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柄
2024-07-31 00:34:54
3711文字
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元セフレエメ光
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夜よ、君を忘れるなかれ 3.1
元セフレエメ光です。
ただいまぁ、と声をあげれば、ソファーで本を読んでいたエメトセルクがちらりとこちらを見た後に時計を見上げる。十八時を過ぎた頃で夕食の準備をすっかりし損ねていたらしい。
「いいよいいよ、リムサでちょっと買ってきたから、それとパンでいいんじゃない?」
「
……
先にシャワーを浴びるだろう。サラダぐらいなら作る時間がある」
「やった、お願い!」
棚から着替えを取って、浴室に向かおうとして。彼女の手をエメトセルクが掴んだ。
「エメトセルク?」
「
……
ヒュトロダエウスと会っていたのか」
「あ、うん。リムサでお喋りしてたのよ」
捕まえた指先を凝視しながらそうか、と呟いてエメトセルクが手を離す。なにかしら、と思いながらも浴室に向かった。その背中を、エメトセルクはじいっと見ていた。
もう一度アタックしてみよう、ワンチャンあるかもしれない。そう思いながら丁寧に体を磨き上げる。自分に手を掛けるのは好きだ。冒険者だから傷跡が残るのは致し方ない。けれども、だからって綺麗にする努力を怠る理由にはならない。だって、私を磨くことが趣味だから。丁寧に体を洗って、ふわふわのタオルで優しく水分を拭き取って、ボディクリームをゆっくり塗りこんでいく。髪もオイルを絡めて梳かして乾かして。ピカピカに磨き上がった鏡の中の自分を見て、すっぴんでも可愛いわね、と満足気に頷く。自分を一番褒めるべきは、自分である。
けれども、結局彼にとって、見目はそこまで重要で無いのはよく分かっている。彼が大切に思っているのは、抱え込んでしまった魂のかけらだ。それを返したところで彼が望むものは永久に戻らなくて、それでも思い続けているのだからそこに入る隙なんてきっと無い。
それでも好きでいることをやめられないのは、互いにそうなのだ。ああ、恋とは厄介である。こんな感情、知らないままでよかったのに。自覚しなければよかったのに。
息を吐いて鏡の前から離れる。脱衣所から出ると、テーブルの上には買ってきたものが皿に出されて、サラダとよく冷えた炭酸が並んでいる。ふわふわのパンも軽く焼かれていて、なんだかんだ手を込めるのが好きな人なんだな、と思う。
「ありがとう。美味しそう」
「簡単な物しか作ってない」
「それでも、あなたが作ってくれたことが嬉しいの」
そう言って笑いながら席に着けば、エメトセルクは何とも言えない顔で同じように席に着く。なんだかんだ、真面目で良い人なのだ。それがこんな性欲おばけに好かれてしまって、申し訳ない。何の本を読んでいたの? から始まった会話は楽しくて、好きな作者について語り合う。こういう時間も好き。
本当に良くない。ああ、えっちしたい。
なんかちょっと濡れてる気がする。本当に良く無い。もう一度誘ってみて、ダメだったら外に宿を取ってちょっと一人で一回シよう。
ご馳走様、と食べ終えたのはほとんど同時で、席を立って片付けよとすれば、彼がぱちん、と指を鳴らして片付けてしまう。あら珍しい。いつも私が皿を洗っているところに横から顔を出してきちんと水を切れ、なんて文句を言ってるのに。
「
……
ちょっとこい」
エメトセルクが手招きする。何だろう、と思いながら近寄れば左手を掴まれた。
「エメトセルク?」
掴んだ指先をじいっと見つめている。ヒュトロダエウスのおまじないを見てるのかしら、と待っていたら、眉間の皺をいつもよりちょっと深くしてエメトセルクが顔を上げた。
「
……
お前、
……
いやなんでもない」
「なによー?」
エメトセルクが手を離した。ずっと握っててもいいのにな、と思っているとエメトセルクが視線を逸らした。逸らしたって、見上げる彼の顔はよく見える。でも何を考えているのかは分からない。眉間の皺が寄ったまま癖になってるところ、暗いところで輝く綺麗な彩光を持ってるところ、鼻が通っていて高くて綺麗なところ、唇の形がかわいいところ。
ゆっくりと視線をおろして、唇で目を止めて。少し考えて、エメトセルクの胸元に手を伸ばしてくい、と引く。
「ねえ、エメトセルク」
「なんだ。
……
しないからな」
「えっちじゃない! したいけど!
