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hatahata
2024-07-30 23:48:51
3405文字
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決別はいとも簡単に
あんまりお題に添えてない
やおじの地雷って何なんだろう
きっかけは些細なことだった。
いつも通り
……
と言っていいのかは解らないが、怪異に関わる案件を寄越され八敷と2人その対処に追われる日々、集めた情報や関わりのありそうなガラクタ等で何とか怪異を消し去った夜。
九条館へ戻れた頃には、玄関ホールのソファでもいいから即倒れ込んで眠ってしまいたい程疲れきっていた。
せめて手当だけでもと鉛のような身体を無理矢理動かして八敷の腕を消毒し包帯を巻いてやりながら、頭に浮かぶのはこの怪我を負った際のコイツの様子。苦しんで悲しんで恨みや未練を残した元人間を出来る限り救いたい、なんて身勝手な願いを宿すこの中年は、自分のことを顧みず手を伸ばすものだから毎回身体も心もボロボロになるのにちっとも懲りやしない。それに対し俺も毎回の如く苦言を呈しては、八敷が苦笑するなりすまなそうながらも反論するなりがいつもの流れだったのだが
……
今夜ばかりは虫の居所が悪かったらしく、やけに強い語調で「五月蝿い」との返答があった。
珍しい反抗に驚いて調子が狂った自覚はある。しかし、その時は俺も疲れていた。
……
お互い、酷く消耗していたのだ。
売り言葉に買い言葉でどんどん熱が入り、終いには既に決着がついた筈の過去のことまで持ち出して相手を詰り合う。頭の片隅にほんの僅か残る冷静な部分が、心配しているのであって傷付けたい訳ではないのにと警鐘を鳴らしているのも全て素通りして只管喚くだけの時間が空間を塗り潰していった。
そしてそれは、いつだって唐突に終わりを告げるもの。
「貴様がいつまでもそれでは九条さやも報われないな!まだその辺にいて二度も自分の命を投げ打ったことを悔いてるんじゃないか?」
「ッおまえ
……
」
言ってはならないことを舌に乗せてしまった。気が付いても、口から出た言葉はもう戻って来ない。
怒りに紅潮していた八敷の顔がサッと青ざめ痩躯がガタガタ震えているのは、血の気ごと体温を失ったようにも、言葉で表しきれない激情が身の内で暴れ狂っているようにも見える。正しく絶句、といったところか。
失言には気がついていたのだからこの場ですぐ撤回するなり、謝罪するなり、方法はあった筈。実際この時、ごっそり抜け落ちた八敷の表情を見てその言葉が脳裏をちらついた、のに、未だ頭に血が上っていた俺は「言い負かしてやった」と謎の達成感を覚え勝手にこの口論を終わらせてしまったのだ。
暫くの沈黙の後、じわじわと項垂れた八敷の絞り出すような「
……
朝一番に帰ってくれ」と言う声と力無く自室に向かう足取り、それをただ見送って、一晩泊まった後罪悪感と気まずさから言われた通り顔を合わせることなく早朝に九条館から逃げ帰った。
……
それが唯一の、取り返せるチャンスだったのに。
俯き髪に隠れたアイツの目が、どんな光を宿してしまったのか、俺は気づかなければいけなかった。
■□■□■
流石にあれは言い過ぎた、と八敷が以前気に入っていると言った洋菓子片手に九条館の扉を叩く。これで機嫌を直せとまでは言えないが、謝意を示すのに手ぶらなのも良くなかろうと思いとりあえず購入したものだ。
しかし幾ら待っても反応は無く、試しに館内の電話を鳴らしてみても呼出音ばかりが耳を刺す。加えて普段は何度言っても施錠を怠る癖に、今日はしっかりと鍵を掛けているようだ。
単純に不在か、まだ寝ているだけか、こうして俺が接触を図ると予想をつけて全ての訪問や電話を無視しているのならばまだいい。怪我や不調で動けなくなっている、もしくは───
「
……
八敷、おい、いるのか?」
広い洋館だ、外から声を掛けても中へ届かないかも知れない。それでも背筋を撫でる薄ら寒さを誤魔化すように、館の主の名を呼ばずにはいられなかった。
外周を辿りながら窓をひとつひとつ覗く。カーテンが掛かっていたり、部屋の中が暗くてよく見えなかったりはするが人の気配は無い。次いでに鍵を掛け忘れていないかと揺すっても動かず、確固とした拒絶の意すら感じられた。
ぐるりと回りきり正面玄関まで戻ってきてしまう、1階にはいない。2階に、自室に篭っているのか?
