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2024-08-03 19:21:05
6746文字
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深海へようこそ

ACのパイロットにはなりたくないけどこっそりシミュレーターで遊んでる夢主がフロイトに見つかってしまう話
※not621

「ベストタイムが塗り替えられてる」

アーキバスコーポレーションが擁立するルビコン駐屯地の辺境、深夜3時の事務員寮娯楽室。間引きされた蛍光灯のせいで部屋の中は薄暗い。誰も寄りつかない娯楽室の三分の一を占めている、1世代前のACシミュレーターに座った私は、操縦桿から手を離して腕を組んだ。
最新式が導入される時にお役御免となったこいつは、先進局が勝手に引き取り、辺境に出向した人間によくある娯楽の少なさゆえの持て余した熱意を浴びて、すくすくと魔改造を施された。ある意味表に出てはいけない物品である。
改造にもみんな飽きたようで、だが埃をかぶっているそいつを捨てるのも勿体無いと、物置状態となっていた事務員寮の娯楽室に収まった。
そんなシミュレーターにはAC100台組み手、ぐらぐらACタワーゲーム、アーキ坊やふれあいモード、ヴェスパーAC擬人化ギャルゲー『晩鐘の鳴る頃に』……など様々な機能があるが、私はもっぱらヴェスパーの経験した過去ミッションのタイムアタック機能で遊んでいた。
タイムレコードには勝手に第二隊長の名前を借りた「スネイル」こと私のタイムがずらりと並んでいるのが常だったのだが。
「私のじゃないスネイルだ」
しかも2秒も早い! かなりやりこんだミッションだったのに、詰められるところは全て詰めた結果があっけなく塗り替えられているのを見て、指先が少し冷たくなった。
震える指先で第一位のスネイルのゴーストを再生する。機体は軽めの四脚、近接武器には太陽守……ベイラムのライガーテイルをアレンジしたかのようなアセンブルだ。歩く地獄、というより飛び回る地獄、というような具合か。半透明のゴーストは縦横無尽に羽ばたきながらMTを殲滅する。
このミッションは弾薬不足になりがちなのだが、どうやらこのゴーストは飛び回ることで相手を誘き寄せて一点に攻撃を集中して叩き込み、火力を保持しつつ長期戦にも耐えられる戦法をとっているようだ。誘き寄せる時間はもう少し削れそうだ。肩はグレネードからタレットに変えるのもいいだろう。
「でも2秒か……長いな」
ゴーストの操縦に粗はある。だが、事務員寮の誰かが起きてくるまでにその粗を削ぎ落とす操縦ができるかは、また別の話である。
シミュレーターで遊んでることが上層部にバレれば、パイロット適正審査にかけられるのがオチだ。それは避けなければならない。
……待てよ? この2秒速いスネイルはここに来てシミュレーションを遊んだということではないか? バッタリ出会う可能性はゼロではない。
慌ててタイムスタンプを確認する。15時28分。
「勤務中かよ」
少なくとも昼間に働く文官ではない。シフト勤務組の誰かだろう。ならばかち合ったとしても賄賂でどうとでもなるか。経理部門の端くれなので、予算の色の付け方は熟知している。横領ではない。あくまで予算の使い道を、ちょっと融通効かせるだけだ。
その「ちょっと」が、物資が不足しがちなルビコン駐屯地では鬼の金棒にもなり得る。
「よし」
2秒短縮、この夜でやってみせようじゃないか。誰かが起きてくる前までに、1位のタイムスタンプを塗り替えてやる。
「まずはいつものアセンでいこう。今日もよろしく、『ジンチョウ』」

