眞昼
Public ss
 

Kissing under the mistletoe

クリスマスの二人。Joyeux noël!

 何故クリスマスの朝というものは、特別何かが変わるわけではないのに他の多くの朝より清廉に感じるのだろう。
 微睡と覚醒のあわいで、ハイドは肺に篭った夜を静かに吐いた。
 家並みの影にある人々の浮き立つ心や団欒の暖かさを、冬の静粛な空気が際立たせるからだろうか。キャロリングの音が聴こえ始める頃には、祝福で満たされた時間が街を包み、凍った闇さえ温めるだろう。
 しかし今はそれに加わるより、もう暫し微睡みの中を漂っていたい。この静謐を感じながら柔らかい毛布にくるまり、共に眠る相手の腕の中で、猫のように身を丸めていたい。
 そう思って隣を窺うも、何の気配も感じられない。既に目覚めているらしい。念のため伸ばして探った手は、やはり水のように冷えたシーツの上を滑っただけだった。
 温もりを求めることを諦め、もう一度眠りの海に落下しようと毛布を引き寄せたところで、寝室のドアの向こうから重心の低さを感じさせる足音が近づいてくるのを聞いた。
 恐らくクリスマスだというのに、いつまでもベッドから抜け出せないハイドを起こしに来たようで、相手は寝室の前で止まると軽快なノックと共にドアを開け、そのままベッドの横まで歩んで来る。

「おはよう、そろそろ起きたか?」
……おはよう、ガラ」

 まだ眠たげなハイドに軽く微笑んだガラは、カーテンを少し開き、室内に陽光を招き入れた。
 眩しさに射られ、堪らずハイドはきつく瞼を閉じる。その明るい暗闇の中で、ガラがベッドの縁に腰かけたのをマットレスの沈みで感じとった。そして覆うように身を屈めてくるのも。

「メリークリスマス、ハイド」

 やわらかく軽やかな口づけが額に、唇に降った。
 凍った朝の空気の中で明瞭に感じるその体温には一際のやさしさがあり、身体が解されるような心地がした。
 しかし離れた傍から雪片が融けるのと同じ速度で消えゆく温もりが惜しく、身を起こそうとする彼を引き留めるため、その腕をハイドが追おうとした、その時。
 顔の横に置かれたガラの手の他に何か別の影を感じ、首を捻ってそちらを見やった。彼は、ヤドリギの小さなブーケを手にしていた。

「これはまた、随分とクラシックなものを持ち出してきたな。手垢がついているというべきか?」

 頑健な掌の中でそれはあまりに頼りなげに見え、ハイドは小さな笑いを零しながらガラからブーケを取り上げると、透かし見るようにかざした。
 何もかもが凍えているというのに、細い枝には瑞々しい緑の葉をつけ、朝の陽の中で白い実は真珠のように照り輝いている。
 クリスマスツリーの樅木やヒイラギのリースを手配しにフラワーショップを訪れた際、ハイドも店頭に並んでいるのを見かけてはいたが、買い求めはしなかった。

「俺の実家では今でも恒例だぞ。ヤドリギの下で、家族皆が互いにハグやキスしあって幸運を祈るんだ」
「ふっ、想像するまでもないな」
「お前はどうか知らんが、こういう伝統に倣うのは良いことだと俺は思う。大切な人に幸福が訪れるよう、古からの祈りが続いているってことなんだからな」
「たしかに、まあ悪くはない」
「でも俺がお前に願うのはそれだけじゃない。わかるだろ?」

 葉緑の色彩とは異なる、鉱石の滑らかさを持つ碧の瞳に見つめられ、ガラの望んでいることを悟ったハイドは俄にたじろいだ。
 ヤドリギを飾らなかったのは、これが伝統となる以前、季節の慣習であったころを経験しているが故だ。
 端的に言えば、かつての深刻さを失っているとはいえ、この植物に込められた意味をガラに強いるようで気が引けた。それに、子供じみた迷信に願いを懸けるには少々長く生きすぎてもいる。

「いや、それは、」
「昨日仕事帰りに買って今朝まで車の中に置いといたんだが、その様子じゃあどうやら正解だったようだな。その前から飾っても、きっと何かと理由をつけて抵抗しただろう」

 ハイドはこの慣習の意味を知り過ぎているが、もう一人は彼のことを知り過ぎていた。
 ガラはハイドの手ごとブーケを握り込むと、再び身を傾げた。ベッドの中では逃げ場がない。

「お前の番だぞ、ハイド」
「冗談だろ! 私にもやれって言うのか?」
「ああそうだ。何か問題あるか?」
「それを、信じてない」
「ああ知ってるよ。だからこそ、してほしい」

 こうした躊躇いを、時にガラは易々と踏み越える。
 隠すこともできない戸惑いで、ハイドは視線をあらぬ方へと彷徨わせた。
 知っているのに、やらせようとするのか。躊躇の理由を見抜かれているようで、癇に触る。
 しかし穏やかな彼が時折示す強固な意思に、ハイドは未だかつて打ち勝ったことがなかった。
 そして、今回もまた。
 無駄だと知りながらも散々逡巡した末、ぬぐ、と呻きをひとつ漏らすと、ハイドは漸く諦めたようにブーケを手にしたままガラの首に自らの腕を絡ませた。これでヤドリギの下にいることとなるだろう。
 見つめた先、ガラの瞳の奥に焔の先端を視た。
 彼も自分に同じものを視ているだろうか、と思う。

「永遠は信じない。だが、お前のことは信じている」

 言い終わると同時に引き寄せ、口付けた。
 先ほどの、触れるようなものではない。
 舌で唇を割り、肉の熱さを弄り、お互いの吐息を呑んだ。
 実際のところ、ハイドにとってこの世に残された願望というものは数少ない。
 クリスマスプレゼントは神さまからの特別な贈り物だと言うが、プレゼントどころかとうに守護天使が遣わされているのだ。更には、今やこうして彼を隣に感じることができているというのに、他に何を望むことがあろう?
 それでも今日ばかりは、神の恩寵に感謝しつつ、祈った。声ならぬ声で。

「メリークリスマス、ガラ。幸運を」

 可能な限り。一刻でも永く。
 彼と同じ時を分かち合えるよう、大いなる天に慈悲を請うた。