勿論不在の可能性が高いが、念の為もう一度扉を叩くなりチャイムを鳴らすなりしてみるかと扉へ向き直った、その時。
ガタンと、何処かの窓枠が揺れる音がした。横ではなく恐らく上から。
反射的に顔を上げると、斜め上の窓がゆっくり開いて、そこから見慣れた中年男がカーテンの隙間から此方を見下ろしているのが目に入る。姿を視認した途端駆け寄って名を呼べば、八敷は窓をそのままに部屋の中へと引っ込んでしまった。無視するつもりだろうか。しかし窓が開いている。
……
行動を決めかねて馬鹿みたいにただ見上げていると、再び八敷が今度はやや身を乗り出すように現れた。その顔は酷く憔悴して頬も痩け、目の下を自分とタメを張れるのではないかと思うくらいべったりと濃い隈が縁どっている。
「八敷、貴様───」
つい、その面はどうしたと小言が口から出そうになった。しかしその声が喉を通るよりも早く、真下、と低い声が空気を裂き俺の舌を凍らせる。冷たくて、掠れて、それでいて酷く浮ついた、普段の奴からは想像もつかないような。
「まだ完成には程遠いが、おまえのお陰で気付けたからな。特別に、少しだけ見せてやろう」
思わず身震いする俺を気にした風もなく、八敷は言葉を紡ぎ続ける。
何だ、何のことだ?八敷は、何について話している?
刑事時代に培った勘や危機察知能力が、脳内にけたたましく警鐘を鳴らす。しかし逃げ出すことも目を逸らすことも出来ず、正に氷漬けにされたかのようにじっと八敷の動向を見ているしか出来ない。
八敷が、何か大きなものを恭しく抱えている。
それは大まかに人体を模した、マネキンに見えた。距離がある為はっきりとは解らないがメリイよりは大きく、凡そ成人女性くらいの。そして
……
首が無い。
その人形が何だと言うんだ、何をしようとしているんだ。動かせない身体で精一杯睨みつけていれば、蕩けるように虚ろな笑みが、愛おしげに、人形に向けられる。
「おまえが言ったんだ。さやがまだ近くにいて、命を投げ打ったことを悔いていると」
「それは、」
「さやの身体は花彦くんに奪われた。しかし、兎の身体に宿り二度目の生を得て俺を手助けしてくれた。
……
ならば、器さえあれば、さやはまた戻って来てくれる」
「はっ
……
!?」
ヒュッと喉が引き攣る音が響いた。
こいつは何を言っている?さっきからずっと、解らない。こいつが何を考えて、何を言って、何をしようとしているのか。解らない。解りたくない。
中身のない卵みたいな、硬質で無機質で薄っぺらく脆い笑み。冗談でも、正気でもないことをまざまざと見せつけて、八敷は大切そうに人形の胴体を抱き締めている。
「ではな」
「ッ待て、八敷!?」
たった三文字に込められた拒絶の意、到底納得いく筈もなく引き留めようとするが窓はするりと閉じられてしまった。何度呼び掛けても内側のカーテンが揺れることすら無く、思えば今八敷が顔を出したのは、位置から察するにアイツの部屋ではなく
……
九条さやの
……
。
「おい、巫山戯んな
……
!」
あれは駄目だ。八敷が成そうとしていることは、オカルトに詳しくない自分でも察する程危うい。
八敷は俺の発言がきっかけだと言っていた。俺のせいで。俺があんなことを言ったから。
何としてでも止めなければならない。窓は全て鍵が掛かっていたが、古い洋館だ、甘いところのひとつくらいは揺すれば外れるかも知れない。最悪窓を割って───
こん。
「
……
!」
いつの間に降りてきたのか、硝子1枚挟んで至近距離、軽く手を挙げ窓を叩く姿。間違いなく此方を向いているのに何処も見ていない瞳は、いっそ憎悪ともとれる程真っ黒に濁っていた。
視線を外すことも出来ないまま立ち竦む俺に見せつけるように、もう片手に握られた携帯電話を掲げる。ゆっくり、細長い荒れた指先が、いち、いち、れい。
じゃ ま す る な
たった1枚の窓硝子越しに、声を出さぬまま八敷が唇を動かす。空気を通さない拒絶はそのまま俺が何をしようと八敷の心を震わせることはないのだと突きつけてきて。
勢いのまま引かれるカーテンの向こうに溶けゆく姿に、もう何も伝えられることは無かった。
END.
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