shirajira
2024-08-03 21:29:58
5936文字
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向かい合うならあなたがいいわ だってあなたは好敵手

2024.8.3ビマヨダワンドロにて。お題「運動」。夜の運動(隠語)をやめろと言われたビマの話。

 少し、夜の運動は控えてもらった方がいいかもね。
 少女の姿をした技術顧問、ダ・ヴィンチからビーマがそう言われたのは、ドゥリーヨダナが三度目の不調で周回を休んだ日のことだった。何も知らないマスターは、ドゥリーヨダナのことを大層心配しているらしい。
 居心地の悪さと申し訳なさに、ビーマは善処する、と答えてその場を辞した。わかった、と即答できなかった自分に、忸怩たるものを感じながら宛がわれた自室に戻る。
「おい、起きてるか」
 ベッドの上で布団を被り、こんもりと山のようになっている男を揺すると、山が揺れて男が顔を覗かせた。
「ん……
「喉は渇いてねえか? 何か、食べるか?」
 普段より輝きを失った瞳が、ぼんやりとビーマを見つめ、二、三度瞬きを繰り返したかと思うと、ゆっくりと閉じていく。まだ不調が残るようだった。
「ドゥリーヨダナ」
 名を呼ぶと、閉じかけていた目蓋が震えて、またゆっくりとその下の瞳を覗かせた。びぃま、とこちらの名を呼ぶ声はつたない。布団の下から伸びてきた手が何かを探すようにさ迷うものだから、ビーマはその手を握ってやった。途端に満足したように、ドゥリーヨダナはまた目を閉じてしまった。
 ビーマはため息をつき、ドゥリーヨダナを起こさないように注意しながら、ベッドの上に上がった。布団をめくり、すやすやと眠る顔を確認する。半開きの口からよだれが垂れていた。午睡を楽しむ子供のような顔だ。
 握った手の、少しかさつき弾力のある皮膚に触れながら、ビーマはもう一度、ため息をついた。
 いったい、どうしてこうなってしまったんだろうと思いながら。


 食欲、睡眠欲、性欲あるいは排泄欲。英霊というのはおおよそ、生き物として必要な欲からは解放されている。
 食事を取る必要はなく、眠る必要もない。排泄もしなければ、子をなすことはできないから性欲も不要。そういう存在だ。
 けれども必要ないということはいらないということではないし、かつてを知っている記憶に引っ張られて、体は誤解し、欲を持つ。ここカルデアでは、多くのサーヴァントが食事や睡眠を楽しんでいた。
 その延長線。言ってしまえばそれだけの話なのだ、ビーマが本来相入れないはずの男、ドゥリーヨダナと肉体関係を持ってしまったのも。
 どうしてこうなったのか。なってしまった後に考えてみたところで、よくわからなかった。互いに拒絶しなかったから、というのが一番近いように思う。
 たまたま互いに、昂っていて。目が合って。人目を避けるように移動して。どちらともなく触れて。離れるどころか意地を張るようにくっつきあって。そしたらもう、そうなっていた。
 一度なら何かの間違いで済ませたかもしれないのに、一度やったなら次もと、何の疑問も持たずに手を出し合って、そこからはもう、滅茶苦茶だ。
 今では週に二度、酷ければ二日に一度は触れ合っている。おまけに時間まで伸びてきた。
 いくら関わりが深いとは言え、神性持ちのビーマと魔性持ちのドゥリーヨダナの魔力は、そこまで相性がいいわけでもない。おまけに魔力は足りている。
 不必要な魔力供給、おまけに高頻度長時間。その皺寄せは、ドゥリーヨダナの体に度々現れた。
 本当に些細な、喉がイガイガする程度のものもあれば、今回のように意識が酩酊して、全く動けなくなってしまうこともある。体調不良を理由にドゥリーヨダナが周回を休むのは、今回で三度目だった。
 プライドの高い男は体調不良でもしっかり自分の手で休暇申請のメールを書き――わし様がおらんでお前も寂しいだろうが云々、だが働き手は他にもおるだろう云々、文字だけでもとにかくうるさい――送信ボタンを押してから、電池が切れたように眠りにつく。
 三度目にもなると、さすがにいぶかしがられる。前回から一ヶ月も経っていないのもあるだろう。それで、ダ・ヴィンチがビーマを呼び出した。
 プライベートにまで口を挟みたくはないが、マスターに余計な心配をかけるようなことはするな。節度を持て。そう釘を刺したかったのだろう。
 俺たちのことは、誰も知らないはずなんだが。ダ・ヴィンチはどこで知ったのだろう。それとも、バイタルとかいうのを見れば、俺の魔力がこいつに混じっているのがわかるんだろうか。
 思いながら、ビーマはドゥリーヨダナのよだれを拭ってやった。口元に何か触れたからだろう、むにゃむにゃとドゥリーヨダナがむずがるように唇を動かす。
 日中も、夜も、よく動く口が、今は静かだ。ビーマはぼんやりと、もにゅもにゅ動いている唇を指でなぞった。少し押し入れると、唇が柔らかくビーマの指を食む。下半身に熱が集まりそうになって、思考を散らす。
 夜の運動は控えろ、か。
 控えるってどのくらいだ。頻度を減らせばいいのか。それとも時間? 俺が射精する回数? こいつが射精したり潮を吹いたりする回数? むしろヤらなきゃいいのか? キスだけならいいのか? 抱き合うだけなら?
