usauta777
2021-10-30 10:58:00
1814文字
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約束

スネオセ。超絶短文。簡単に読めるけど閲覧注意。

 暖かさが気持ちよくて目が覚めた。向かい合って横になっている彼の寝顔は安らかだ。オセロットは無防備に晒されている彼の髪に触れた。白髪が撫でつけられているが、横寝をしているから少し乱れている。
 身体を起こそうとするとくしゃりと音がした。枯葉だ。ふたりは、木のうろの中に敷き詰められた枯葉の中で眠っていたのだ。どうしてだろう、とても懐かしい。ここは一体どこなのだろう。このまま寝ていたら風邪を引いてしまう。そう思って彼の頬に触れた。

 冷たい。

 オセロットは全身の血が引いていくのを感じた。いままで幾度も彼を見送った。一度はコスタリカで、そしてもう一度はザンジバーランドで。コスタリカで何があったのか、オセロットは話に聞いているだけだが、ザンジバーランドで別れたあのときのことは忘れられなかった。
幾度失っても彼を失うことには慣れない。
 また、戻ってくる気がするのだ。実際彼は戻ってきた。だから。でも。オセロットは自分の手を見た。随分年老いた。
「ジョン……もう、私はあなたを待てない……
 それでもあなたは私を許してくれるだろうか。ここで彼に抱かれるようにして眠れば、いつか夜の寒さが命を奪い、同じ虫が身体を食い、同じ土に戻っていくのだろう。そうすればきっとずっと彼と一緒にいられる。
 オセロットは冷たい男の身体に縋った。彼の顔は安らかだ。なのに、戦場で幾度も嗅いできた臭いがする。
 うろと枯葉はまるでふたりをゆりかごのように包み込む。日差しが運んでくる乾いた風が小さな葉にかさかさと音を立てさせた。
 彼に凭れかかり、目から入り込む光の粒を心地よく感じながら、オセロットは初めて彼と出会ったときのことを思い出す。
 彼を見たとき、これは遺伝子に刻まれた「約束」だと思った。自分は彼に逢うために生まれてきた。あのときあの場所で彼に逢った。それまで何の感慨もなく生きてきた人生が彼で変わった。
 この人から自分の人生は始まったのだ。
「覚えていますか……あの夏の日のことを……
 懐かしいあの風の音を、ふたりを包んだ心地よい空気を。もしこの身体が朽ちたら記憶はどこにいくのだろう。オセロットにとってそれはとても大切なものだから、今、命を無くすことより惜しいことのように思えた。この人もそれを自分と同じくらい大切だと思ってくれていただろうか。それはオセロットにもよくわからなかった。この人はそんなものに囚われないとも思った。
 でも自分に向けられる瞳はいつも優しかった。だからきっと少しは大切に思っていただろうと思う。
 オセロットは男の手を握る。ああ、冷たい。あなたの体温はいつも燃えるようだったのに。
「ジョン……
 いつだってお互い何も言えなかった。燃えるように抱きしめ合っても、溶け合うほどひとつになっても。彼は言葉にするのが苦手だったし、自分はどこか言葉を諦めていた。言葉はいつもオセロットを裏切るのだ。それに、あの頃は彼の体温だけで充分だった。

約束……約束……

 ふたりの間に何の約束があったというのだろう。今となってはそれに意味があったのかオセロットにはもうわからなかった。ただ、自分が救われたという気持ちだけだ。
枯葉の乾いた音がする。きっとこのうろの外にもたくさん降り積もっている。
もしかしたらその下で虫が我々の肉が朽ちるのを待っている音かもしれない。コードトーカーは「人類は虫達のおかげで言語を話すようになった」と言っていた。
 お互い言葉にしなかっただけで案外それもいいものだったのかもしれない。オセロットは男の胸に額を擦り付ける。
 自由なあなたを縛り付けるようでこんなこと言えなかった。何かが壊れるのが怖かった。そして自分の言葉はいつも信用できなかった。言葉にした途端それは消えるのだ。
 でもあなたとまた約束するにはどうすればいい? もし次にあなたと逢えることがあるなら導くものが欲しいと思った。

「ジョン……愛しています……

 今がずっと過去になってそしていつかまたどこかでこの約束に導かれますように。儚いと分かっていても必要だと思った。あなたがいたから救われた人生だったのだから。
 オセロットはうろの中で男に寄り添い目を閉じる。指先から冷たい彼の体温が伝わってくるようだった。ずっとこのまま誰にも見つからず枯葉と、虫達に囲まれていたい。

 彼は、そう思った。