半端に残ったキャベツやニンジンをまとめて炒めれば立派な料理だ。水木は野菜炒めを皿にうつして、ちゃぶ台に置いておいた。雪平鍋の味噌汁を仕上げて、茶碗に盛ったご飯と一緒に運ぶと、ちゃぶ台の上に一羽の黒いうさぎが座り込んでいる。
「むう……痛みはじめとは言え、悪くはないキャベツですね。塩加減も中々……男の一人暮らしも長いと様になってきますねえ」
夕飯を勝手に食べるうさぎは、台所から出てきた水木の姿に耳を動かした。
「こんばんは、お邪魔しております」
水木は眉間に皺を寄せ、勝手に晩飯をつまみ食いするうさぎに声を掛ける。鬼太郎を育ててから、家の中に人ならざるものが上がってくることに慣れてしまった。今更人語をしゃべるうさぎくらいで驚くこともない。
「おい、人の家に土足で上がり込んで盗み食いとはいい度胸だな」
「おや、うさぎは土足で走り回るものですよ。縁側からお邪魔する時、ちゃんと足は拭きました」
うさぎは口の中のキャベツを飲み込んで、すっと立ち上がる。両手を広げて髭を揺らして宣言する。
「わたくし、丹波の黒うさぎ! ……の置物より生じました付喪神です」
黒いうさぎが因幡の白うさぎの親戚のような名乗りを上げる。
「ちなみに因幡の白うさぎとも、丹波の黒豆とも全く関係がありませんので、あしからず。わたくしは、あなたにご恩を返しにきたのでございます」
「恩?」
水木が首を傾げると、黒うさぎは鼻をひくつかせてふんぞり返った。
「水木さん……あなた、わたしくがお仕えする神社で絵馬を拾ったでしょう。風で落ちてしまった絵馬を綺麗に拭いてかけ直してくれた。あなたの善い行いを見ておりましたよ。そういう訳で、あなたの願いを叶えて差し上げます」
唐突な話題に水木は黒うさぎを気にせず食事をすることにした。野菜炒めをうさぎと取り分と自分の取り分のふた山に分けて箸を付ける。
「わたくしに出来る範囲であればどんな願いも思いのままです。さあ、何を願いますか」
黒うさぎはいちいち動作が大きい。右から左に動き回りながら、耳を伏せて立て、髭を忙しなく動かし、舞台俳優のように移動する。水木はひっくり返されないように、味噌汁を手間に移動した。
「煙草が残り少ないから、欲しいんだが」
「あ、それはダメです。ちゃんとお金を払って買ってください」
「庭の草むしり」
「この暑い季節に重労働は嫌ですね」
「……ジャガイモの皮むき」
「わたしくの可愛いお手てでは難しいですねえ。ご自分でどうぞ」
「何なら叶えてくれるんだ」
「よくぞ聞いてくれました!」
黒うさぎが両手を顔の前で交差させ珍妙なポーズをとる。水木は気にせず飯をかっこむ。
「わたくし、相談の乗るのが大変上手でして、神社の仲間たちからはお節介うさぎと呼ばれています。西に献立に悩む者ものがあれば行って話を聞いてやり、東にあくびをする者があれば子守唄を歌ってやる。特に恋愛相談が大好物……じゃなくて大好評! あっちへこっちへひっぱりだこ! うさぎなのに! タコ!」
それは、あちらこちらに勝手に首を突っ込んでいるだけではないだろうか。うさぎなのに野次馬で出歯亀とはせわしない付喪神だ。
「水木さんの相談事にのって差し上げます! どうです、何かあるでしょう。困りごとの一つや二つ」
水木は味噌汁を啜りながら思案する。壊れた蓄音機のようにしゃべり続けるうさぎに帰ってもらうには適当に話題を振るしかないだろう。
「実は困っていることがあってなあ」
「はいはい、伺いましょう」
黒うさぎが揉み手をしている。水木は味噌汁を飲み切ると、ささやかな困りごとを口にした。
「俺には独立した息子がいるんだが、お盆の休みに帰ってきてくれないかと思っているんだよ。しかし、あいつも色々忙しい身だ。二十歳を過ぎた息子と会いたいからという理由で呼び出すのも気が引ける」
水木は壁に張ったチラシを見やる。盆の夏祭りのお知らせには縁日や花火の日程が記載されている。
鬼太郎が幼い頃は、甚平を着せて縁日に出かけたものだ。祭りの格好なのだと言って水色の甚平を着せた鬼太郎は大層愛らしかった。水木は普段着で出かけようとしたら、一人だけでは嫌だと鬼太郎がごねたのだ。そのため水木は浴衣を着て、目玉は小さな祭りの鉢巻をまいて見せてやったら、お祭りの格好だと喜んでくれたのだ。三人で出店を回ったことは今も大切な思い出である。
「久しぶりに縁日にでも出かけてみたいんだが、あいつは騒がしいところは好きじゃない。どうしたもんかと悩んでいるんだ」
