溶けかけ。
2024-08-02 20:13:30
1988文字
Public ほぼ日刊
 

勘違いから始まる第一歩

ヌヴィレットへの恋を自覚し、避け始めたフリーナが自爆する話です。

 ヌヴィレットのことが好きだ――そう気がついたのは神を辞めて市井に下りてからだ。
 きっかけはきっと些細なことだったんだと思う。例えば、段差があれば手を差し伸べてくれる、とか、大好きな水を飲むときだけ薄っすらと浮かべる微笑みだとか――まあ、そういった感じの積み重ねだ。

「フリーナ殿……?」

 ――だから、これはちょっとしたミスだったんだ。彼がいつものように差し出した手を無視してしまったのも。だって、恥ずかしいだろ?

 五百年も隣にいて、彼に恋をしたのはたった数ヶ月前のことでしかないなんてさ。 

「あ……えっと〜……ハハッ!僕としたことが……紳士のエスコートをふいにするなんて暑さで頭がどうかしていたよ!」

 差し出された手を取り、彼の横に並び立つ。ドキドキと煩い心音が彼に聞こえていませんように、と願った。






「あ〜……僕としたことが……!ヌヴィレットにあんな顔をさせるなんて……!」

 家に帰り、プクプク獣のぬいぐるみに顔を埋める。エスコートの手を取らなかったときの彼の表情は捨てられた子犬もかくや、というものであった。

…………よし、決めた! しばらくはヌヴィレットとは会わない!」

 だって、会うだけで口は勝手に動くし、心臓はドキドキと高鳴って何を仕出かすか分からない。

 この時のフリーナはまだ知らない。
 彼女のこの決心がちょっとした騒動を巻き起こすことになるなど――



 フリーナに避けられている――そう気づいたのは数ヶ月前だ。市井に慣れつつある彼女との茶会の回数が減った。いつもはフリーナの方から誘ってくることが多かったため、ならばこちらからも、と誘ってみても仕事を理由に色良い返事を貰えなくなった。

「なんかきっかけがあるんじゃないか? 例えば、怒らせたとか。最後に会ったときとか変わったことがなかったかもう一度思い出してみろよ」

 パイモンの言葉にもう一度、記憶を反芻する。一番古い記憶は――

「そういえば、一度だけエスコートを無視されたことがあった」

 よく考えたら、あの日のフリーナは何処か様子が可笑しかったように思う。前髪をやけに気にしたり、ちらちらと私の方を思わせぶりに見てきたり、頬が赤かったり――上げればキリがないほどだ。

……ありがとう。君たちのおかげで少し解決の糸口が掴めた気がする」

「ヒヒッ……役に立てたようで何よりだぜ」

 パイモンが誇らしげに胸を張る横で、旅人は違和感を覚えていたのだが、言わぬが花かと思い口を噤んだのであった。



「失礼、少し良いだろうか?」

 旅人たちと別れたヌヴィレットはパレ・メルモニアの職員に聞いて回った。
 反抗期の娘にはどう接したら良いのか、と――




 今日は久しぶりにヌヴィレットに会う日だ。新調したブラウスもしっかり着こなせているし、化粧も上手に出来た。

 (ヌヴィレット……まだかなあ……いや、そんな喜んでなんてないけど……!)

 そわそわとヌヴィレットを待つフリーナは傍から見れば恋する乙女そのものだ。だが、この国にそれを指摘できるような国民はいない。

「すまない、フリーナ殿。待たせてしまったか?」

 時計を確認すれば、約束の時間を少し過ぎたところだった。普段は時間厳守の彼がこうして息を切らせているのは珍しい。

「僕も少し前に来たばかりさ。キミが忙しいのはよく知っているから急いで来なくても良かったのに」

 なんて、嘘だ。本当は走って来てくれたことが嬉しい。たとえ、彼にとっては当たり前のことで特別なことでないとしても……

……? どうかしたかい?」

 二人の間に空いた、一人分の距離にフリーナは首を傾げた。

「いや、何……気にしないでくれ」

「気にしないでくれ……ってキミねぇ……

 呆れたフリーナにヌヴィレットは気まずそうに言った。

……反抗期には距離を置くというのも一つの手段だと聞いてね」

 反抗期……反抗期!? 何を言っているんだ! この男は!?

「はあ!? ち、違う!違う!僕はキミのことが……っ!」

「フリーナ殿……それは……

 目を剥くヌヴィレット。フリーナは顔を青ざめさせた。

「す、好きなんだ……キミのことが……

 あぁ、言ってしまった。勢い任せとはいえ、やって良いことと悪いことがある。ヌヴィレットの顔が見られなくてフリーナは俯いた。

「顔を上げてくれ、フリーナ殿」

 ゆっくりと顔を上げる。フリーナの予想と反してヌヴィレットの表情は明るかった。

「君がそれほど私のことを好いていてくれたとは思わなかった」

「そ、そう……それで返事は?」

 もうどうにでもなれ、と自暴自棄になったフリーナの耳元でヌヴィレットが囁いた。