コーラル発酵中テキサスシャーク
2024-08-04 18:55:53
1740文字
Public
 

一般モブ事務職員♀がフロイトを一般作業員だと勘違いするだけの話

CP要素無し、10割幻覚。

その男は何処にでもいそうな人物に思えた


 良くある転属で見知らぬ前線基地の事務作業につくことになった彼女は、ふと青い光に誘われる様に生まれてこの方縁の無かったガレージに足を踏み入れた。

 そこに佇む巨大な人影、AC。MTから派生した人型兵器、要は戦争の為の道具だ。しかし硝煙の臭いから遠く離れた本部の一般職員であった彼女には、ACは単なるスポーツカーのようなものとしか思えなかった。

「ACが好きか?」

 好奇の目で見慣れないものをまじまじと見上げる彼女は、唐突に男に声を掛けられ小さく身を跳ねた。

 一瞬、息が詰まった。
 アーキバスのロゴが入ったキャップを被った男は、ここにいてはいけない何かに思えた。だが、まわりの整備士達の反応と光景に溶け込む服装からして彼もまた一職員のようだ。

 その独特な眼光以外は。

「好きかと言われましても……

 仕事だから、としか返すことができない。それ以下でもそれ以上でもなく、彼女にはそれだけのものでしかなかった。
 男は大袈裟に肩をすくめ、彼女への関心は瞳から薄れていく。しかしその直前、彼女は再び口を開いた。

「嫌いではありません」

 率直な言葉だった。

 男は空を仰ぎ見る。高い天井から降り注ぐ照明はこの薄暗いガレージでは太陽そのもの。
 そして光を反射する青い機体は青空に思えた。

「この機体はこんな狭いところよりも、外の方が似合うでしょうね」

 彼女も隣の男を真似るように視線を上げる。
 企業の所有するACながらアーキバス以外の……例えば競合企業ベイラムのパーツが混ざる奇妙な機体。
 世間体も気にしない、さながら何処にも属さない気ままな独立傭兵のようなそれを男は親しみを込め名を呼んだ。

その名に彼女は驚愕する。

 ロックスミス、アーキバスの有する強化人間部隊のトップに君臨する傭兵の機体。戦場に縁を持たぬ彼女ですらその名を知っている。そんなものの整備を担当するということは、この男は見た目以上に重要な地位に属しているのやもしれないと彼女は少しばかり印象を訂正した。

 ほどなくして男が整備という「仕事」に取りかかろうとしたところ、ガレージに落雷のごとき怒声が響いた。

「何を勝手にやっているのですか!?」

 怒る男は強化人間部隊ヴェスパーの第二隊長スネイル。彼のことはこの基地に疎い彼女でもよく知っている。スネイルはアーキバスの戦闘員でもあり、同時に優秀な社員であったからだ。要するに、彼女の上司でもある。
 彼は神経質な顔を歪め、彼女の横に立つ男に向け罵声混じりの怒りをぶつけた。

「見ての通り新しいアセンの調整だが?お前も付き合えよ、今回のは面白くなりそうなんだ」

 キャップをかぶった男は全く動じることなく、彼女と言葉を交わした時と同じ調子で気軽に応じた。

「勝手にパーツを変えるな!とは言いませんが、攻めて傘下の企業から選びなさい!それに無許可は当然受け付けられませんよ!」
「パーツの発注は俺がやった。交渉も済んでいる。パーツ換装とデータ取りの人員配置も問題はない。あとはお前が了承するだけだ」

 なんという暴挙だろう。ただ一介の職員に許される行動であるはずがない。
 しかし、このただ凡庸そうな男はヴェスパーの実質的リーダーに臆する事なく、むしろ相手を怯ませる。その独特な場違いな眼光に射抜かれ、スネイルの言葉は喉奥に蹴り戻されてしまったようだ。

 気圧されたスネイルは苛立ちを背に浮かべ立ち去った。それを見送ることなく、この凡庸な男は視線を戻した。
……まるでひと時の通り雨が過ぎ去ったようであった。

 蒼穹がよく似合う濃藍の機体を見上げ、異彩を放つ視線は笑みを携える。傲然とも言える歓喜に満ちた男の横顔は、凡たる彼女の記憶に深く刻まれることとなった。


 一般職員である彼女には、ACは単なるスポーツカーのようなものとしか思えなかった。
 きっとこの男も、私と同じ感覚でACを見ているのだろう。子供のような瞳の輝きを横目に、漠然と彼女は思ったのであった。


 彼がロックスミスの搭乗者であるヴェスパー部隊V.Ⅰフロイトだと知るのはまた別の話である。