優しき鋏の奏

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ視点。

前髪が伸びたハ♀に散髪を提案したヒノ姉と、そこに現れたウ教。

蒼穹そうきゅうの中を、白い雲がぽっかりと一つ浮かび上がって、陽射しに輝いている。

風もなく、爽やかな日だ。

そんな空の下を歩く愛弟子の姿は、たたら場の屋根上に居る俺の目にはすぐ留まる。

彼女は恐らく水車小屋に向かって歩きながら、くしくしと片手で目を擦っていた。

その仕草は、まるでアイルーの毛繕けづくろいように愛らしくて。

(……ほんと、何をしてても可愛いなあ)

鎖帷子くさりかたびらの下で口元を緩めながら見惚れていると、そんな可愛いキミの傍に、ヒノエさんが歩み寄っていた。

あえて俺はその場から動かず、諜報任務で鍛えてきた耳をそばだてる。

「こんにちは。目をどうかされました? 大丈夫ですか?」
「ああ、いえ、少し前髪が伸びただけです」
「そういえば……全体的に毛量が増えて伸びてきましたね。ヒノエでよろしければ、整えながらお切りしますよ?」

ぴくん、と俺は耳を震わせた。

愛弟子が、里の桜よりも映える笑顔をぱっと咲かせて「お願いします」と口にするより早く、俺は翔蟲を放ち、二人の傍に降り立つ。

「待って愛弟子! 俺が! やってあげる!」
「ええっ!? ウツシ教官、いつの間に……!」

愛弟子とは対照的に、突然やって来た俺に動じることなくヒノエさんは「あらあら」と呆れた様子で微笑んでいた。

だが、その眼差まなざしの中に、微かなとげがあることに、俺はすぐに気付けた。

「ずるいですよー? ウツシ教官。先月もあなた様がやっていらっしゃるのですから、そろそろヒノエにも機会を下さいな」
「申し訳ない、ヒノエさん! これだけはっ!譲るわけにはいかないんだ!」
「これだけ、ではないでしょう? いくら恋人同士になったとは言え、この間だって私とミノトがお買い物にお誘いしようとした時に……
「さ、さあ愛弟子! 明るいうちにやってしまおうね! 行こう!」

当の本人、愛弟子の様子を、俺はあえてちゃんと確認しなかった。

──キミにゆっくり触れられる時間を奪われては、たまらない。

ヒノエさんの静かにえぐるような話が長くなりそうなので、俺はなかば強引に愛弟子の手を引っ張り、水車小屋の方に小走りで駆ける。

彼女は「ち、ちょっと教官!」と声を上げながら俺を、そしてヒノエさんの方を交互に見やって彼女に「ごめんなさいー!」と叫んでいた。

俺もちらりと振り返って、ヒノエさんの様子を確認する。

見送ってくれている彼女の眼差しからは、棘が抜けていてので、心底ほっとした。

今の俺の行為とは正反対の、大人の対応というものだろう。

その後すぐ、手を引くキミの顔も一瞥する。
キミは満更でもなさそうに口角を上げていて、俺の心には、春風が吹いた。

「よーし! ふふふ、本日はどのように致しましょうか!?」

水車小屋の土間で木箱に座り、散髪用の合羽かっぱを羽織って、白いてるてる坊主になったキミをの後ろに立ち、俺は専属美容師気取りにしゃきんとはさみを鳴らした。

ずっと、ずっと変わらず見守ってきた、愛おしい後姿うしろすがただ。

「えーと。全体的に減らして、毛先を整える感じでお願いします。長さは変えません」
「了解! 任せておいて!」

応答しつつ、まずもう片手に持っていたくしで、キミの髪をいていく。

寒冷群島に砂原、溶岩洞に密林など、数多の狩場に通いつめ、多少毛先が開いて傷みが垣間見える髪。
これは、キミが積み重ねてきた経験の証でもある。

多少の傷みはあっても引っかかることなく、するり、するりと通り、その感触は絹のように柔らかく、あまりにも艶やかで。

……ねえ、俺さ。結構昔から思ってたんだけど」
「はい」
「ちょっと勿体ないよね。切っちゃうなんて」
「はい?」

振り返ることはなかったが、今の低声で、キミがどれほど怪訝な顔をしているのかが想像にかたくない。

──キミは、分かっていないんだ。

自分がどんなに綺麗で、魅力的なのか。

「だって、ほら。こんなに綺麗な髪だよ」
「そ、そんなことありません、傷んでます」
「それこそ、そんなことないよ。……でも、まあ」

含みを持たせて言葉を切り、俺は櫛と鋏を持ったまま、キミの後ろから前へと回り込む。

前髪を切るのだと察したキミは、すぐに目を閉じてくれた。

昔からの染みついた反応が愛おしい、あまりにも無防備な可愛いキミ。

ばらばらに伸びて毛先が目にかかっている、見れば納得の鬱陶うっとうしさに満ちた、キミの可愛い前髪。

毛の流れに沿って櫛で梳かしてから、俺は躊躇ためらいなく、しゃきんと鋏を入れた。

はらはらと、粉雪のように舞い落ちていくキミ髪は、いつも、妙に切なくなるほど儚く見えてしまう。

──しゃきん、しゃきん。

まるで唯一無二、天下の逸品に、むなく鋏を入れているような気分で。

……勿体ない、けど……

しゃきん、と幾度目か、鋏が鳴り終えて。

俺の前に現れた、茂みの中からやっと姿を見せてくれたような、目を閉じたままの可愛いキミの顔。

髪よりもずっと眩しく、粉雪よりも美しい顔。

それを、どんなに綺麗でも髪で隠してしまうなんて、それこそ、勿体ないというもの。
里の、世界の大損失だ。

俺はそっとかまちに鋏を置いて片手を空け、見晴らしの良くなったキミの顔、髪より柔らかな頬に手を添えた。

「んっ……!?」

ぴくん、と敏感に体を縦に震わせて、大きく目を見開いたキミに、もう前髪の毛先は刺さらない。

俺は目を細めて、舞い上がる喜びと共に、ふんわりと微笑んだ。

「長さ、大丈夫そうかな? フフ、キミの可愛い顔がよく見える」
「う……!? も、もう! 早く後ろもお願いしますっ」
「前、長さは? 平気? 手鏡もあるよ?」
「い、今はいいです! 次は後ろお願いしますっ!」
「あはは、はいはい」

名残惜しくも立ち上がり、俺はまた、可愛いてるてる坊主の後ろに戻って行く。

恋人同士になって、キミは前より俺の発言に動じてくれるようになった。

何気ない俺の発言も全部拾って、心に響かせてくれる。

可愛い、も、綺麗、も、もっとたくさん伝えたい。

俺にとってはどんなキミも、花も恥じらうほど可愛く見えるけれど、俺はキミが自分で自分のことも可愛いと思ってほしい。

女の子にとって、髪は特別なもののはずだ。

だからね、愛弟子。

キミの願いを聞きながら、この手でキミの髪を整えられるなんて、俺は世界一幸せな恋人だよ。


@acadine