usauta777
2021-10-19 16:36:21
5559文字
Public
 

手の上でうんこされる親父

ロジャレイほのぼの。脳死状態で横になりながら書いた若い頃のロジャレイ。こういうのじゃなくて、子育てするロジャレが書きたかったはずなのに途中から…

 レイリーはあーあと溜息をついた。船員たちは皆、宝があるという目的の島に上陸。レイリーはその行軍の 殿しんがりにいた。
 深い森、左右は濃い緑に覆われ、足元は道なき道である。先をゆく船員達はすでに息を切らせているものもいる。
 船長は遥か前方、いや、最前線だろう。そういう奴なのだ。自分たちの船を背にしての殿である。レイリーだって前線がいい。いつもは何があっても良いように船長のすぐ後ろに控えている。何もかもが終わったあとにのんびり駆けつけるなんてことは性に合わないし、あの男を横で見守るのはふたりで船を漕ぎ出したときからレイリーの仕事である。
 レイリーはその道を軽やかに歩いた。溜息をついたのは疲れからではない。
「あ、あの副船長、よかったら少しおれ達も持ちましょうか?」
 下っ端の船員がおずおすとそう申し出たがレイリーは笑って断った。
「お前たちもお宝をはやく拝みたいだろう。おれの分まで先にいけ」
 それに、途中でもし皆バラバラになってしまったら持ってもらう意味がない。これを持ってもらうからには最後までレイリーに付いてきてもらう必要があった。今、意気揚々と荷物持ちをしても、途中でバテられてはレイリーも困るのだ。
(留守番してればよかったかなあ……
 しかしここ暫くの間ずっと、レイリーは船の留守を預かっていた。いくら何でも外に出なければ息が詰まる。それは、まるで船の中の孤独な戦いだった。
 レイリーは身体に巻き付けた太い布が緩んでいないか確認する。異常がないことを確認してまた歩き出した。布の中身も静かなものだ。レイリーの両胸に張り付くように交差して巻かれた布の中には小さな乳飲み子が収められていた。
 片方は赤い髪、片方は青い髪をしている男の子だ。ふたりは布の中ですやすやと寝ていた。
(たまには外の世界に出るのも必要か)
 留守番を頼んだ船員に託せば良かったかもしれないが、この子どもが子守り泣かせで、幼すぎるのか、こだわりが強いのか、気に入った場所でなければ眠らない。そして、どちらも我が強いし、一緒にいれば相手を引っ張るわ踏みつけるわで仲が悪そうに見えて、傍に置いたほうが寝付きが良い。
 それに、船長不在のこんなとき、万が一船自体が戦場になってしまえば傍に連れて歩いた方が安全なのだ。
 赤ん坊は難儀だとレイリーは苦笑する。
 レイリーの背中の荷物には、大量の着替えとミルク、哺乳瓶、おしめにおもちゃ、タオルやおしゃぶり、おしり拭きと何があっても赤ん坊が困らない物、それがふたり分入っている。
 育てばこの子たちも海賊だ。たまにはこんな散歩もいいだろうとレイリーは先をゆく船員たちに付かず離れずゆっくりと歩いていった。少し鈍った身体に運動が心地よい。
 殿だが、船長を筆頭とした船員たちはいわば露払いのようなものかと呑気に思っていたとき、ふと、左手側からなにか来ているとレイリーは思う。まだ遠いが、このままではだらりと伸びた我らの列の最後が横から突かれる。
 ふむとレイリーはその方に目を向けた。ひとりでも、と思って向き直ったが、胸元の赤ん坊を見て思い直し、先を行く船員たちに声をかけた。
「おい! 左からなにか来る! 付いてこい!」
 その声に気づいた一団が前の集団から折り返して付いてくる。殿はその前の一団に任された。
 真っ直ぐ進んでいくと、大きな足音と、木々が薙ぎ倒される轟音が聞こえた。鳥や獣が騒いで、あたりを逃げ回る鳴き声も聞こえる。
「ああ、こりゃあ……
 刀の柄に手をかけようとしたレイリーはポリポリと頭を掻いた。どよどよと後ろから付いてきた船員たちがどよめく。
「レイリー!! 久しぶりだなぁ!! グララララララララ!!」
 木々の間から頭を出したのは巨大な男だった。見知った男だ。男は多くの"家族"を引き連れて、どこかの船長同様最前線を歩いていた。レイリーは渋い顔になった。
「なんだぁ……乗らねえ顔だな……
「ああ、なんだか今、めんどくせぇと思ってしまってね……
 男が話す度地鳴りのような声が周囲に響く。レイリーは相手をするのが大儀な奴が出てきたと思った。
「一太刀もやらねぇ間にそれとは、腕が鈍ったか?!」