……
そうじゃなくてね、ちょっとだけ屈んでくれる?」
不審そうな顔をしながらも、素直に彼は少しだけ身を屈めた。見下ろす目が、近くなる。もっと、近く。少しだけ背伸びをすれば視界がぼやけるぐらい近付いて、ゆっくり押し付けるように唇がぶつかった。
触れるだけで、すぐに唇は離れた。パッと胸元から手を離しても、エメトセルクは驚いた顔で硬直している。
「私ね」
ぎゅう、とおまじないをかけてもらった手を胸元で包み込むように握りしめる。
「えっちを誘う以外のキスの意味を聞いて、考えてみたの。でもよく分からなかった」
「
……
じゃあ、何故いま」
「実際してみたらまた変わるかなって」
エメトセルクが溜息をついた。お前は、と苦く呟いて視線を落とす。そんな顔をさせたいわけじゃなかった。
「
……
ねえ、あなたは、どんな時にキスをしたくなる?」
ぎゅう、と指先を握る。指先にこもったおまじないに、助けを求めたかった。
「それを私に聞くのか」
「あなたに聞きたいの」
目を閉じる。だって、だって。
「だって、あなたがキスしたんだもの」
エメトセルクが息を吸い込んだ。私、別にキスされたことなんて忘れてないのよ、と小さく呟いた。
何を言われてもいい。どんなことだって大丈夫。もうとっくに一方的な恋でよくて、エメトセルクの想いは分かってるつもりだ。人は、もう二度と戻らなくたって、前を向いていたって、恋を捨てられないのだ。
「あなたはアゼムをまだ愛しているのでしょう? やっぱり、魂のかけらでも私にアゼムを感じる時があるの? もしそうなら、私をアゼムだと思って抱くことはできない?」
「お前と、あいつが別物であることは分かっていると言っただろう」
少し震える声は、もしかしたら怒っているのかもしれない。やっぱり、私は代わりになんてなれない。代わりでもいいから触れて欲しいなんて、浅ましい想いを抱いてる私が、彼の大切な人の代わりになんてなれるわけがない。でも、それでも。
「
……
じゃあ、何でキスしたの」
彼は、私にキスをしたのだ。
ゆっくり目を開けると、何とも言い難い表情をしたエメトセルクがこちらを見ている。その表情の意味はよく分からない。いつか、分かる日が来るのだろうか。
「だってえっちしてくれるわけじゃないんでしょ?」
「すぐに性欲に繋げるな」
「そりゃ性欲が混ざらない恋もあるけど、私の恋は性欲がんがんに混じってるからチャンスがあったらあなたとえっちしたいわ。でも、あなたが私と恋してくれないのは分かってるから、せめて体だけって思うのはおかしなこと? キスできるのなら、えっちもできるんじゃないの?」
畳み掛けるように告げれば、エメトセルクは短く溜息をついた。
「お前は、私が好きなんだよな?」
「好きよ」
それだけは真っ直ぐに言える。私はエメトセルクが好き。
「体からだったけれども、あなたがやってきたことも、したかったことも、願ったことも、生きていたことも、全部全部知って、やっぱり好きだと思った。好きだったんだと、思い知った」
遠いエルピスで、私は確かに恋していたのだと知ってしまった。そしてそれは、いまだに心の中にこびりついて、重く、重く、溺れそうな甘さを滲ませている。
「好きでいるのをやめようって、頑張ったけどダメだった。だから今はあなたを好きになるのをやめられないから、とりあえずえっちだけでもしたいなって。それってダメなこと?」
はぁぁぁぁぁぁ、ととてつもなく大きな溜息をつかれた。なんだ、溜息をつきたいのはこっちもだ。唇を尖らせてエメトセルクを睨むと、不意に彼が私の手を掴んだ。
「どうしてお前は頑なにお前の恋が終わったと思い込んでいるんだ」
「えー、相手があなただから?」
何を分かりきったことを、と口を開けば、エメトセルクは明らかに不機嫌そうな顔になる。
「
……
エメトセルク?」
不意に、手を引っ張られた。唐突すぎてぐら、と体が揺れて、私の顔をエメトセルクががしりと掴んで。
唇が、柔らかくぶつかる。
ゆっくりと、唇を喰むようにむにりと柔らかく触れられる。少し離れて、また押し付けられて。よく分からないけれどもキスされたことは嬉しくて、目を閉じて受け入れてしばらく。ゆっくりとエメトセルクが離れて、吐息が触れる距離で口を開く。
「本当に、終わっているとでも?」
「んん?」
「わかった。ようくわかった」
「エメトセルク?」
手が顔から離れて、ぱちん、と音が鳴る。次の瞬間、私は寝室のベッドに落とされて、その上にエメトセルクがのしかかった。こんな近い距離なのに、なんて思う時間もない。だって、体勢が、ありえない。
なんで、どうして。だって、まるで。
「お前の体にわからせるのが早い」
これじゃあまるで、これからエメトセルクとえっちするみたいじゃない。
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