 それとも、しばらく、一切触れ合うなってことか?
 聞けばよかったな。まあ、しばらくはお互い距離を置くのが一番いいのだろう。
 頭ではわかる。けれども心は納得していないから、本当にそれが一番いいのかと疑問を呈し始める。
 目を離したら何をするかわからないようなやつだぞ。距離を置いて、気づいた時にはもう手遅れになっているかもしれない。
 そんなのは嫌だ。だって、せっかく、こんな。
 思わず手に力が入る。途端、閉じられていた目が開き、ピンクサファイアがビーマを映して瞬いた。


「確かに『夜の運動は控えてね』って遠回しな言い方した私もよくなかったかもしれないけどさあ! 昼にしてねって意味じゃないんだよね!」
……面目ない。すまん」
 本当に面目なかったので、ビーマは素直に謝った。ダ・ヴィンチがふう、と息を吐く。
「いや、私も悪かったよ。遠回しな表現はこういう時に使うもんじゃないね。……運動なんて言葉をにごさず、はっきり言おう、ドゥリーヨダナとのセックスは控えてくれ! 少なくとも、彼の霊基が安定するまでは! ストップ!」
 ドゥリーヨダナが体調不良を起こしたのはこれで四回目だった。ビーマがダ・ヴィンチに夜の運動は控えるよう言われた、実に三日後のことである。
 夜が駄目でも昼ならどうだ? 昼は止められとらんのだろ、時間も開けば魔力も馴染むかもしれんし。
 そんなトンチのようなことを言い出したのはドゥリーヨダナだったが、そのトンチに乗っかってしまったのはビーマだった。どちらが悪いかと言えばそれは――自分の方だろう。少なくともビーマはそう思う。
……控えるってのは、具体的にはどのくらいだ? 頻度か? 回数か? それと、あいつの霊基が落ち着くまで、俺が触れるのも控えた方がいいか?」
 恐る恐る尋ねたビーマに、ダ・ヴィンチは眉を下げながらも笑みを浮かべ、「うーん」と小首を傾げてきた。
「これは技術顧問としてというより、個人的な興味の範囲だし、それにあんまりプライベートなことに突っ込むのもどうかと思うんだけど……君たちは付き合ってるのかい? これはいわゆる恋人関係かどうか、って話なんだけど」
……いや、付き合ってはねえな」
 少なくともビーマの認識ではそうだし、恐らくドゥリーヨダナも同じであろう。多分。
「そうしたいって気持ちは? 君はドゥリーヨダナと、どうなりたいの? どんな感情で、今彼と触れ合っているんだい? というのもね、私からは君の行動理由も、質問理由もわからない。聞かれるままに答えるのは簡単なことだけど――背景を知らずに型通りの回答をしたところで、それが本当に適切な回答と言えるのか。そこがどうしても引っ掛かっちゃってね」
 黙り込んだビーマの顔を見て、嫌なら答えなくてもいいよ、とダ・ヴィンチが言う。ビーマは首を横に振った。
「いや、嫌だとかそういうんじゃねえ。ただ、どう言葉にしたらいいか、それがわからん」
「そう。まあ今すぐでなくてもいいよ。――それから、ドゥリーヨダナが落ち着くまで、触る程度なら構わないよ。粘膜接触は避けてほしいところだけどね」
 それから二、三言話し、ビーマは礼を言って、その場を辞した。廊下を歩きながら、ダ・ヴィンチの問いを反芻する。
 最初は、それこそ運動のようなものだった気がする。体を動かし技巧を以てして相手を屈服させるという意味では、セックスは競技とよく似ていた。
 そして競技の相手という意味であれば――生前からドゥリーヨダナは、ビーマの相手として不足のない男だった。
 あの男を屈服させるには、一回抱いた程度では足りない。だから何度も、長い時間、じっくりと抱く必要がある。
 いや、これは結局、後から理屈をつけているだけだ。ビーマは自分の考えを否定する。そんなことをいちいち考えて、あの男に手を伸ばしているわけではない。
 腕を掴んで、腰を引き寄せた。唇を合わせた。服の間から手を差し入れ、その体をまさぐった。
 どれも拒絶されなかった。受け入れられた。向こうも同じようにしてきた。それが、そう。
 嬉しかったのだ。
 単純に嬉しかった。あの欲深い、逃げ腰の男が、逃げずに自分を見つめている。それが、嬉しかった。
 生前傷つけ合うしかなかった男と、屈服させることでしか傷つけ合うのをやめられなかった男と、それ以外の体の触れ合いができている。それが、嬉しかった。
 気持ちがいいだけの、運動。勝ちを争う必要も、傷つけ合う必要もないそれは、生前取ることができなかった手段だ。
 夢のようだ。だから何度も確認してしまう。毎晩のように肢体を抱きしめ、額を合わせ、鼻先を擦り合わせる。くっけられるところは全部くっついて、相入れないはずの男と、一つに溶け合ったような錯覚を得る。
