sasisuse07
2024-08-05 15:37:23
3071文字
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同化

狐雨イサンやウティスと同じ存在になる狐雨ヒースクリフの話

狐の鳴き声させたいな…の一心で書いたけど調べたらホントの狐って犬寄りの鳴き声らしい 涙
世にも奇妙な物語テイストをめざしたんですが難しいものですね〜 雰囲気で見ていただけると助かります

ヒースクリフが違和感を感じたのは、ほんの些細な日のことだった。

いつも通り雨の降り注ぐ裏路地、傘もささずフードを深く被り目を閉じ過去の味を嘗め、復讐の味を啜り、技術への憎悪を煮立たせ、明日へと備える。そんなことが定型となってしまった夜のこと。彼​───────ヒースクリフは、何気なくちかちかと消えかけている街頭に照らされた道路の方へと目をやった。
路地の外、表の道を歩くのは自分に見向きもしない​人々……いや、そもそも自分以外に興味もなく犠牲を伴って生まれた技術を甘受するのに忙しい人々の群れ。どいつもこいつも憂鬱そうに、自分だけが不幸だと思い込んだ顔で……、そこまで考えて舌打ちを鳴らし、再び目を瞑ろうとしたタイミングでヒースクリフはふと違和感に気づき、再度目を擦りながら道路の人々へと目をやった。
身体中油まみれで疲れ果てた男、翼への新入社員だったのかスーツを着てまだ希望に満ちた目を湛えた少女、困り果てた様子でキョロキョロと何かを探す青年​───────、その誰の顔もはっきり見える。そう、雨の日の夜でありながらも。昨日までであれば、当然見えることのなかった人々の顔が今はっきりと見えるようになっていた。明らかに夜目が効きすぎている、自分の着ているEGOスーツの影響がじわじわ出てきたのか、明日イサンに話を聞きに行こう。そう思いながらふらりと路地裏の奥に消え、ぴちゃぴちゃと水溜まりを踏み締めながらヒースクリフは今日の寝床の路地裏を探しにいく。



ヒースクリフは気づかなかった。道路でひっと小さな声を上げた女性がいたことを。

彼女には見えていた。闇に浮かぶ薄紫の輝きが​───────狐のように縦に刻まれた瞳孔が浮かんだ、ヒースクリフの瞳の輝きが。





「起きろ、童」
「おどろきて、ヒースクリフ君」

……そんな声で目を覚ます。目を開けたヒースクリフが顔を上げれば廃墟に似つかわしくない黒髪のレインコートを着た男と、茶髪のレインコートを着た女性がヒースクリフを見下ろすように立っていた。それだけであれば、まだ普通の人間かと思われるが2人は少し違う。頭に黄色に近い茶色の耳いわゆる狐耳を生やし、下半身には狐の尻尾が生えていた。本来はふわふわしているだろうに水に濡れたのかしっとりとしており、ヒースクリフが起きたことで黒髪の男の方の尻尾が少し揺れているのが見える。
ああなんだ、いつもの幻覚かとヒースクリフは考える。彼らはこのEGOスーツを着てから常に見える幻影だった。彼ら​───────黒髪の男の方は自らのことをイサンと名乗り、茶髪の女の方はウーティスと名乗った。ウーティスのほうはまだいいとしてイサン、その名前は技術解放連合のリーダーである梅の彼と同じ名前だ。しかも喋り方すら似ている、ほぼ同一人物と言っても過言ではないだろう。そんな事情もあり、ヒースクリフは早々にこれが自分の脳が、このEGOスーツがもたらすものか、幻想体の影響かなにかで作り出した幻覚幻聴なのだと片付けることにした。そもそも消そうと思って傘を振り回しても消えることはなく、よく考えればスーツを着てる時にしか見えないのだからほぼ害はなかった。……はずだったのだが、今日は何やらいつもよりはっきりと姿が見える気がするし、声も何やらハッキリと大きく聞こえるような気がする。しかもにやにやと嬉しそうに見下ろしており、ヒースクリフはそんな2人(2匹?)に対して少しばかり一抹の不安と苛立ちを覚えた。

