chuahaaan
2024-07-31 00:04:57
2187文字
Public AC6
 

ルビコニアン盆踊り会場

621がECMフォグを取り除いた無人洋上都市をハンドラー・ウォルターの操縦する無人ドローンが探索する。
都市の地下の奥深くで盆踊りが繰り広げられていた。

 ハンドラー・ウォルターと呼ばれる男は調査用ドローンが拠点に送ってきた映像を理解できなかった。齢60も近いこの人生の中で様々なことを体験してきたが100年生きていたいとしても理解できない光景がそこに広がっていた。
 色とりどりに輝く屋台の光、遠くにあっても演者が見えやすいよう高所に設けられたステージ、その向こうには移動遊園地の観覧車が回っている。行き交う人々は半そでのTシャツやサンダルのような氷に閉ざされたルビコン3では無用のラフな衣類をまとい、家族や友人と共に歩いて祭りの空間を楽しんでいた。
「一体何なんだ、これは」
 瞬きすら忘れた目に目薬を差して周囲を見回す。いつもの拠点だ。ルビコンに連れてきた独立傭兵のC4-621はルビコン3の技術者集団、Radの頭目のカーラから依頼を受けて出かけていて当分戻らない。
 あいつが俺のしている事に感づく前に準備を進めねばならない。ACを操縦するだけの機能しか残っていないあいつがそれだけの思考と行動ができるまでに回復することは悪いことではないが、通信の中でうっかり情報を漏らし、そこから「友人」の、俺の目的を知られたら50年の積み重ねが無に帰る。
 ECMフォグが解除されて企業がここに関心を持つのも時間の問題だ。奴らも戦闘バカではない。調査をすればこの町の正体に気づくだろう。一秒でも早く恒星間入植船ザイレムとしての機能がどこまで生きているのか確認するのだ。
 しかし、預かってきたセキュリティIDの情報を使っていくつもの隔壁を通り、たどり着いた中央管理室はルビコニアンが占拠していた。彼らには申し訳ないが、過酷な地上へ出て行ってもらわねばならないだろう。“友人”が621に依頼を出しても問題ない額の蓄えはある。
 天井の壁際にドローンを移動させて情報を集める。他にもドローンが飛んでいるからなのか誰も気に留めていない。
 屋台から立ち上がる油や煙、やぐら、観覧車のせいで移動しないと円形の部屋の向こう側の光学観測は難しい。自動操縦でドローンを移動させながら飛び交う無線通信の内容を傍受する。暗号化されているものはコンピューターに任せ、平文の内容をざっと聞いていく。
――つづきまして、BAWS和太鼓AC舞隊によるルビコン盆踊りです。生身の方は専用エリアにて奮ってご参加ください」
 女性の声で間延びした放送がかかる。今ドローンを飛ばしている区画がそれに該当するのだろう。会場全体に地響きのような振動が響いて群衆が足を止める。
「おー、今回の盆踊りは低音の響きがちがいますね」
 中年の男がもったいぶった口調で感想を述べる。
「大太鼓を新調したと伺っております」
「大太鼓を?」
「5年前のミールワーム品評会で最大記録を得た個体の皮で作ったそうです」
「私も見たことあるんですけどね、でかかったねぇ。いまだに超える子いないんでしょ?」
「品種改良の途上だそうで、これからが楽しみです。大太鼓の胴の部分はエルカノの鍛造技術の粋を集めた溶接なしの完全鍛造だそうです」
「お高いんでしょ?」
「エルカノからは『この音を楽しんでいただければ携わった技術者もそこでも学んだ若手も我が社も値段をつけるなんてことはできません』とのことです」
「こりゃ太っ腹だね!ワッハッハッハ」
 回線を切り替える。祭りの案内アナウンスだった。コンピューターに録音と文字化を指示する。事前調査にはないルビコン3の情報が得られるかもしれない。
 ほかの通信内容は買い出しに出かけたアルバイトとのやり取りやはぐれた友人同士の会話、留守番をしている家族からの土産の指示などとりとめもないものだった。ウォルターの背に悪寒が走る。ルビコニアンが祭りを楽しむ場所にしているということは、中央管理室の役割も価値も知らずただの広い空間として利用している可能性がある。50年も起動していなければ壊れたと判断されても仕方がない。設置されている制御機器の無事を祈りながらドローンの移動速度を上げて管理者のみが操作できるコンソールに向かう。
 子どもの頃に住んでいた町で催していた祭りとよく似た景色を眼下に見ながらその先へ、両親の友人と一緒に乗ったジェットコースターを通り過ぎたその先へ飛んだ。
 資料と同じ状態を留めたザイレムの管理者専用コンソールがあった。ドローンのサーチライトに照らされたそれは青白いライトを小さく明滅させていた。
「よかった」
 形を保っていることに安堵し、周囲のルビコニアンの様子を見ようとカメラを回す。
 誰もいなかった。
 これまでに通ってきた通路のように、うっすらとホコリが積もった機械が並んでいるだけだった。
「一体、何が……
 ウォルターは当惑した。記録を確認しても彷徨い飛んだドローンが送ったがらんどうの部屋の観測結果が保存されているだけだったのだ。
 白昼夢でも見ていたのだろうか。ドローンを調査モードに切り替えて室内の完全スキャンを開始する。しばらくして送られてきたデータは夢の中で得たものと同じだった。
 ドローンが送るデータの解析していると、拠点に振動とブザーが響く。621が帰ってきた。ガレージに取り付けたカメラに621のACが映る。被弾はあまりないようだが、念のためメディカルチェックもしておこう。
「621、休め」