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ナスカ
2024-07-28 22:19:47
4472文字
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千寿菊に誓う⑤
前回のお続きです。
「御卒業おめでとうございます、リンクさん」
「ありがとうございます、教官」
編入から一年。彼女は無事に近衛となる資格を得た。飛び級どころの話では無い。リンクさんは史上最速でここの卒業資格を得た。来月からは研修という形で王城への出入りが始まり、それを半年経た後近衛として正式に王国軍入りとなる。
「ここでの学びはきっと貴方の役に立つはずです。今すぐでなくてもいいのです。ずっと後になってから、ふとした瞬間に貴方を助けるでしょう」
「はい。精一杯、務めを全うして参ります」
凛々しい彼女の顔つきに、私は満足していた。彼女はトップの成績を保ち、先輩らをごぼう抜きして首席となった。もう私が彼女に教えることはない。これからは現場で騎士として成長する。私が今後、彼女の人生に大きく関わることも、もう無い。
「
……
あの、教官」
「何でしょうか?」
「
……
私、もう十七になりました」
彼女の切り出し方に、私は思わずドキリとした。半年前のやり取りをまた繰り返そうとしている。
「
……
だから、もう一度お尋ねします。教官は、私のことが好きですか? 私は、教官が、好きです」
リンクさんの縋り付くような顔に、私は額を押さえた。断ればきっと彼女は泣いてしまうだろう。リンクさんはこの日を迎えるまで、半年前の告白など無かったかのように過ごしていた。成人年齢を迎え、卒業するという今日を彼女は待っていたに違いない。堪えたことへの報いが無いとなれば、人間誰でも多少のショックは受けるものだ。
「私も、貴女のことは嫌いではありませんよ」
私の答えにリンクさんは不満そうにする。曖昧な返事が嫌なのだろう。私は更に付け加えた。
「そうでなければ、君を卒業まで見守ったりしませんからね」
「教官
……
」
だが他にも理由がある。リンクさんを受け入れてはいけないのは、私が彼女よりも遥かに年上だからというだけではない。
「
……
リンクさん、私はこれまで恋というものをしたことがありません。ですから、恋というものがよくわからないのです」
「えっ?」
意外です、と言いたげな反応に私は思わず笑ってしまう。女性経験豊富だと思われていたのだろうか。確かに、若い頃の私の写し絵を目にした候補生たちは「この時の教官、顔が良い〜」などと軽口を叩いてきた。それだけで交際があると判断してほしくないものだ。
「
……
なので、私は貴女が望むであろう真剣な想い方がわかりません。故に貴女の望みを、私は断りする他無いのです」
訴えを承諾すれば、きっと彼女はその形だけを手に入るだろう。けれど私は男女の交際というものについて殆ど知らない。疎いという言葉ですら足りない。そんな私がリンクさんの『本当の望み』を叶えてあげることなど、できやしないのだ。色恋や愛欲というものを、何も知らない私では。
「いつかきっと、貴女のことを大切にしてくれる方に出会えるでしょう。私はその時、貴女のことを祝福いたしますよ」
「
……
わかりました。無理を言って、すみませんでした」
「此処から、貴女のことを応援させてくださいね」
頭を下げて謝るリンクさんに私はそう告げた。彼女の幸せを願っているのは事実。彼女が大いに活躍することで志を成就させる姿が見たい。たとえその時、彼女との距離が遠く離れていたとしても。
「ありがとうございます。教官の教えに恥じぬよう、精一杯努力致します」
リンクさんは落ち込みを振り払い、頼りがいある敬礼を私に見せてくれた。
✽✽
相も変わらず教鞭を執る一方な私のもとに、国王陛下からの召喚状が届いた。陛下は仕えるべき主であると共に、騎士人生が終わりを告げて虚無に取り憑かれていた私に教職という道を示してくれた恩人でもある。お呼ばれに応えぬわけにはいかない。私は急な休みを取らなければならなくなった。申し訳ないと平謝りする私に、同僚たちは「陛下からの召喚状じゃ仕方ないよな」と笑って許してくれた。感謝しか無い。
城門をくぐるのはいつ以来だろうか。ひょっとすると、二十年は経っているかもしれない。だがそれだけの時間が流れても、この立派な門構えはびくともせず未だに我ら民を眼下にしている。この国の王家とは、それほどに揺るがないものなのだ。
召喚状を門番に提示し、入城許可を得る。今日陛下に招かれた者は私だけでは無いらしく、専用の待合室に通された。そこにはハイリア人だけでなく、ゾーラ族やリト族らの姿もある。きっと何かしらの交渉があるのだろうと、私はぼんやり思った。
待合室内の警備をしているのは主に一般の兵士たちだ。余程身分が上の者がいない限り、こんなところに近衛はいない。希少だからこそ、彼らという存在は輝く。近衛とは、王族という大粒の宝玉を囲む小粒の宝石なのだ。今頃リンクさんもそうなっているのだろう。私はそれだけで誇らしい気持ちになる。
いよいよ私の番が回ってきた。陛下にお目通りが許されると、考えるだけで緊張する。召喚状には何の要件かも書いていなかったために、何を話せば良いのかもわからない。緊張して奇妙なことを口走らないよう気をつけねば。
本丸に足を踏み入れる。背後に設えられた幾つもの窓からは太陽の光が降り注ぎ、かの御方を輝かせていた。玉座の前に進み出て、赤い絨毯の上に跪く。すると威厳ある声が「面をあげよ」と私に命じた。私は「はっ」と答えながら顔を上げる。国王陛下の御尊顔からは、想像よりも柔らかさを感じた。どうやら、悪いことで呼びつけられたわけでは無いらしい。