「ふぅ……2秒とコンマ3秒、きっつい……
ランキングが表示されっぱなしのVRゴーグルを外す気にもならない。コックピットに身を預け、大きく深呼吸をした。1位のタイムスタンプは更新されて、午前4時39分のスネイルがギラギラ光っている。
ギリギリの戦いだった。ただひたすらに己の無駄を削ぎ落とす作業。思考も体も余分は許されない。仕事よりも疲れる。
だが、それが好きだった。人間関係や辺境出向とか色々なものを忘れて、ただひたすら己をあるべき姿へキャリブレーションしていく作業。それがたまたまACを介在することになっただけ。なんでもよかった、ただ目の前に丁度シミュレーターがあった。それだけ。
大きく伸びをしながらほわぁ、とあくびを一つ。
「寝るかぁ」
「寝るのか?」
「え?」
肉声がする。反射でそちらを向けば、何者かが私のVRゴーグルを外す。
「ちょっと、返して下さ、」
「いい動きだ」
現実に戻った視界の中、暗がりの中に男がいた。目が眩んで容姿は全くわからない。男はVRゴーグルを片手に持ち、操縦桿に置いていた私の手の甲を、空いている方の指先でなぞる。
「退屈には程遠い」
男の指が私の浮いた血管を、的確に遡上する。
鳥肌が沸き立つ。シミュレーターで遊んでいたことがバレた焦りよりも、目の前に意思疎通の図れない人がいるという未知の恐怖の方が強い。シミュレーター外付けのランキングが表示されたままのサブモニターの光で、男の瞳が輝いている。その目から逃げられない。
光が静かに訴える。お前の栄光は全て俺のものだ、そう言われているかのような。網膜に映る『スネイル』の文字に、背筋が震えた。
このままでは全て奪われる。何が? わからない。だが、このままではよくない。ここにいることがバレれば、そうだ、適性検査にかけられてしまう。
「お前のアセンはこれか? なるほど。ベイラムの二脚はいいチョイスだ。俺も普段使っている」
「ね……
「タレットか、珍しい。そういうのもあるのか。ジェネ容量が足りないかと思えば技量でカバーするとは──」
「寝ます!」
私は急いで立ち上がり、語り出した謎の男の脇を抜ける。
「おい、」
ジャケットの裾が刹那ひらめきを失い掴まれそうになるが、すんでのところで身を屈めてかわした。内勤で鈍った太ももを叱咤激励しながら、娯楽室の扉をくぐる。
後ろから足音はしなかった。だが、得体の知れない恐怖が今でも歯を浮かせる。事務員寮の女性フロアのカードリーダーに社員証を叩きつけ、あの男が入れない聖域に入ってようやく私は膝から崩れ落ちた。
「はぁっ、はあっ……こわ……
娯楽室の幽霊か? それともシミュレーターの怨霊か? 魔改造されたことに腹を立てて、でも文句を言える人間が私くらいしかいないから、とか?
幻覚にしてしまいたい。肩を跳ねさせたまま、右手の甲を見る。
あいつ、私の血管を寸分違わずなぞってきたんだよな……私と目線ガッツリ合ってたから手の甲を見もせずに……気持ち悪……
幽霊と断定したいところだが、血に鳥肌が立ちすぎていて幻覚には程遠い。そして男の瞳に映ったスネイルの文字は、あまりにも輝いていた。その煌めきがどうにも澄んでいて。
……寝るか」
息も落ち着いてきたところで立ち上がる。空は白み始めたけれども、あと1時間くらいは眠れるだろう。早足で居室に向かった。

