滴る柘榴は恋の色

MHRウ教×ハ♀。両片想い。
ハ♀視点。

狩猟中に鼻血を出してしまい、止まらないまま里に帰還したハ♀。そんな時に現れたウ教。

忘れているかもしれないけれど、私は女だ。

だからこんな顔は見られたくない。

──特に、恋する男性には。

気付かれないように綿紗 めんしゃを忍ばせた手で鼻下を隠し、水車小屋に向けて早足に仄日 そくじつが照り渡す里中を懸命に歩く。

「おかえり、愛弟子! 大変な狩猟だったろう!」

足を止めざるを得ない、明朗な発声。

私が想いを寄せるあなたが、道中の目の前にいる。
隠そうとすればするほど明るみに出てしまうのは、人の さがなのでしょうか。

「戻りました」と手で顔を隠したまま、 うつむきがちに斑声 むらごえで返事をした私の不自然な様子を、あなたはすぐに見抜いてしまう。

「どうしたんだい? まさか顔に怪我でも!?」
「ち、違いますよ! な、何でもありません!」

跳ね上がる心臓と共に揺れ動く心の中に、早く何処かに行ってと願う自分と、このまま傍に居てと願う二人の自分がいる。

後者を押し殺して、立ち去ろうとした刹那。

「待って、愛弟子」

重低音で囁いたあなたに、私は腕を捕まれた。

その衝撃でぽたり、と私の鼻から一滴の、柘榴色 ざくろいろをした血が地面に垂れ落ちる。

斜陽しゃように照らされたそれは、おぞましいほど赤赤あかあかとしていた。

「──あ……!」

慌てて腰のかばんから新たな綿紗を取り出すより早く、私の腕を掴んでいた片手で私の小鼻をつまんだあなたの「少し下向いて!」の指示。

弟子の反射で従ってしまった時、私は自分の無様 ぶざまに顔に熱が つどうのを感じた。

「み、見ないで下さい、恥ずかしい……!」
「どうして? この血は全力で頑張ってきた証拠じゃないか。大丈夫。俺がちゃんと止めてあげる」

自分の手が、私の鼻血に染まることも いとわないあなた。

そんなあなたを、ちらりと上目で一瞥いちべつすれば、白日 はくじつのような澄んだ笑顔が、私の心を強く抱きしめて離さない。

「な、慣れてますね……ウツシ教官」
「うん、まあね。昔のキミのおかげかも?」

突然何を言うのか、全く記憶にない。

「昔の私?」と怪訝に復唱すると、あなたは柔らかな懐古の笑顔で「フフ」と甘やかに吐息を漏らした。

「とっても可愛かったなあ。鼻血出してるのににこにこ笑って、俺の方に来てくれてさ」
「そ、それは……可愛い、ですか……?」

どう考えても化け物だが、一寸の躊躇 ためらいもなく「うん!」と頷いたあなたに、私の心が複雑に高鳴る。

あなたは悪戯っぽく、微かに目を細めた。

……今も、かぁわいい、よ?」

私の鼓膜を這うように、濃艶 のうえんに響いたあなたの声は、私の顔にまた高熱をもたらす。

鼻血は、止まりそうもない。

あなたは「まだ止まらない?」と少し焦ったようだったけれど、私はつい口角を ほころばせてしまった。

──恋する男性に可愛いと言われて、嬉しくないはずがないでしょう。

今、この鼻血が止まらない原因だけは、明るみに出ませんようにと せつに願って、私は深く息を吐く。

私の小鼻を摘むあなたの指は、昔からずっと変わらない優しさと、温かな力強さに満ちていた。


@acadine