桐子
2024-07-29 00:38:38
2099文字
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君しか知らない③(父水♀️)


水木は向上心が強かった。一度やってみて駄目ならその理由をさぐり、他のアプローチを考える。前世も今世も、そうして自分の道を切り開いてきた。
だが、恋愛ごとにはてんで疎く、ずっと自分には関係ないものだと遠ざけてきた。そのツケが回ってきたのかもしれない。
ゲゲ郎に喜んでほしい、そう思って始めたことだったが、相手は喜んでくれなかった。だが理由がわからない。
女性の同僚に聞けば嬉々として教えてくれるかもしれないが、一度話せば根掘り葉掘り聞かれてうんざりするに違いない。結局水木は前回と同じく同期の男に話しかけた。
「ちょっと相談にのってくれ。この前約束しただろ、おごるから」
同期はいやそうな顔をした。
「それって二人きりじゃないよな?」
水木はきょとんとした。そのへんの飲み屋でちょっと飲むだけだ。二人は二人だが、何か問題でもあるのだろうか。
「二人だけど、別にいいだろ」
「お前さぁ、おれがお前の彼氏ならそんなん嫌だと思うぞ」
同期は呆れたように言った。
「なんで?」
「だって、彼女が他の男と二人で飲んでるなんて、いい気はしないだろ」
「別にあいつはそんなこと気にしないって」
前世ではよく接待で酔いつぶれて帰っていたが、ゲゲ郎は何も言わず介抱してくれた。仕事だといえば分かってくれるだろう。
水木は自信満々に答えた。
「ーーーお前、自分がモテるって自覚ないだろ」
ぼそりと呟かれた言葉に、水木は首を傾げた。
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
はぐらかされたが、その日の夜に飲みにいくことになった。
仕事終わり、会社の近くの焼き鳥屋でビールをあおる。香ばしい焼き鳥のにおいともあいまって酒が進んだ。
いや、酒の勢いがなければ、到底話せない内容だったからかもしれない。
「で、彼氏はなんて言ったんだよ」
「無理しなくていいって……
直接的な話はあまりにも恥ずかしいので、ところどころぼかして水木は言った。
「愛されてるな」
男はビールをあおりながら言った。
「え?」
「だからさ、お前が無理して頑張ってるのが嫌で止めたんだろ」
それって愛じゃん、と男は笑う。そうなのだろうか。確かにゲゲ郎は一度もまともにセックスできないのに、水木のことを優しく抱き締め、「好きだ」と言ってくれる。愛されているとは感じる。
「でもさ、俺はあいつを喜ばせたいんだ」
「別に無理しなくても、彼氏は十分喜んでると思うけど」
結局、どうすればいいかは結論は出なかったが話を聞いてもらえただけで気持ちが軽くなった。
「ありがとうな、相談にのってくれて」
「まあ、またなんかあったら話聞くよ。でも今度は彼氏と飲めよな」
そう言って笑う男に、水木も笑って頷いたのだった。

居酒屋の外に出るとおさまっていた汗がまたふきだした。今夜も熱帯夜になるのだろう。
ーーーしかし、不意に底冷えするような気配があった。背筋がひやりとするような、ゾッとする感覚。

「水木」

暗がりから現れたのはゲゲ郎だった。いつからそこにいたのだろう。いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、水木のことを見ている。
「ゲゲ郎、なんで……
ここにいるんだという言葉は続かなかった。男は黙ったままゆっくりと近づいてくると、続いて出てきた同期に向かって頭を下げた。
「いつもうちのがお世話になっております」
やわらかい声音だが、どこか有無を言わせぬ響きがある。同期の男は気圧されたように「いえ……」とだけ答えた。
「では帰ろう、水木」
そう言ってゲゲ郎は水木の手を取った。
「あの、おれたち本当にちょっと飲んだだけなんで!もう二度と二人で飲むなんてことしませんので!」
同期の男が慌て言うと、ゲゲ郎はやわらかく笑った。
「それはよいことじゃ」
だが、目はまったく笑ったいない。
ーーーなんで怒ってるんだ。
水木は混乱した。いつもと変わらない、優しいはずの男の行動が急に恐ろしくなって足がすくむ。だが、男はそんな水木の様子には構わずに手を握って歩き出した。
「あっ……
同期に礼もそこそこに歩き出すのは申し訳なかったが、今はこの手を振りほどく勇気はなかった。それでもチラリと背後を見ると彼はひらひらと手を振っていた。きっと事情は察しているのだろう。
「水木」
ゲゲ郎が口を開いた。その声音は先ほどと打って変わって、ひどく静かだ。
「おぬし、あやつと何を話しておった」
「それは……
さすがにゲゲ郎とセックスがうまくできないがどうしたらいいか相談していた、と素直に話すことはできなかった。水木が口ごもると男は今までに見たことのないような、冷たい顔をした。

「わしに言えぬことか?」

思わず足がすくんだ。
「ちがっ……そんなんじゃ……
なんとか誤解を解こうと口を開こうとしたが、ゲゲ郎はひょいと水木の体を抱き上げると、そのまま屋根に飛び乗った。ぴょん、ぴょんと屋根から屋根へと飛び移り、家につくまで一言も口を開かなかった。
水木はその間ずっと男の腕の中で戸惑っていた。
ゲゲ郎が何に怒っているのかわからない。だが、彼は明らかに怒っていた。