⭐︎

娯楽室でとんでもない男と出会ってから、だいたい6時間後。知的労働に睡眠不足が響く。数字と睨み合いをするのに飽きてきたので、コーヒーを調達しようとリフレッシュルームに入れば仲のいい同僚がいた。
「よ」
同僚は今できたばかりであろうコーヒーが並々注がれた紙コップを、躊躇なく私に差し出す。そのくらい先に飲んでもいいのに、と思いつつ紙コップを受け取った。
同僚はもう一回コーヒーを淹れながら話す。
「今日の朝さ、閣下が寮の女子フロアの入り口に来てたのヤバかったよね」
「そんなことあったんだ」
「えっ!? 知らな……そうだった、アンタはギリギリ出社組だった」
「そりゃギリギリまで寝てたいし」
「知ってる知ってる」
同僚は呆れたように言う。私は一口、泥水で唇を湿らせる。うん、不味い。味のよさと反比例して眠たい目が開く。
「閣下、めちゃくちゃ怒ってたんだよね。『女を出待ちするなんて、品格が足りない』とか」
「待ってもう一人いたの?」
「うん、知らない人だったけどね。パイロットかエンジニアあたりじゃない?」
「へー……でも閣下はいっつも怒ってるでしょ、そんな珍しいことじゃなくない?」
「それにしてもだよ。いつものネチネチ〜じゃなくて、バーン、みたいな?」
何かを表現したいのか両腕を広げたり狭めたりする同僚を横目に、私は壁にもたれかかりながら思案する。
閣下ことヴェスパー第二隊長スネイルは、私の所属する経理チームのところによく来る。なので、いつもピリピリしているのはよく知っている。私の所属チームの部門長であるスウィンバーンがいつも閣下にゴマすってることもあり、閣下と話すことはないが直接の上司になったらキツイだろうなと思う。
「誰を待ってたんだろうね」
同僚の小さな疑問に、私は言う。
「さあ? しかしお盛んだね」
「それは同感……あ」
同僚はコーヒーを混ぜていたマドラーで、ピシリと私の後ろを指し示す。
「あの人だよ」
「え?」
「閣下が怒ってた人」
私は振り返って、リフレッシュルームの入り口を見た。少し遠目に見える執務スペースから、文官にしてはラフに社用ジャケットを着ている男が丁度出ていくところだった。この基地なら何処にでもいそうな後ろ姿だ。
「なんか、普通の人だね」
私がそう言うと、同僚はうーんと唸る。
「でも女子フロアで出待ちする人だよ? 見かけによらず〜、ってやつだから気をつけな? そんな調子じゃいつかヤバい奴に引っかかるよ?」
「んなわけ。この基地に私のメロ男はいないから」
「アンタねぇ……
飲み終えた紙コップをゴミ箱に捨てて、私は普通の男がいなくなったフロアに戻る。逃げたくなるような予算整理に改めて向き合おうとした矢先、上司から声をかけられた。
「お、丁度いい。整備部門のEN第三班に行ってくれないか? 担当のチャットも電話も繋がらん」
「そんなに急ぎの要件ですか?」
「明日の支払いに引っかかる。トータル額足りないんだ、誰でもいいから捕まえて起案させて」
「了解です」
「ありがとう、頼んだよ」
上司から書類の入ったクリアファイルを受け取り、袖机からトートバッグを取り出して入れる。
「こっから遠いしそのまま昼行っていいからな〜」

⭐︎

「第三班みんな第一格納庫にいるとか先に教えろよ……!」
基地内移動用の一人乗りビークルのアクセルをふかしながら悪態をつく。最初は整備班の詰め所に駆け込んだが、もぬけの殻であった。壁のホワイトボードに殴り書きされた乱雑な矢印は整備班全体の人間を網羅するように伸び、隣に「第一格納庫」と添えてあった。
「だけど電話くらい出ろよな、端末全員支給だろうが」
上司の鬼電にも出ないとは、相当何か詰まっているのだろう。整備士たちは熱中しすぎるがあまり反応が途切れることが多い。
第一格納庫前でビークルから降りて、備え付けの階段をのぼる。ガレージの地上フロアにも人はいるが、たまに全員出払っている。武器の取り下ろしや清掃など、クレーンで整備士たちが宙吊りになってたりすると全然降りてこない。上のフロアには機器かクレーンを触っている誰か、少なくとも確実に一人はいる。そいつを捕まえる。
あぁ眠い。さっさとそいつに起案させて昼飯をかきこみ、休憩時間が終わるギリギリまで睡眠時間を確保したい。
階段を上り切ると、いた。操作盤の前に立つ整備士の肩を数度叩く。
「はいっ!? あっ、その今手が離せなくて」
「EN第三班ですよね? 至急起案して欲しいものが」
「えっ!? まってください、担当が下のフロアにいて、でも彼も手が」
「このままだとこないだのプラズマ制御基盤が皆様の自腹になりますが?」
「それは……でも首席案件ですし……
整備士が口ごもったところで、フロアの下から大きな声がする。
「おーいライナー! 早くしろー!」
「あっ、いや待ってください!」
他の整備士が下のフロアから急かす。整備士の男の隣で、私も大きな声を出す。
「プラズマ制御基盤の請求、起案してくださーい!」
「ゲッ、経理!?」
「期限今日でーす!!」
クリアファイルを振りながら言うと、ようやく事の重大さを理解したらしい。
「ライナー! お前それ持って下来い!」
「あっ、はいっ!」
ライナー、と呼ばれた整備士は私からクリアファイルを受け取ると内階段へ走っていった。あとは起案されたら私の携帯端末で確認してから帰ればいい。
手持ち無沙汰になった私はひとりぼっちになったキャットウォークのフェンスに寄って、目の前の鉄巨人──ACを見る。
「ロックスミス、だったっけ」
おもちゃのような青いのっぺりとしたペイントを施されたそれは、緑色の目……いや、ライトを輝かせて立っている。肩のドローン武器が外されており、なるほどEN第三班が呼び出されたのはこのためかと納得する。
娯楽室のシミュレーターはパイロットたちとの模擬対戦もできるので、隊長格とは一通り戦っている。正直なところ、ロックスミスは首席隊長という割には弱かった思い出がある。記憶も薄い。AIがうまく戦いぶりを再現できていなかったのだろう。むしろ閣下のオープンフェイスの方がめちゃくちゃ強くて、攻略に1ヶ月かかったのでよく覚えている。あのレーザーランス痛すぎる。
本当の強さのロックスミスはどんな動きをするのだろうか。私は勝てるだろうか。しかし、目の前のロックスミスに勝つにしても負けるにしても、まず戦いの土俵に上がらなければならない。それは私が本物のACに乗るということでもあり。
「君と戦うなんて御免だね」
ロックスミスの緑色の光を見つめながら呟けば、横から男の声がした。