「なるほど。確かに親子でお出かけというのは良いものですねえ。折角のお祭りですから、浴衣や甚平などお揃いを用意して誘ってみてはいかがでしょう。息子さんも服を準備したと言えば無下にはしませんよ」
黒うさぎは真っ当な回答をしてきた。水木は碗を空にしておくと、黒うさぎが腰をくねらせて奇妙な動きを始めた。雨乞いの一種だろうか。
「ところで、夏祭りに出かける間柄と言いますと、親子の他にも色々ございますでしょう。気心知れた友人同士。ちょっと気になっているあの子を誘う初々しい若者。どうです、水木さんも、恋のお相手なん」
「霊毛ちゃんちゃんこ!」
水木の目の前を黄と黒の布が通り過ぎていった。黒うさぎを包み込み、ちゃんちゃんこが壁に張り付く。飛んできた方向を見ると、鬼太郎が肩で息をしながら、縁側に立っていた。
「鬼太郎……?」
水木が声を掛けると鬼太郎が鋭い視線を壁に向ける。黒うさぎはちゃんちゃんこの中でもごもごと動いている。
「そいつから離れてください!」
鬼太郎が下駄を脱いで上がって来た。水木を背中に庇い、髪の毛がぶわりと逆立っている。
「もしかして、人に害をなす妖怪なのか? はっきり言って、ただのポンコツなんだが」
鬼太郎はちゃんちゃんこごと黒うさぎを抱える。布の向こうから離して、出してという抗議の声がする。時折、押せ押せ頑張れ、イケイケどんどん、などと場にそぐわない言葉も漏れ聞こえる。鬼太郎は苦々しい顔をしてちゃんちゃんこを睨みつけた。
「いえ、そいつは口やかましいだけの付喪神です。こいつが勝手に僕の絵馬を読んで……水木さん、まさか」
鬼太郎が水木を振り返り、目を瞬かせる。数拍おいてじんわりと耳が赤くなっていく。
「も、もう聞きましたか」
「え?」
なんのことだかさっぱり分からない。水木と戸惑を見た鬼太郎が安堵の息を吐く。鬼太郎が黒うさぎを抱えて首を振った。
「いや、なんでもないです。こいつには余計なことをするなと言い聞かせておきますから」
「ほどほどにしてやってくれ。一応、相談事に乗ってくれたんだよ」
蠢くちゃんちゃんこを見ていたら自然と笑いが零れた。家に上がり込んで盗み食いをするが、どうにも憎めないのは姿は、うさぎだからか一人暮らしが寂しいからか。鬼太郎は水木の反応に唇を引き結んで少しだけ俯く。子供の時から変わらない、嫌なことがあった時の癖だと鬼太郎はまだ気が付いていない。
「僕には相談しないのに、こいつには言うんですか」
「そりゃ、俺の悩みのタネはお前だもの」
「……僕?」
水木は夏祭りのチラシを指さした。折角会えたのだから、悩むより言ってしまった方がいい。
「お盆休みにお前に帰ってきて欲しいけれど、中々言い出せなかった。久しぶりに縁日に行かないか」
ダメ押しに甚平と浴衣を新調しようと言えば、鬼太郎が足の親指を重ねて俯いた。
「あの……僕も水木さんを誘いたいと思っていたので」
鬼太郎が水木を見上げて小さく笑う。
「嬉しい、です。花火が良く見える場所があるんです。今度は僕が水木さんを案内しますね」
「決まりだな」
水木が頷くと、鬼太郎が目元を緩めて膝小僧を合わせた。腕の力が緩んだのだろう。黒うさぎがちゃんちゃんこをかき分けて出てくる。
「ぶはっ! 鬼太郎さん! やりましたね!」
黒うさぎが器用に親指を立てて髭をぴんと張る。
「わたくしのナイスアシストのおかげです。無事に夏祭りデートの予定っもが‼」
鬼太郎が黒うさぎを布で包み込んで小脇にかかえる。耳だけでなく頬まで赤くして、水木に頭を下げると縁側に飛び出していく。
「お邪魔しました!」
あっという間に遠ざかる下駄の音を聞きながら水木は片膝を付いたまま固まっていた。
「デート……? 鬼太郎、まさか誰か誘いたい子がいるのか」
一体誰だろうと考えて、下世話はいかんと首を振る。デートなら甚平を着た方がそれらしくなるだろう。今日の鬼太郎は様子が少し変だった。色恋沙汰を黒うさぎに知られて恥ずかしかったのだと考えれば合点がいく。我ながら良いことを言って子供の手伝いが出来たものだと立ち上がった。
当日は途中でそれとなく離れて送り出してやればいいだろう。親孝行に恋愛にと急がしくて大いに結構。水木は赤のペンを取ってカレンダーに丸を付けた。今年は久しぶりに楽しい思い出を作れそうだ。自然と水木の口元が緩んだ。
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