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ひさね
2024-07-30 00:54:15
2520文字
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イミテーション
模造品の話。ケント視点。
「シオンだよ。ピーという音が3回鳴ったら発言して血統書を持ってきてね」
手元に抱えた、おもちゃの割に中々リアルな造形の犬、小さいチワワのようなおもちゃにナンセンスな声を吹き込んで、シオンはその犬の首、頚椎を指でなぞり下ろし、そして胸椎までたどり着いたら今度は毛並みに逆らうようになぞり上げる。
スイッチを探しているのだ。今しがた黙っていろと言われて、黙ってみれば、パチリとスイッチを押して訳のわからない言葉、揶揄のようなそれを犬のぬいぐるみに吹き込んだ。
パチ、とスイッチが切れる。漸く見つけたらしい。こんな毛の奥に隠す必要ある、とぼやいている。
「で、何してたんだ?」
漸く発言も許可されただろうと勝手に解釈して口を開けば、シオンは抗議の顔はせず、ああ、と軽く言葉に助走をつけながら、小型犬を持ち上げた。
「見ての通りだよ」
小型犬のおもちゃはぎこちなく首を横に振り、やたらゆっくりとした瞬きをした。
「シオンだよ。ピーという音が3回鳴ったら
……
」
「シオンだよ。ピーという音が3回鳴ったら
……
」
「シオンだよ。ピーという音が3回鳴ったら
……
」
そして妙に高い、機械を通した独特の声が、母音と子音の間でぶつりと途切れる音で終わるセリフが高スパンで流れる。
「人の言う事、真似する犬」
どうやら、彼女が掲げる妙にリアルな出来の犬は言ったことを録音して、機械を通してトーンを高くするおもちゃだった。
「長すぎたかな、台詞」
ぶつ切りの音声に彼女は首を傾げて呟く。その間にも甲高い妙な声は鳴り続けている。
「そもそも言わせた事の意味が分からなすぎるんだぞ」
「や、折角だから意味の無いことを言おうと思ってさ」
「流石にうるさいぞ」と眉をひそめれば、シオンはどこ吹く風で小型犬のおもちゃの首を撫でた。正確には首の骨をなぞるようだった。本物にする様な愛撫、と言うには些か暴力的だった。
声は止まない。暴力的な擦り方を親愛としたのか、犬はうつら、うつら、と微睡む瞼を真似るように機械の瞼をかしゃ、かしゃ、と動かす。甲高い声は止まない。
「いつ止まるんだ、それ」
「電池が切れるまで」
「電池を抜くまでか」
「意地の悪い言い方」
シオンはケラケラと笑う。いつもより静かに笑った気がしたのは、大方機械音声のせいだった。痛くなる神経もない無い耳の奥が痛くなるような声だった。
「で、何でこんなもので遊んでるんだ。対象年齢はとっくに過ぎてる筈だろ」
直接的に抗議した所で意味がないのはよく理解していたので、その苛立ちを遠回しに文脈に載せる。シオンもよくやる手口だからか、すぐに瞼をピクリと上げて、「対象年齢過ぎても遊んでいいでしょ」とヘラヘラ軽薄に笑った。
「遊ぶって。そんな録音と加工だけで噴飯物扱いする趣味じゃないと思ってたんだぞ」
「録音と加工はどうでもいいよ。大事なのは外観と中身」
飛び出した言葉に、ああ、とげんなりした。時代と環境が許せば唾も吐いただろう。
ぼくの不機嫌も重々承知の上、寧ろ不機嫌にさせるつもりだった彼女は軽々に言葉を紡ぐ。
「良く似てるでしょ、これ。犬に。ほら、今にも飛び出そうな目玉とかさ、意外に動く下まぶたとか」
「確かによく出来てるな」
「それがこうやって、何もかも違う人の真似をするんだから面白がらない訳ないでしょ」
犬の真似をしていれば良いのに。
最後にシオンが付け加えた言葉でいつも通り皮肉られているのだと確信する。同時に、唯一同意できた言葉だった。
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
甲高い声はなおも鳴り止まない。寿命はそう早くは尽きない。
そういう風にできている。
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
ふと思い出す。忘れている訳もないのだから、思い出すとは変な表現だが。それでも、ゆらり、と頭の底からひっくり返す様に記憶を引きずり出す。ぼくが本当に産まれた
――
というより抽出されたばかりの事。まともに向けられた最後の言葉を。
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
アイツはアイツ自身から、無自覚に己の脅威の部分、望ましくない部分を絞り出してぼくを形作った。そのことにアイツはすぐ気がついた。大体3日。存在の模造品を作ろうと考えるのだから、頭は悪くない。鈍くもない。
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
気が付いたとき言った。「お前が僕だってんなら」
真っ黒な癖に蒼白な顔をして呟いた。
「お前の言動全部僕のものになるのか」
この点で、イミテーションの範疇を超えていた。
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
その時にぼくの在り方が決められた、気がした。アイツの中身になるように、アイツらしい事をするように、と。
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
それだけの権能がアイツにはあったし、元々アイツらしくないことはできやしなかった。
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
所詮模造品はオリジナルに越権できない。逆説だった。
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
うるさい声と共に、思考が現在に帰ってくる。微かに嫌な事を思い出した。思い出させられた。
「きみはいつも、つまんない遊びとかおもちゃでぼくを皮肉るのが好きなんだな」
「さあ。自分への戒めでもあるから、よく分からない」
「戒めって何を戒めるんだよ。吸血鬼のきみが」
ピーという音が3回鳴ったら
……
。
「そうだな」
シオンは、延々その言葉を繰り返していた犬の腹を探る。ひっくり返して見れば良いものを態々指で何かを探っている。
そして指に引っかかる部分を見つけたようで、そこに爪をかける。
ぱか、と蓋が開く。電池があった。
「吸血鬼の癖に怪物じゃなくて人間の真似してる所とか」
ピーという。プツリ、と声が途絶えた。
彼女の手には電池があった。1本。自爆の真似事をして、虚しくなったのだろう。カチャリと2本目が外される。大概似たような感性だから分かるのだ。
そうして全部の電池が抜かれて、ローテーブルに犬の動かないおもちゃごと、乱雑に置かれた。
電池はコロコロと転がって、コトリコトリと落ちた。
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