「戦う前に負け惜しみか?」

一瞬で喉が渇いた。言葉すら出ない。出そうとしても唇が震えるだけだ。聞いた事のある声であり、聞きたくなかった声でもある。恐怖で首が動かない。カツン、カツン、鉄の足音が迫ってきているのに。幽霊じゃない。幽霊であった方が何倍マシだったか。
「探したぞ、『ジンチョウ』」
男は私の隣に立つと片手で私の手を取って、昨日触った私の血管を親指でゆっくりとなぞる。ぎぎぎ、と固まった首を何とか動かして男の顔を見上げる。
こいつ、もしかしてさっきリフレッシュルームで見た「普通の男」──
「お前とはいつやれる?」
「人違いで……
「ん?」
ふに、と男が指の腹にわずかに力を入れて、私の血流を軽く阻害する。人違いな訳がないだろう? と言外に訴えてくる。
「そういえば、そもそもデータベースにジンチョウが登録されていないがどういう事だ? お前の身分が諜報局預かりなら、オキーフに言って融通してもらうから安心しろ。いつ、お前と」
「ですから人違い、ではないですか? 私の名前で検索してみてください」
男の話が止まらないので、食い気味に止める。捕まっていない方の手で、首から下げた社員証を男に見せつける。
ACもしくはMTの使用登録がなされている場合、社員の名前をシステムに入れれば検索できる。娯楽室のシミュレーターはスタンドアローンなので、あの場限り。アーキバス全体のデータベースに私のACジンチョウは登録されていない。
目の前の男がそれを知らない可能性に賭ける。血管は握られているが、まだ窒息はしていない。
……出てきませんよね?」
「ああ、出ない」
「だから、」
「なら登録しておく」
「は!? ちょっと待って!」
私は慌てて男の端末を持つ手をがしりと掴む。
「どうした?」
「どうした、って、」
見上げた私がバカだった。男に向かってかざしていた社員証を動かさなければよかった。
あの目だ。
端末のバックライトに照らされた男の瞳が輝いている。水銀灯を模したLEDの光に包まれたガレージの中で、男の目の中だけに本物の水銀が入っているかのような気がして、その光に目が潰されそうになる。
私の手の力が抜けた。
……アンタにそんな権限、ないでしょ。少なくとも役職付きじゃないと」
適性検査を受けたくない、なんて私のガキみたいな言い訳はかき消されて、負け惜しみのように「普通の男」を煽るセリフしか言えなかった。普段の負けん気が災いした。そもそも、あの2秒早いスネイルに負けたくないと思った時点で、こいつに捕まる未来は決まっていたのかもしれない。
「そんなことを心配していたのか」
男はデバイスに何かを入力し終えたようで、私の端末に通知が来た。プラズマ制御基盤の請求が起案された旨では……なさそうだ。

『貴方の社員情報が更新されました 更新者:ヴェスパー首席隊長 フロイト』

「誰だよ、普通の男っていった奴」
私か。
「そうか? 俺は普通の人間だぞ」
「んなわけ……
同僚、アンタの言う通りだった。
私はどうやらヤバい男に引っかかってしまった……