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IHが終わっても夏は終わっていなくて、体育館はずっと蒸し暑い。
冬まで引退しないと断言した三井が、体育館の床にひっくり返っているのを、セミみてーだなと宮城は避けて歩いていた。
夏の日は沈むのが遅く、部活を終えて体育館を出てもまだ明るいなかを、宮城はよく三井と並んで帰った。
スタミナもついてきたのか三井の回復は以前より早く、コンビニの前を通ると何回かに一回は、寄ってこーぜと宮城の二の腕を肘でつつくのだった。
空腹に耐えかねてパンやおにぎりを買うこともあれば、飲み物でガマンすることもある。今月小遣い足りねーんすよと宮城が渋れば、三井がおごってくれることもあった。
しかし昼の暑さが残る時間帯では、何と言ってもアイスが選ばれる率が高かった。
パピコか棒付きのアイスがもっぱらで、カップ入りのものは、まどろっこしい。
互いに別のアイスキャンディーを買って、ガードレールに腰をあずけてパッケージを破る。だいたいいつも宮城のほうが選ぶのも店を出るのも早くて、三井が出てくるころには、宮城がひとくちめをかじりついている。
宮城の隣に並んで腰かけて三井がアイスにかぶりつくのを、宮城は自分のアイスをくわえて横目に見やる。
部室で汗を拭って着替えても、シャツの襟をくつろげていても暑くて、しっとりと汗で濡れた三井ののどが、うまそうにアイスのかけらを飲みくだす。
「うめー! 生き返るなー」
「今日も床と仲良しでしたもんね」
「うるせっ」
三井がまたアイスをかじる。大きく口が開かれた割には小さくかじりとる歯や、アイスの欠片がついた唇や、冷たさを堪能するようにふくらませらる頬や、そういったものを見ていると、宮城ののどが鳴る。
「うまそーっすね。三井サン、ひとくちちょーだいよ」
「あ? おまえも自分の食ってんだろがよ」
「俺のも食っていいから、味見させて」
宮城が自分のアイスを三井の口許に寄せれば、三井も味見の魅惑に抗えないのか、ついつい宮城のアイスをかじってしまって、自分のアイスを宮城に差し出す羽目になる。
「おらよ」
「へへ、ありがと」
短い棒しか持つところのないアイスキャンディーなんて、手渡して受け取ってもらうような余裕はない。顔の前へ出されたアイスキャンディーに、宮城は大きく口を開けてかじりつく。
「あ! てめ、ひとくちがデカすぎんだよ!」
「もうひとくち、俺の食っていーすから」
まあまあとなだめる口調で差し出されると三井は文句を続けられず、宮城のアイスキャンディーにかじりつく。
宮城は三井の、開かれた口と、少しのぞける舌先を眺めていた。
味見だなんて都合いい言い訳だ。男子高校生の小遣いで買えるアイスなんて、どれも一回くらいは食べたことがある。
食べたことがなくたって、同じような価格帯の安いアイスキャンディーなど、見た目と香料でごまかされているようなもので、味の違いなんてそんなにない。
だけれど、人の食べているものをもらうと、まったく別のものを食べている気になるのか、もらったひとくちも、三井はうまそうに食べる。三井がうまそうなのは純粋にきっとうまいと思っているからで、宮城が三井から奪ったひとくちがうまいのとは別に違いなかった。
宮城は、自分のアイスをかじる。三井からもらったひとくちと違うようでいて、たいして変わらない。
口の中と、下手をすると溶けてきたのが垂れた指先の、ベタついた甘さしかわからない。三井の指先に垂れたしずくは、そうとうに甘いのだろうと口の中で舌が浮きそうになる。
部活帰りのアイスは、寒くなってくるとホットの飲みものになって、冬になったら肉まんやおでんになって、真冬を過ぎて年が開けると一緒に帰る機会もなくなって、めぐってきた新しい春には、隣にいたら何を食べたんだろうなんて考えさせられた。
帰り道に三井のいない春が過ぎ、夏、たまに体育館に遊びに来た三井は、溶けちまってても食べやすいからと、カップアイスを差し入れに持ってきてくれた。
差し入れを持ってきた三井は自分の分を買っていなくて、宮城はひとくちをねだることができなかった。
駆け足の速度で季節を後にして、あっという間に卒業もして、宮城はアメリカへ飛んだ。
三年ぶりに宮城が帰ってくるのにあわせて、湘北高校バスケ部卒業生の飲み会があった。
大学生になったメンバーは夏期休暇期間中で、欠席者は少なかった。三井も予定をあわせて参加した。
酒の席でつれなさをからかい混じりに責められた宮城は、アメリカに渡った初年も翌年も余裕がなくて帰国なんてムリだったと言っていた。宮城の言うとおりで、続いてアメリカに行った流川も、一度も帰国していない。
久しぶりに目にした宮城の姿に、三井は最初、「おまえ、本当に宮城か?」と指さして訊ねて、宮城に涙をにじませて笑われた。身長も少しは伸びていたが、それよりも、身体が分厚くなっていて、印象が違ったのだ。
