まる。振り返り、月を背負った彼女は、はにかんだ。

「そうなんだ。とっても――僕にとっては一等大切な物かな」




 水面に映り込んだ月が夜風に吹かれてゆらゆらと形を変えるプールサイドにやって来た二人は、備え付けられている更衣室の扉を開けた。むわっと襲ってくる熱気は塩素の匂いがして何度嗅いでも心地の良いものではない。

「うわっ……暑い」

「ああ……

 二人揃って大汗をかきながら、棚や床、掃除用具入れの中まで虱潰しに探していく。

「見つかったか?」

「ないみたい……

 ぐったりして棚に突っ伏すフリーナにヌヴィレットは持ってきていた水の入ったボトルを首に押し当てた。

「ひゃあ!?」

「飲みたまえ。――このままでは熱中症になる。焦る気持ちは理解出来るが、君が倒れたら元も子もない」

「うぅ……そうだね……

 フリーナはのろのろと立ち上がる。足元がふらついているところを見るに、あまり良い状態とは言えないだろう。



「少しは落ち着いたかね?」

 ヌヴィレットがフリーナの首筋に濡れたハンカチを押し当てながら聞いた。ベンチに横たわる彼女のワイシャツの釦は幾つか外され、スカートのファスナーも緩められている。

「あぁ、うん……大分。ごめん、ヌヴィレット」

「気にすることはない。良くなったのなら何よりだ」

 ヌヴィレットの手を借りてゆっくりと起き上がるフリーナ。まだ体は辛いようで、ぼんやりとプールの水面を眺めていた。

「もう、帰ろうか」

「探し物はいいのか?」

「うん……しょうがないよ。失くした僕が悪い……!」

 不自然に途切れる会話。ヌヴィレットが疑問を抱くより早く、フリーナがプールに飛び込んだ。

「フリーナ殿!」

 ヌヴィレットが呼びかけるもフリーナは上がってこない。月明かりを反射する水面は銀と白で構成された彼女を隠すのに一役買っていた。

 ねえ、知ってる? あのプールには昔、事故で死んじゃった女の子の霊が出るって話。その子は友達が欲しくて夜にプールに入る子がいたら引き摺り込んじゃうんだって―――

 昼間に聞いた怪談が脳裏に浮かぶ。
 ヌヴィレットの心臓をヒヤリとしたものが撫でた。

「フリーナ!」

 業を煮やしたヌヴィレットがプールに飛び込もうとしたその時。

「ぷはっ……! あったよ、ヌヴィレット!」

 ヌヴィレットの数メートル先で笑顔を浮かべるフリーナがいた。その手には青い花がついたヘアピンが握られている。

「フリーナ……

「どうしたんだい?そんな顔をして……って、わぁ!? ヌヴィレット、キミまで濡れてしまうよ!」

「良かった……

 抱きつかれたことに驚いていたフリーナはヌヴィレットの尋常じゃない様子に彼を抱きしめ返した。

「どうしたんだい? ……僕はここにいるよ」

 彼が落ち着くまで、フリーナはその背を撫で続けた。


 帰り道。
 プールを振り返ったフリーナは呟いた。

 「彼はキミの『友達』じゃないよ」