 しかしそれは腕に自信がないからではない。風を切る音がして、巨大な薙刀が振り下ろされてくる。レイリーはそれを身軽な所作で幾度か避けた。太い腕で薙刀を振るう男ーー白ひげーーは剣を交わらせる気のない相手に少し苛立ったように言った。
「受けるのがこえぇのか?!」 
「そんなことはないよ!」
 避けようとすれば避けられるが、受けるのもひとつの挨拶のようなものだ。レイリーは大きく振り下ろされる薙刀を細身の愛刀で受け止めた。刃と刃ではなく、力と力がぶつかり合い、周りの空気がビリビリと震える。見上げた大きな顔は口の端を吊り上げて笑っていた。久しぶりの渾身を受けるレイリーも知らず同じ顔になった。もう一太刀と白ひげが大きく振りかぶると、レイリーはひらりと身を躱して薙刀の間合いから抜け出した。その背後からレイリーに付いてきていた船員たちが副船長を取り巻く。 
 白ひげはつまらなそうに構えを解いた。
「木っ端がしゃしゃり出できてもつまらねぇなぁ」
「悪いなぁ白ひげよ。今はちょっと間が悪い」
「んん? そういやお前随分……
 白ひげが自分に比べればだいぶ小さなレイリーの異変に気づいたとき、遠くから大きな地鳴りがした。レイリーが白ひげとの間に取った十数メートルの間合いのちょうど真ん中、大きな衝撃が走り抜け、地面には地割れができた。レイリーは咄嗟に胸を庇う。
「あ……
「ニューゲェート!!! ウチのガキどもに何用だあ〜〜!!!」
 遥か遠くからロジャーの怒号が聞こえてきた。白ひげは目を剥く。
「ガキィ?」
 見下ろし、目を凝らすとレイリーの胸には、白ひげからすれば豆のような赤ん坊がふたり抱かれている。
「なんだ、お前ら懇ろかと思ったらガキこさえたのか!」
「んなわけあるか!」
「ニューゲェ〜〜ト!!」
「まてまてまて! ロジャー! わかったから落ち着け!」
 緑の間から猿のように飛び出し、斬りかかるロジャーの刃を受けながら白ひげはその勢いに気圧された。その顔はまさに、子を守る親の憤怒の形相である。割れかけた地面が、ロジャーの力を受けながら足を踏ん張る白ひげの体重で沈み込む。
「ロジャー! 子らはここだぞ!」
 レイリーは半ば呆れて声をかけたが、ふたりは派手に剣を交えている。ビリビリと伝わってくる振動と盛大な音で赤ん坊が起き出さないかと布の中を覗き込むと、大きな瞳と目が合った。よく今まで泣き出さなかったものだと思いかけたとき、みるみるうちに黒い瞳が蜜のように蕩けだした。
 片方が泣き出せば、もう片方も火がついたように泣く。レイリーはちいさくぐずり始めた青毛をあやしながらそそくさとその場を離れた。
「ああ、まずい。誰かあいつらに止めるよう言ってきてくれないか」
「無理に決まってます!」
 誰ができるというのかとわらわらと集まる乗組員たちは、泣き出しそうな赤ん坊と同じようになりながらあたふたした。
「背中からガラガラ取ってくれ」
 剣を交えるふたりからやや離れて、皆副船長の背中の大きな荷をほどき始めた。大きな図体の乗組員が器用な手つきで小さなおもちゃを出し、別の乗組員がそれを懸命に振ってレイリーの胸元に笑いかける。
 その後ろでは本来の目的を忘れ去ったかのように二人の男が剣を交えて轟音をたてていた。子守唄にするのは無理がありすぎると皆が思い始めたころ、努力の甲斐も虚しく片方の赤ん坊が大粒の涙を零して泣き始めた。その轟音にも負けない金切り声である。それにつられるようにしてもうひとりの赤ん坊も堰を切ったように泣き始めた。レイリーはふたりの様子を見て目を細めた。手は優しく、泣く赤ん坊をさすっている。
「ああ、そうだな。すまんすまん。お前らは何も悪くない」
 そして、少し頼めるかと赤ん坊を周りに預けると、騒音の元である男たちの方に歩を進め、大きく息を吸い込んだ。
「おまえら、うるさああああああい!!!!」
 その声は、遠く向こうの山までこだました。怒号だけで発生するとは思えない衝撃である。鳥たちが驚いて飛び去っていく。白ひげは咄嗟に薙刀でその衝撃を受け流そうとした。自分の後方にはことの成り行きを見守っている家族も控えているのだ。
 一方、夢中になっていたロジャーは白ひげにできた一瞬の隙にその頭から斬り込もうとした。しかし次の瞬間、真横から衝撃を浴びせかけられ、大きく体勢を崩し地べたに強か叩きつけられ蛙が潰れたような声をあげた。
 白ひげは構えを解くと「ああ、おっかねえ」と言って笑った。
「いってぇ〜〜……
「泣く子と何とかには勝てねえなぁロジャー! グラララララ!」



