幸せの原点を手に

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ教視点。

水車小屋ではなく、ハ♀の生家の掃除にやってきた婚約関係のウ教とハ♀。
掃除中に見つけたものは。


──実家の片付けは、本当に久しぶりです。

そう言って、頭に桜色の三角巾さんかくきんを着けてはりきっていたキミは、気付けば畳の間の片隅でうずくまっている。

隣の板の間の床を拭いて、鼠色ねずみいろになった雑巾を持ったまま俺が近寄ると、彼女の手元には、一輪の桜の浮き彫りが施された桐の小箱。

そして箱の中には、たくさんの小さなこけしが散らばっていた。

里の桜木おうぼくで作られたその全てには顔と服が描かれ、色や表情は手塗りの個体差だらけ。

使い込まれ、塗りが掠れたものもある。

「教官、覚えてますか!? これ!」

まりのような声でキミが俺に見せてきたのは、黒髪に瑠璃色るりいろの着物が描かれた、どんぐりまなこの可愛らしいこけし。

若かりし頃、ハモンさんの指導を受けながら、俺が真剣に鑢掛やすりがけして絵付したものだ。

俺の作業が遅いので、他のこけしは全てハモンさんが作ってくれた苦い記憶が蘇る。


「これはまた……懐かしいものが出てきたなぁ」
「よく一緒におままごとしましたよね! 楽しかったなあ、ウツシ教官どんな役でもやってくれたから」

旧懐きゅうかいの笑みを口元に綻ばせるキミの隣で「色々やったね」と俺もこけしを見ながら目尻を下げる。

──ウツシにいには、おじいちゃん役ね、おねえさん役ね、ガルクの役ね……

それぞれのこけしを小さな両手で握りしめて告げながら、俺の返事も待たずにそれを突き出す、幼いキミの爛漫な笑顔を、俺は生涯忘れたくない。
こけしの方が小さくなるほど成長した今のキミの、あの時よりも大人びた笑顔と共に。

「懐かしいな。箱に入ってたから結構綺麗ですね」
「おや、出したついでに遊ばないのかい? 今なら俺もいるよ?」
「ええ? ふふっ、本気にしますよ?」
「もちろん俺も本気さ、少し休憩しよう! あ、手洗ってくるね!」

雑巾を土間のすみに放り、炊事場すいじばの流しで手を洗い流す。

背中で感じる可愛い愛弟子の気配は、いつの間にかすっかりあの時のようなあどけなさに満ちていて。

「お待たせー! さあ、俺は今日は何の役をしようか!?」

振り返った俺に、キミが微笑んで差し出してくれた小さなこけしは、碧色へきしょくの着物に青丹色あおにいろの短髪が凛々しい。

当時の俺が、あまり触らなかったものだ。
受け取りながら首を傾げる。

「あれ? それ、何のこけしだっけ? 今日の俺はお兄さん役かな?」

キミは首を横に振り「いいえ」とほんのり頬を染めて。

「──お婿さんです」

照れたように声をうわずらせ、はにかんだ笑顔のキミの手には先ほどの、色の掠れた瑠璃色着物に黒髪のこけし。

幼いキミが「これ、わたし」とずっと愛用していたもの。

「来月からは、お婿さん……というより、旦那さん、ですね」

うふふ、と幸せそうに吐息を零すキミへ、思わず俺は腕を伸ばして、こけしごと抱きしめる。

キミの吐息は俺にとっては桜東風さくらごち、暖かな風が心を撫で、想いは満開に咲きこぼれた。

腕の中に居るキミは来月、俺の妻になる。
こけしを手に幼いキミと演じ遊んだあの頃よりも、必ずキミを幸せに。

「愛弟子。これも花嫁道具で持って行こうよ」
「ええ? これを? 嬉しいですけど、いいんですか?」
「もちろん。だって俺たちの幸せの原点じゃないか」

緩やかに抱擁を解き、俺は渡された『お婿さん』のこけしをキミの顔の前で傾けてお辞儀する。

「これからもよろしくね、俺のお嫁さん」

キミは時が止まったように、うっとりと微笑んで、同じように自分のこけしを俺のこけしの前で、丁寧にお辞儀させてくれた。

「よろしくお願いします、私のお婿さん」

格子窓こうしまどから差し込むうららかな春陽しゅんようの中、芽吹きの光風こうふうを浴びる俺たちと共に手の中のこけしも笑ってくれたような、そんな気がした。


@acadine