柚子の薫風

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ教視点、ハ♀のセリフなし。

長く里に根付いた柚子の木の思い出。

朝暉ちょうきが煌めく青霄うんしょうに浮かび上がるように、丸く、ふさふさと生い茂る瑞々みずみずしい深碧しんぺきの葉。

その狭間で、小さな黄蘗色きはだいろの実が灯火のように、凱風がいふうに揺れている姿に惹かれ、俺は、ふと足を止めた。

風に乗って人を癒すのは、爽やかに馥郁ふくいくとした柚子の香り。

里の居住区のかたわらに長くあるその柚子の木は、今年は特に豊作。
俺は思わず近寄って、その小さな丸い実に片手を伸ばした。

はさみも使わず一つもぎ取った途端、ふわりと広がる透き通った清爽せいそうの果実の香り。

思わず深呼吸し、それを肺の中いっぱいに取り込んだ。

「懐かしいな……

この香りは、俺を追想に導く。

幼いキミが危なっかしく鋏を使って、一つ一つ柚子を収穫しては「みて!」と俺のところに持って来てくれた、在りし日。

小さな手に柚子の香りを染み込ませ「いいにおいでしょ!」と鼻息荒く、得意気に笑ってくれたこと。

──ああ、そうだ、その時かもしれない。

あどけない、柚子よりも清爽としたこの笑顔を災禍から守りたいと、真の安寧を強く求めた瞬間は。

並大抵ではない強者ツワモノへの道のり、目指した教官という地位への道に敷き詰められたいばら

傷つき痛んでも、この香りは幾度となく俺を癒し、茨を越えるに至った。

そしてあの時、守りたいと願ったキミの願いで、キミを里一番の強者へ導くに至った。

……そろそろ、収穫できそうかな」

もぎ取った柚子を手に、ゆったりと歩を進める。

鼻を近付けなくても歩く度にふわり、ふわりと果実は香って、人の心を抱きしめた。

「また、一緒にやりたいなぁ」

キミによって災禍から解き放たれた里は、あの頃よりも穏やかで。

笑い合ったあの日々を、いつかもう一度。


──いや、これからならきっと、何度でも。


そう考えた刹那、俺の視界にはキミの姿。

緩やかに吹き抜けた順風じゅんぷうが、ゆらゆらと柚子の木を揺らし、背中を撫でた香りごと、俺はたっぷり空気を吸い込んだ。

「おはよう、愛弟子! 今日も里の平和を守るため、一緒に頑張ろうね!」




@acadine