「こりゃあ、うるせえなぁ……
 赤毛の子を掌に乗せられた白ひげは困惑し通しだった。泣き止まないのだ。もうひとりをロジャーが必死で口をとがらせたり、目を見開いてみたりしてあやしている。
「もう少し待ってくれ」
 レイリーは哺乳瓶に粉ミルクとお湯を入れて溶かしていた。人肌にした瓶をひとつロジャーに渡し、もうひとつを持って白ひげの掌にいる子に、と思ったが、赤ん坊はいつも喜ぶミルクを前にしても嫌がり、必死になにかを頑張っているばかりだ。
 レイリーはその異変に気づいたが、白ひげは訝しんだ。
「あ」
「なんだ? どうした?」
「うんちしてる」
「あ?! おれの手の上でこのガキ……!」
「まだこんなに小さいんだぞ!! 四の五言うな!」
「ぐっ……
 レイリーは新しいおむつを取り出すと、白ひげの掌の上で頑張っている赤ん坊の汚れたおむつを替えようとした。
「おいおいおい!! おれの手の上でやるつもりか!」
「ああ、ちょうどいいからちょっと貸してくれ」
 掌の上で赤ん坊にクソをされ、そのおしめを交換されながら白ひげはロジャーを睨んだ。
「くせぇ……ロジャー……おめぇ、覚えてろよ……
「おれのせいかよ?!」
「お前がキャプテンだろ!」
「あかんぼのすることに文句言えねえだろ!」
 ロジャーだって、何度も腕の中で粗相されたことがある。赤ん坊は時と場所は選ばない。どんな人物に抱かれてるかなんて、赤ん坊には関係ない。ただ、そこにいるのが心地よいか否かだ。
「まてまてまて! 汚えやつをそこに置くな! おれはおむつテーブルじゃねえ!」
 不要になったおむつをクルクルとまるめて手慣れた手付きで赤ん坊の隣にポンと置いたレイリーに、白ひげは声を荒らげた。それは白ひげが知っている中でも最悪のゴミだ。掌の上なんかに気軽に置かないでほしい。
「後で手洗え! 少しだから我慢しろ!」
 これでよしと言っておむつの交換を終えたレイリーは改めて赤毛に哺乳瓶を渡した。赤ん坊も赤ん坊で慣れているのか手足で哺乳瓶を支えて飲んでいる。
 白ひげは、お前が横たわっているのは、他でもない、この白ひげの掌なのだぞと思ったが、赤ん坊相手に凄んでもただ滑稽なだけだった。だから、不機嫌な顔のまま、珍妙な格好でミルクを飲んでいる赤ん坊を見つめる。
 ふとロジャーが青毛の赤ん坊を抱いて近づいてきた。
「なぁ、ニューゲート。あそこにでっけえ山が見える」
 彼は遠くに佇む山を指差した。そこはここにいる者全ての本来の目的だった。こんなことにならなければ一番乗りはおれだったと白ひげは思う。
「あぁ」
 白ひげはロジャーの様子に、掌の上の赤ん坊を一瞥して答える。
「その向こうにあるお宝がお前の目的だろ?」
「それがなんだ」
「共同戦線といこうじゃねえか」
「お前が? 向いてねぇと思うがなぁ」
「貸したままだと気が引ける」
「貸し? こんな赤ん坊ひとりの世話がか?」
「いや……実は……ニューゲート、わりぃ……
 ロジャーは腕の中の赤ん坊を見てそわそわと落ち着かなくなった。何か言い出しにくいことを隠しているという様子だ。白ひげは嫌な予感がする。
……一応聞いてやる」
「こっちもうんこしてるから……
 もう一度掌をおむつテーブルにしろと言うのか。ロジャーの後ろには新しいおむつを持ったレイリーが「はやくしろ」と言わんばかりの顔で控えていた。青毛の赤ん坊は「やりました」とでも言いたげな顔をしている。
「お前らぁ! ふざけんな!!!」



 その日、レイリーは船長の後ろに控えていた。周囲には倒れた海軍の小物共が幾人も横たわってた。
 背後には大勢の船員達がいる。隣にはクロッカスとギャバン。あのときはまだ赤ん坊だったふたりの子どもも。
 バギーが大きな岩の上によじ登って双眼鏡を覗き込んでいた。そして、白ひげの船が見えたことを知らせてくれる。
「上陸したな。お前ら白ひげに見つからないように気をつけろ。とって食われるかもしれないぞ」
 レイリーは冗談めかして子どもらに言った。
「なんで? おれたち白ひげになんかした?」
 シャンクスが不安げにレイリーを見上げた。
「うーん……そうだなぁ……
 ロジャーもふと昔のことを思い出して噴き出した。
「わははは! あいつは器がデカいようでケチくせぇからまだ怒ってるかもしれねぇぞ!」
 シャンクスとバギーは顔を見合わせた。
「えぇ……船長、おれたちになにさせたんだよ!!」
 必死になる子どもらを尻目にロジャーとレイリーは目を合わせて笑った。きっとあの男も、それを忘れていないだろうと思った。