アゼムはアーテリス中を飛び回り、アーモロートにいることは少ない。けれどもその少ない時間の中で、彼女は親友達との時間を取ることを大切にしている。君達と過ごすことが私の息抜きになるし、活力になるんだ、と笑う彼女に、エメトセルクとヒュトロダエウスもまた、数少ない彼女と過ごす時間を大切に思っていた。
アーモロートにあるアゼムの家はかなりの高層にある。理由は簡単、いつでも窓から飛獣で飛び出して行けるように、だ。広いその部屋はエメトセルクが持ち込んだテーブルと椅子と棚、ヒュトロダエウスが持ち込んだソファーと照明の他には備え付けのものしかない。ベッドがあればよくない……? と呟く彼女に、家と言うものは帰る導となる場所だ、と説教してから随分と経った。帰る場所は君達のところだから、それなら二人を家に置かなきゃじゃん! と言われた結果、ヒュトロダエウスによりエメトセルクとヒュトロダエウスの可愛らしい小さな人形が棚に飾られている。
そんな彼女の家で、本日は三人でヒュトロダエウスが持ち込んだ酒を飲み交わしながら穏やかな夜を過ごしていた。
「んー、もっと話をしたいけど、明日早くから出ないと行けないんだ」
もう一本開けよう、とアゼムが立ち上がったところでヒュトロダエウスが申し訳なさそうに席を立つ。えー、とアゼムが唇を尖らせれば、埋め合わせは明日にでも、と綺麗なウィンクを決めるヒュトロダエウスに明日も飲むつもりか、とエメトセルクは苦い顔をした。夕方にはアーモロートに戻ってくるから、と言いながらヒュトロダエウスが転移して帰っていくのを見送って、アゼムはうーん、とキッチンにこれまたヒュトロダエウスによって持ち込まれたお酒用の棚を覗き込む。アゼムもエメトセルクもそれなりにお酒を長く楽しく飲めるタイプだ。語らうにはまだ充分な時間がある。
「あ、小さいワインあるんだ。ビンのまま飲めるやつ。二本しかないから飲んじゃおう。君、赤だよね?」
貰い物なんだ、とアゼムが笑いながら瓶を二つ持って帰ってくる。ちょうどグラス一杯分が納まったボトルは確かに贈り物としてはちょうどいいものなのだろう。
「赤と白があるのか。お前は白でいいか?」
「うん、冷たいの飲みたい気分」
アゼムが指先に氷のエーテルを纏わせて自分のボトルを冷やしていく。きゅぽん、とコルクを抜けば豊かな葡萄の香りがふわりと香った。
こつん、と瓶をぶつけて口につける。美味しい、とアゼムは笑いながら皿に出した無花果に手を伸ばしてつまみとる。そしてちらりとエメトセルクを見上げた。
「どう? 赤」
「悪くない。若いかと思ったが深みがあるな」
上機嫌に瓶の中身を覗き込むエメトセルクに良かった、とアゼムが笑う。そのままそのワインをもらった時の任務について話し始めた彼女の横顔を眺めながら、エメトセルクはボトルに口をつける。
随分と長いこと友人をやっている。親友、なんて彼女は言うが、それほどまでに近しい関係だ。きっとアゼムが困った時に一番に喚ばれる存在の自負はある。けれどもそれはあくまでも一番近しい友人でしかない。友人とは、けしてそれ以上ではないのだ。
もうずっとそれだけではない感情を抱いてきて、けれども彼女の信頼を壊す気にもなれず、アゼムが一番に喚ぶ人、という特別にしがみついている。欲を腹の奥底に隠したまま、笑いかけてくるその顔を、その視線を、その指先を、距離を。失うのを恐れて結局、エメトセルクはアゼムの友人をやっているのだ。
今日も異性と二人きり、なんて空気は皆無のまま、飲んで語って、しばらくしてエメトセルクは己の家に帰る。泊まっていけば、なんてあっけらかんと言う彼女に適当な小言を言って、終わりだ。
それでもこのままの関係を変えるつもりがないのだから、どうしようもない。
半分以上飲み干した瓶をテーブルに置いたところで、不意にアゼムがそうだ、と声を上げて、エメトセルクの隣につい、と近寄ってくる。
「なんだ」
「手、貸して!」
「何をする」
「なんで警戒するの。ちょっと見るだけ、ほんとう!」
はい、と手を出してくるアゼムに厭々とエメトセルクは手を乗せた。