たまにエアメールのやり取りはあったがそれくらいで、写真ひとつ寄こさなかったのだから、こんなに筋肉がついていたら見違えるというものだ。愛玩犬みたいな感じさえあったのに、猟犬になっている。
それでも、飲み会の席で三井の隣におさまって、寮生活のあれこれを話す宮城の姿は、高校生のころのかわいい後輩の面影を失っていなかった。宮城がなついてくるのが嬉しくて、和食が恋しいだろうと、三井は自分の皿の刺し身を幾切れも宮城の皿に移してやった。
飲み放題の時間を終えて店を出ると、二次会へ向かうメンバーと一次会で帰るメンバーとが適当に分かれた。宮城が帰ると言うので、久しぶりに会う宮城と駅までの道中だけでも話したくて、三井も二次会へは行かなかった。
さほど飲んだつもりはなかったが頬が熱く、茹でダコみてーっすよと宮城に笑われる始末だった。からかわれるとよけいに熱い気がして、三井は、駅とは方角が別になるが、百メートルほど先にあるコンビニの明かりを指す。
「熱冷ましだ、アイス買うぞ」
「風邪じゃねーんだから。酔いざましじゃねーの? どっちにしろ水はもっと飲んだほうがいーっすよ」
機嫌よく笑う宮城もそれなりに飲んでいたはずだが、まったく酔って見えない。冷静に指摘されてしまえば、アイスより水を買ったほうがいい気はする。
頬を撫でる生ぬるい風が、アイスキャンディーの思い出を三井に呼び起こす。
「そーいやおまえ、ひとくちくれってよく言ってたよな」
「え、ああ。覚えてたんだ。だって三井サン、ちょーだいって言うとくれるんだもん」
一瞬詰まったあと宮城がかるく笑う。ちょろいと言われているみたいで、三井は正当に抗議を申し立てる。
「ひとくちくらいなら、やんだろーが」
三井は、アイスや肉まんのひとくちを分けてやれないほどの狭量ではないつもりだった。だいたい、食べたのと同じくらいを宮城からもらっていた気がする。
だとしたら、あれは交換して食べていたようなものじゃないかと三井は首をひねった。とはいえ、ひとくち食べさせる代わりに宮城の分をくれと三井から言った覚えはない。四年近く前の話だから、そんなささいな出来事の記憶はあやしいものだが。
「そっすね、あんたイヤな顔しても、絶対にくれんだよね」
宮城がのどの奥で笑う。飲み屋の多い繁華街と駅を結ぶルートから少し離れただけで、そんな小さな声も聞き取れる。
「ねえ、どこまで覚えてる?」
「あん?」
酒の入った頭では前後のうまくつなげられない質問に、三井は顔をしかめた。
「俺が、ひとくちって言うときのこと」
何を訊かれているのか、宮城から説明されても今ひとつ理解しきれなかった。三井は顎先に手を当てて首をひねる。どこまでと問われて答えられるほど、特筆できる出来事はなかったように思った。
「どこまでって
……帰りにコンビニ寄って。アイスとか、肉まんとか、俺が食ってんのじっと見て、うまそーだっつって
……」
それから、ひとくちちょーだいってねだってたな。と、三井は、脳内に浮かびあがりかけた違和感を飲み込もうとする。
けれど、ささいな違和感の石を避けきるには理性の働きが弱っていて。そもそも言わなければいいことを、三井はすでに口にしてしまっていた。こんなに時間が経っても記憶の片隅に残っているくらい、引っかかってはいた。
「ウブな高校生の精一杯すよ」
口をつぐんだ三井に、宮城が違和感を増大させるような一言を投げてくる。
気づいてはダメだ、と三井は思う。投げられた石の波紋が大きく広がっていって、波になって、静かな水面の下に隠れていたものがあるのを気づきそうになってしまう。
口の中が妙に乾いて、かき集めた唾液を飲みこむのどの動きを、宮城がじっと見ている。いつの間にかコンビニの前へたどりついていて、車の停まっていない駐車場で、ふたり、足を止めてしまっている。
夜にも眩しいコンビニの明かりが、宮城を照らしている。
久しぶりに会った後輩の、筋肉にしっかりとおおわれた身体の輪郭や、酔ってもいないくせに少し熱っぽさのある頬や、ぽってりと厚みのある唇を、三井に見せつける。
「ねえ三井サン、ひとくちちょーだいよ」
溶けて指を濡らしたアイスキャンディーのように甘さを帯びた声が、三井の耳を濡らす。
「お、俺はいま何も持ってねーぞ」
まだ何も買っていない。ねだられるようなものは持っていない。
せめてもの抵抗で、カラの手を開いて見せるが、宮城の目は三井の手なんて見ていない。
「そうっすね。だから言ってんだけど」
じゃあ何だよ。だなんて、そ知らぬ顔で問い返せるほど三井もウブでもなく、かといって駆け引きに慣れているわけでもなく。
見おろしている宮城から目を逸らしたいのに、逸らせない。どうやって逃れたらいいのかわからない、かるい口調と裏腹に熱のある目。それと。
ひとくちで、済むわけのない顔をして。
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