スサ
2024-08-06 21:19:53
2293文字
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【ゲ/ほのぼの】ベビ鬼くんを沐浴させる話

赤ちゃんがおしっこしたりしますがそれは自然なことなので…
最後に少し育った息子。微鬼水。

 大きなたらいにぬるま湯を張って、最初の頃はおっかなびっくりで、母に呆れられたものだった。
 それでも、大きなどんぐりまなこでこちらを見上げ、きゃっきゃっと時には笑う赤子を見れば愛おしさが募った。
 いつからか目玉の小人妖怪、つまり赤子の父が水木の肩に乗っかって観察するようになり、その度「わしらは人間と違うて丈夫じゃ、そんなにびくびくせんでよい」と声をかけてきたりするようになったが、例えそうだとして(実際墓場から土を割って生まれてきたのだから強いのは確かだろうが)いかにも小さくて柔らかい命をぞんざいに扱うことは水木にはできなかった。
 体を洗ってやりながら、肩や胸のあたりにお湯をすくってかけてやれば、足をぱたぱたさせて声をあげる。気持ちいいのだろう。そう思えば水木の顔もほころんだ。
「おかゆいところございませんか、お客様」
 ふざけて呼びかければ、赤子ではなく肩の目玉が吹き出した。
 ふゃあ、と猫が鳴くような声で手足を動かすだけで、赤子、鬼太郎にはまだわからないだろう。水木を見てはしゃいだような声をあげるだけだ。
 ……不思議なことに、この子は水木以外ではこうはいかない。泣きわめく、まではないが、例えば水木の母が沐浴させてやるのと水木がしてやるのとでは、もう表情から違う。何が気に入らないんだい全く、と母がこぼすのは当然だ。申し訳ない、お母さん、と頭を下げるのは水木の役目。そんな水木に「すまんのぅ」と目を潤ませるのは目玉の役回り。御本尊様はご機嫌よく体を洗わせるだけだ。
「あ、」
 大人でも風呂に入っていると緊張が緩んで催すというのは聞かないでもないけれど、幼い子どもにはそれはもっと顕著だ。
 鬼太郎は相変わらずご機嫌の様子で、ぴっぴっと小便を飛ばした。
「こいつめ〜」
 水木は笑って鬼太郎の脇をやわくくすぐるようにする。
「気持ち良かったか、しょうがないな」
 ハハ、と笑って気にもせず、体を引き上げると横に置いていた手ぬぐいをさっと手に取り手際よく鬼太郎の体を拭いてやる。
 人間の子どもでも、こんな風に沐浴させてやるのはそこまで長い期間のことでもない。だからきっとこれも瞬く間に過ぎてしまう他愛ない日常なのだろうと水木は思う。
 襁褓をあてて、ぽんぽんと粉をはたいてやって。そんな時の水木はうんと優しい顔をしているが、それを見ることができるのは当の鬼太郎の他は目玉のおやじのみである。
「あっ、おい、待て待て、おむつ替えたばっかりだぞ、待っああ
 急に踏ん張りだした鬼太郎に水木は慌てるが、赤子に待ては通じない。
 水木の肩ではおやじまでつられて「ああ〜」と声を上げている。
 スッキリした顔をした鬼太郎は、困りきって苦笑する父達ふたりを見て、指さすように小さな手を振り回すときゃっきゃっと笑った。
「まあ、泣いて食って寝て出すのが赤ん坊の仕事だからな」
 水木は苦笑して、当てたばかりの襁褓を外し始めた。何がそんなに楽しいのか、鬼太郎は足をぱたぱたさせて笑っていた。

「やめてください」
 片手で顔を覆い、もう片手は前に突き出すようにして父達ふたりの思い出話を息子は遮る。かなり切実な声だった。
 しかし、親にとって子どもはいくつになっても何年経っても子どもであり、かわいいものなので
「なんでだ?すごく可愛かったんだぞ、大変だったけどまた育てたいくらいだ」
?!」
「水木や、せがれが混乱しておる」
「なんでだ?」
 心底わからない様子の親友に、目玉のおやじはムムと腕組みした。
 こやつ朴念仁に磨きがかかっておらんか、と内心ぼやきつつ。
「めしだって俺が食わせないと大して食わなくて、あれなんでたったんだろうな。同じものでも、俺の膝にのせてうまいか、うまいだろって食わせるとちゃんと食べたんだ」
 しみじみと昔話を語る水木を前に、とうとう鬼太郎はちゃぶ台に轟沈した。
「なんだ、どうした?」
 まさか自分の思い出話が原因とは思わず、純粋に心配して声をかける友を見ながら、やれやれと目玉が小さな肩をすくめる。
「思春期なんじゃよ。そっとしといてやっとくれ」
思春期!」
 素っ頓狂な声をあげる水木に、ありゃ、わしこれ間違ったかもわからんと目玉は思うが、そこは覆水盆にかえらずで。
それって盗んだバイクで駆け回ったり
「するわけないでしょ」
 潰れていた鬼太郎もさすがに顔を上げた。まったく、この二人が揃うとこんなことが多くて困る。
 水木は、しかし鬼太郎の反論も聞かず義息をぎゅっと抱きしめるとわりと切実な様子で言った。
「ゲゲ郎、俺らの鬼太郎がグレちまったらどうしよう
 グレるって、と鬼太郎は絶句したが、ぎゅうぎゅうと抱きしめられるのは悪くなく、複雑な気持ちだった。
「ま、大丈夫じゃろ」
「そ、そうだよな、鬼太郎に限って
「ゆくゆくの時は、なに、わしにも手はあるでの」
 ニコニコしながら言うにしては不穏で、実際、何やら空気が重くなったような感覚さえあった。
「なんだ、手って」
「そりゃ色々じゃ。手の内明かす馬鹿などおりゃせんわ」
「確かに」
 水木は抱きしめたままの鬼太郎を覗き込み、なんとも切ない顔をした。鬼太郎には効果てきめんの聖母の憂い顔。これに落ちない鬼太郎はいない(はず)。
いつまでも俺の可愛い鬼太郎でいてくれるよな?」
 甘い声での訴えに条件反射で頷いてしまってから、鬼太郎は四半世紀で最大くらいの後悔をした。義親子の関係から抜け出すまでの道のりは未だ半ばである。