「今日は何の用だ、お前ら。」
「今日は君に朗報を持ちこし、おのれのさまを見よ。」
「自分の姿を見るといい。」

やけにしつこく、己の姿を見ろ。と言ってくる2人の狐。声を無視して二度寝をしようかと思ったが、無視したところで永遠と話しかけられ続けるだけだと早々に悟ったヒースクリフは言われるがまま、廃墟に落ちていたガラス片で己の姿を確かめることにした。
薄汚れたレインコート、黒いシャツに白いネクタイ。なんだいつも通りかと、縦になった瞳孔を動かし己のおかしい所を探る、あと違和感があるとすれば頭の上に生えた獣の耳ぐらいのものだが……。と、そこまで考え、ヒースクリフは思わずガラス片を投げ捨てた。明らかに昨日までなかったものが生えていることに、少しの間とはいえ違和感を持たなかったからだ。驚愕し続けるヒースクリフに、2人の狐は"肩をぽんと叩き"両耳から囁いた。

「な、なんなんだこれ!?」
「ああ、やっと気づいたかヒースクリフ。今お前は私達と同じになろうとしている。」
「さ驚かずべきぞ、それはよき兆候なり。さだめて……今よりも強くなるべきことならむ」

私達同じになろうと、つまり幻想体か何かと同じになろうとしている。だが、ヒースクリフにとってその言葉はまだ警戒すべきものではないと無意識に片付けられてしまった。ヒースクリフが優先したのは狐のイサンが語る更に強くなっているという言葉。その言葉は彼に​─仲間を1度失って失意の中に沈み込んだ、彼にとっては甘言に近しい言葉だった。この姿すら受け入れれば、まだEGOスーツの力を引き出して強くなれるということだとヒースクリフは結論づける。あの時、1度仲間を失った時に受けた後悔と屈辱は今も尚怒りとして彼の中に燻っていたから。更なる力さえあれば、きっと新しい世界を作るための1歩がまた踏み出せる。こんな耳程度が生えたぐらいで強くなれたのであれば安いものだ、どうせレインコートのフードは常に被っているのだから見えることはないだろう。そう、"このしっぽ"だって一生EGOスーツを着ていれば、隠し切れる程度のことである​───────。傍から見れば人ならざるものに誘い込まれている光景に、異を唱える人間はこの場にはいなかった。

「さあヒースクリフ君、我らとともにかのかたへ行かむ。」
「はぐれないように手を繋ぐぞ。お前はなったばかりなのだから」

「こあん」

ヒースクリフから発された、最早人の言葉ではないこの肯定の言葉に、ウーティスとイサンは目を細め深く笑みを浮かべる。
久方ぶりの増えた仲間である。彼らは決して離しはしないであろう、ましてやあの梅の男に盗られることは決して彼らは許しはしない。
3匹の狐は雨の中傘を差し合い、新しい世界を作るためなど話し合いどこかへと向かった。本当はイサンの言う向かうべき土地など、彼らには存在していないのかもしれない。だがそんなことは瑣末だろう。きっと彼らは彼らだけで話し、歩いているだけで喪失感も哀しみも薄れゆくのだろう。しとしとと振る雨に耳と尾を揺らし、彼らはまるで親子の群れのように歩き続けるだけだ。
こうやって人間という枠組みから1人の男が消えた。大多数の人間には知られることも悟られることもなく、最期に人間の「ヒースクリフ」は消えていったのだ。でも決して孤独ではなかっただろう、何せ周りには同じ気持ちを分かち合える狐が2匹寄り添っているのだから。




​───────雨の日の路地裏からはこあん、こやん、こん。そんな3びきの狐の鳴き声が聞こえるらしい。……ああ、でも覗き込んではいけないよ。そんな余計な関心なんて抱いたら……彼らを濡らす鋭い棘のような雨、そんな雨に似た誰かが捨てて破れてしまった傘の骨で、身も心もズタズタにされて殺されてしまうかもしれないから。好奇心という餌はあの狐達に、1番あげちゃあダメだからね。