乗せた、だけだった。
ぞわり、と込み上げてきたものを良く知っている。知ってはいるが、押さえ込んで堪えて隠し続けてきたものだった。けして、今この瞬間起こすことではなくて、けれども確かに今、エメトセルクは渦巻く感情に一瞬思考を支配された。
脳内を極彩色で満たしていくそれを、理性だけで封じていく。酷く疲れることだが、いつものことだ。けれども何故今、とそっと唾を飲み込む。
「んー、君の手、けして魔導や研究だけじゃない手だよね。んふふ、私のおかげ!」
「……おかげ、か?」
「え、私のせい?」
「そうだろう」
いつも通り、話をできている。大丈夫だ、と舌をひっそりと噛む。酔いが回ったのかもしれない。この瓶を最後にするか、とエメトセルクは息を吐いた。アゼムはエメトセルクの手首と手のひらを両手を使って掴み、顔前に持ち上げてじっと眺めている。
「なんだ」
「…………あのさあ」
えへ、とアゼムが首を傾げて笑った。
「君の手を掴んだら言いたいこと忘れた!」
この野郎、と睨む。お前も大概酔ってるだろう、と言って手を引っ込めようとして。しかしアゼムは思いの外強く握って引き止めた。
「君の手って肉厚だね。厚さがあるし大きい」
不意にアゼムが手のひらを合わせるようにくっつける。ぞわぞわと込み上げてくる感情は余計なものだ。雑念を消し去りたくて、しげしげとエメトセルクの手を見つめているアゼムから目を逸らした。けれども不意に指を絡めるようにぎゅっと握られ、エメトセルクは目を見開いてアゼムを見た。
「ほら! 握るとよくわかる。厚さがすごい。骨が太いのかな」
そんな恋人同士のような指の絡め方を即刻やめろ、と言いたいが、言ってしまったら最後、隠し通してきた感情が転がり出しそうで、黙り込んで何もかもを飲み込むことしかできない。
「手首も太いし、指も太い……かたいし、ごつごつしてる……男の人なんだなあ」
(男じゃなければ、なんだって言うんだ)
怒鳴りつけてやりたいが言葉を必死に飲み込む。すり、と指の股を擦り合わせて、女らしい細い指先がエメトセルクの手の甲の骨を撫でる。アゼムの親指がエメトセルクの人差し指と親指の間の柔らかなひだを揉んで、クリーム塗り込んだ方がいいんじゃない?なんて揶揄うように笑って。
なるべく、いつも通りに。エメトセルクはゆっくりと溜息を吐く。籠った熱を吐き出してるのをバレなければいい。かり、とアゼムの爪が微かにエメトセルクの手を引っ掻いて、ようやく手が離れていく。ようやく腹の奥の疼きがおさまって、エメトセルクはすぐさま手を引っ込めた。
「ん、ありがとう! 何言おうとしたんだっけなあ」
「……どうせ大したことでも無い」
「ひどい」
どこか悲しげに俯く彼女を鼻で笑いながらワインの瓶に手を伸ばす。それを一気に飲み干して、エメトセルクはなるべく自然に見えるように立ち上がった。幾分疼きがおさまったからといって、欲とはそう簡単に綺麗に消え失せるものではないのだ。これ以上酒に溺れて碌でも無いことになって、長年築き上げてきたこの場所を失うのはあまりに馬鹿げている。
「私もそろそろ帰らせてもらう。お前もこれ以上飲むなよ」
「えー。泊まってきなよー。ソファー貸すよ?」
「……ついさっき、私も男だったなどと言い出したのはお前だろうが」
「君って本当に潔癖で真面目だよな」
腕置きに肘を置いて頬杖を付きながらアゼムがエメトセルクを見上げる。そして手を伸ばしてエメトセルクのローブの裾を掴んだ。
「君、この後なんだけど誰かに会う予定あったりする?」
なんだ、と見下ろせば、何故か視線を逸らされた。少し俯かれてしまえば、仮面がなくともその表情は分かりづらい。それでも、その声が僅かに震えてることに気付けたのは、きっと重ねてきた時間があったからだろう。
「特に無いが」
「うん。それがいい。……今ね、君は好きな子に触れたらめちゃくちゃ発情しちゃう媚薬を飲んでるからね!」
「は?」
……は?
こいつは、何を言っているんだ?
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