「久しぶりじゃのう、ダギアニス殿」
「お久しゅう御座います国王陛下」
「そなたと最後に会うたのは、確か病院であったか」
陛下の声は明るい。確認するように私に問いかけられ、私は素直に答えた。
「左様で御座います。あの時、陛下から賜ったお言葉が無ければ私の今日はありませぬ。改めて、深く感謝申し上げます」
「そなたが育てた兵には、我らだけでなく民も助けられておる。礼を言うべきなのはこちらからだ」
勿体無きお言葉、と返せば陛下は「して」と話を変える。
「ダギアニス殿、そなたは今年で幾つに?」
「今年で四十五になります。
……
私めの齢が、何か?」
そう訊ねると、陛下は真っ白な髭を撫でつつ私を見つめて頷かれた。
「そうか、そのくらいであればまだ問題なかろう」
「何が
……
で、御座いましょうか?」
陛下がされようとしている話が全くわからない。首を傾げていると、陛下は優しく微笑んだ。
「そなた、結婚する気は無いか?」
「
……
結婚、で、御座いますか」
まさかの話題に私は拍子抜けた。
結婚。それは私がずっと目を背けてきたこと。自分の人生には必要ないと確信を持っていたこと。
「そなたは強い。その血を継ぐ子もまた然りのはずだ」
「お待ち下さい陛下! わ、私などが
……
血を残したとて
……
」
私の血には残す価値など無い。それは大衆の中のひとつでしか無いというのに。
「ダギアニス殿」
慌てる私を落ち着けようと、陛下が静かな声で言った。
「そなたが己の血をどう思うておるかはわからぬ。だが、そなたが今ここに居るのは、紛れもなくそなたの努力ゆえ。それほど努めることができる血が絶たれることを、儂は残念に思っておるのだ」
「陛下
……
」
私の血に高貴さはない。それはひとつの事実。だが陛下が仰っておるのはそこではないのだ。私の人生をお認めになってくださっている。その上で、私に血を残せと仰っているのだ。
「未来の逸材が減るのは、王国としても損失。どうかここは一つ頼まれてくれぬだろうか」
「陛下のお言葉、痛み入ります。しかし、私のような歳の男と夫婦になりたい女性が世におりますでしょうか?」
新たな問題はそこだろう。結婚も子孫を残すことも、四十半ばの男と結婚したい女性がいてくれればの話。年齢でだいぶマイナスポイントだろうに、騎士学校の教官はそこまでの高給取りではない。
だが陛下はさしたる問題など無いと言い切った。
「これは儂からの要求に等しい。こちらで幾人かお相手を見繕い、見合いの場も設けさせてもらう」
私には勿体ないほどの配慮だ。自分は王家にそこまでしてもらえる人間だと、感じたことがないというのに。陛下はもとい、賛同してくれた者たちはそれだけの期待を私にかけているのだ。
「陛下の想いに応えられるよう、慢心せずこれからも精進して参ります」
「うむ、そうして貰えることを祈る」
✽✽
官舎に戻り、周囲の同僚たちには詳しい事情を話さず『陛下から御命令を賜った』とだけ伝えた。皆は機密事項だと思ってくれたようで、それ以上話題を広げられることも無かった。まさか王家によって見合いの席を設けられたとは考えつかないだろう。職務の間だけとはいえ、私の人生を垣間見てきた者たちだからこそ想像もつかないはずだ。
日程の調整や場所も向こうでやってくれるというのだから有り難い。私は王家から送られてくる手紙を待つという形になる。しかし、私自身に大きな欠陥がある。それは、女性と二人きりという状況に慣れていないということだ。
衣服や清潔感などに関しては問題ない。近衛、そして教官として身だしなみは基本中の基本。身綺麗に見せるのは大切なことであるからして、それは既に学び直すまでもない。
だが女性と二人だけになった時、私はどのような会話が出来るだろう。仕事だけならまだマシ。プライベートな関係を築く間柄になるだろう人を相手に、私は何を喋るのだろうか。自分でもそれはわからない。
気が重い。荷も重い。しかし陛下からのお言葉は命令に等しく、あのように言われては動かざるを得ない。王家に仕えるならば、子々孫々続ける覚悟を持たなければならなかった。今まで逃避してきたのだから、年貢の納め時といったところかもしれない。
「仕方がありませんね」
私は郵便受けに入っていた手紙を開封し、便箋を開く。そこに挟まれていた相手方の写し絵を見て、私は驚愕した。
「
……
こんにちは、アルバート様」
そう言ってこちらに微笑みかける女性は、私が知る人間の女性の中で最も美しかった。けれど、何故寄りによって『この子』なのだろう。
「リンク、さん?」
ここは城の東側にある王立森林公園。その一角。城下に住む民たちの憩いの場として名を知られている。城を守る堀に面しており、昼間でも涼やかだ。その中でもここは王家が厳重に管理している区域であり、滅多なことでは入ることすらできない。私も長年、ここに何があるのか全く知らなかった。
ここは王家の子らやその傍系にある貴族らが見合いをするための場所だという。確かにここは、一般の民が立ち入り可能な区域と比べて華やかだ。日よけのためのガゼボや休憩用のベンチも、その意匠を異にしている。
そんなところで私が、この子と、見合いを?
「何故、貴女が此処に?」
「何故だと思いますか?」
私は、今日が長い一日になるような気がした。人生で、最も長い一日に。
終わり
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