 叶うなら、永遠に続けていたいと思う。棍棒術で純粋な打ち合いをしている時、この瞬間がずっと続けばいいのにと、終わりにしたくないと、そう思ったように。
 好きだとか、恋人関係になりたいとか、そんなことは考えたこともなく、ただ嬉しくて、楽しいから――許されるなら、まだ続けていたかった。
 そのために必要なのが恋人という肩書きならそうするし、頻度を落とせばいいなら落とす。
 だから、終わらせないでくれ。まだ合図を送らないでくれ。
 いずれ終わりが来るとわかっていても、まだ。終わりにしたくない。
「と、俺はそう思うわけだが、お前はどうだ」
 部屋に戻ったビーマが、今日も今日とてビーマのベッドの上でくたりと四肢を投げ出していたドゥリーヨダナにそう言うと、ドゥリーヨダナは目を泳がせた。
「おい、どうなんだよ」
「ええい急かすなこのせっかちめ! 帰ってきたと思ったらいきなりお前の胸の内を聞かされた、こっちの気持ちにもなれ! 突然ワッと言葉を浴びせて、申し訳ないとは思わんのか! だいたい、恥ずかしくはないのか!?」
 体を動かす元気がないだけで、頭ははっきりしているらしいドゥリーヨダナがわあわあ喚く。ビーマはその口許にストローを差したコップを持っていってやりながら、答えた。
「だからって端的に語っても、てめえはねじ曲げて受けとるだろうが。なら最初から、全部話しちまった方がいいだろ」
 んくんく、とストローから水を飲んでいた唇が、への字になる
……まあ、な。正直に話したことは、評価してやる。恥ずかしいやつ~とは思うが」
「俺は別に恥ずかしくはねえ」
「あっそ。……聞くやつが聞いたら、お前はわし様にメロメロなのだと、そう勘違いしたかもしれんぞ? 触れるのも拒絶されなかったのも嬉しくて、ずっとそうしていたいだなんて、まるで愛の告白のようだ」
 まあわし様は賢いのでな、そんな勘違いはしないわけだが。お前はわし様という運動仲間、いや対戦相手がほしい、それだけなのだろ。
 軽薄そうでどこか攻撃的な笑みを、ビーマはただ見つめた。ゆっくりと口を開く。
「別に勘違いされてもいい」
…………は?」
 ぽかんと開いた口から覗く、赤い舌を見る。キスはしばらく我慢しないといけない。思って、目を逸らす。
「俺の気持ちが恋なのか、愛なのか、わからん。そのどちらか、あるいはどちらともなら、きっと周りは納得するんだろう。それでお前と今の関係が続けられるなら、そういうことにしてもいいと思ってる」
「いやお前、それはいくらなんでも」
「呼び方なんて何だっていいんだ。夜の運動と呼ぼうがセックスと呼ぼうが、やることは同じだろ。だから恋でも愛でも、ああ、お前にメロメロでも、何でもいい」
 ただ俺は、今度こそ誰にも邪魔されず、誰に気兼ねすることなく、お前と同じことをして共に過ごしたいんだ。お前も同じ気持ちだったら、嬉しい。
 告げると、ドゥリーヨダナは少し考えるような素振りで天井の方に目をやり、それから言った。
「別に夜の運動でなくても、それこそ運動なら何でも良さそうに聞こえるな」
「かもな。でも、お前だってどうせなら夜の運動の方がいいだろ」
「は?」
「勝っても負けても気持ちいいだろ。お前みたいな負けず嫌いでも、気持ちよく楽しめる。俺ばっかり楽しくてもな、意味がない」
 先に射精した方が負け。いつの間にかそんな空気があって、毎回互いに躍起になっている。どうせ最後には、そんなのどうでもよくなってるのに。
……聞き捨てならんなあ。まるでわし様がいつも負けてるようではないか!」
「違ったか?」
 跳ね上がった眉を見てビーマが微笑むと、ドゥリーヨダナがよろよろと体を起こした。
「そうまでして言うなら、今ここでお前を無様にイかしてやる! 敗北の味を思い出させてやるならな!」
「ヤらねえよ。しばらくお前とはヤるなって言われてる。……体、きついんだろ。そんなやつ抱いたって楽しくねえし」
 肩を押せば、ドゥリーヨダナの体はすぐにシーツの上に逆戻りした。口を尖らせた顔を覗き込む。
「お前が元気になったらな。またやろうな」
 まるで次の試合の約束をするようにそう言えば、ドゥリーヨダナはフンと鼻を鳴らした。
「覚えてろよ! とっとと不調なんて治して、お前から搾り取ってやるからな!」
「ああ。楽しみにしてる」
 額に口づけを落とす。ドゥリーヨダナの眉間が僅かに和らいだのがわかって、思わず目元にも口づけを落とした。
 唇へのキスは我慢して、代わりに鼻をすり合わせ、ビーマはドゥリーヨダナの手を握り、早く元気になれよと、そう祈った。