るいざき
2024-07-27 03:21:30
7286文字
Public AC6_ラス6
 

ラス6♀ 🐺🐥 逢瀬

文通の続き 修正予定

 ホーキンスの思惑は理解していた。大方『壁』のモニターでもして、ルビコンに名を売り始めた独立傭兵が気になり出した。同じくその予感を得たラスティの行動を第五隊長は見逃さず、このACパーツ輸送を任せたのだろう。帰ったら望むものを提供しなくてはならないが、レイヴン直々に再会を願われてはそんな差し金も些末なものに思えてくる。
 レイヴン、ワタリガラスの名を冠する彼は一体何者だろうか。レイヴン……──ラスティは輸送ヘリのシートに凭れながら、遠い昔に聞いた逸話を思い出す。あまりにも古い概念だ、この灰の惑星で、自由に空を渡る翼など久しく見ていない。

 道中、戦友からのメッセージを仮想モニターに液晶割れでも起こすのかと誰ぞに言われそうなほどに繰り返し読んだ。その内容に思う所があり意図を汲みきれない。
「楽しかったかい、戦友」
 単に首席隊長と感性を同じくした本物の強者か、それだけは是非願い下げだった。今のラスティにとってあの存在は本人の害意なくとも勝手に神経を逆撫でしてくる。人間にして最強とはいえ、その生身はスネイルの無意識なる庇護下にあり、それを知ってか知らずか勝手する子どもは見るに堪えない。──いや、この印象すら本来はフラットな観察結果ではなく私怨が織り交ぜられている事を自覚してはいるのだが。無関心カテゴリに追いやるほど大人しい存在感ではなかった。
 どのみち、何度読んでも最後の一節には高揚感を覚えてしまう。また会いたい。思えばそう告げたのは自身からだったなと、壁上の協働を思い返す。
 重装機動砲台ジャガーノート、その巨躯を一瞬にして仕留めた猟犬は無口だった。が、残骸越しに立ち尽くすラスティに向かって歩み寄るあたり、案外と懐こい性質なのだろうか。大豊製パーツを基軸にした機体構成、両翼に加えてレーザーショットガンを携えおまけに扱いの難しいパイルバンカーと、火力集中アセンブルはあまりにも威圧的だったために、余計その素性は計り知れない。
 縁があれば。いや、その縁が必ずや結ばれることを願って情報提供までしたが、その効果はしかと彼に響いたようだ。案外と彼は骨を振れば齧り付くかわいい犬なのかもしれない。ラスティはそう思いながらほくそ笑んだ。

 指定された座標へ向かうと、そこはベリウス冠雪地帯、針葉樹林のただ中にぽっかりとひらけた平地が見えてきた。凍る泉の傍、ガレージごと輸送するタイプの大型輸送ヘリが停泊している。なるほど、独立傭兵が神出鬼没なのは拠点が移動式だからか。ラスティはその特徴をよく記録し、レイヴンのヘリ傍でホバリングする。……本来ならば向こうから侵入警告の通信でも来そうなものだが。しんと静かな回線におや?とラスティは左耳のデバイスに指を宛てがう。

「ハロー、ハロー。こちらはアーキバスグループ輜重分隊アルファ、ご依頼の品を納品しに伺いました。応答願います」
『──こ、こんにちは、配達員、さん。受け取り、準備を、します。指定、エリアに、着陸してくだ、さい。すこし、まっ、て、ください』
「了解した。準備が出来次第、合図をお願いします」
 応答したのはハンドラー・ウォルターではなかった。ひゅうひゅうと雪風のように喘鳴が混じるか細い声は無線通信のガサついたノイズに負けるほど弱々しかった。レイヴンの家族か誰かだろうか?
『エン、ゲージ、シーケンス、待機』
「了解、スライダードッキング、」
 ガコン、と輸送機に搭載されたACナハトライアーが相手ガレージのハンガーへ送られる。自動補正される固定金具はしっかりと納品物を掴み取り、薄暗い円筒状のガレージへ格納されていった。
「──移送完了。提示した納品証明に確認のサインをお願いします」
……あ、えと……
 それから暫く無言が続いた。受け取り操作は出来たのだからハンコも押せそうなものだが。
「もしもし?大丈夫か?」
……あの、ごめん、なさい。いま、ハンドラーが、お出かけしてい、ます』
「君のサインでも良いのだが……
『すみま、せん。やりかたが……
 おや、これは確かにお留守番の子のようだ。できるだけ不安にさせないよう声を穏やかにし、ラスティは通信を続けた。
「では、ハンドラーのご帰宅まで待機させて欲しいな。……それか、もし良ければなんだが」
 ひとつ息を吸い込み、少し浮かれた口調でその名を口にする。
「独立傭兵レイヴンに会わせて欲しい。ラスティが来た、とでも伝えれば分かるはずさ、お嬢さん」
……え』
 回線が揺らぐ。この独特な揺れは、恐らく強化人間が脳から直で繋いでいる時の脳波干渉ではないだろうか?ハンドラーの元にはもうひとり強化人間が?いいや、事前調査ではレイヴンのみ。そもそもこの誰か分からない少女は一体……
……あの、V.IV』
「ん、なんだい?」
『わたし、が、レイヴン、です』
 寸の間時が止まったような気がして、思わず座席から立ち上がった。
「えっ?!君が、嘘だろ?!だって声も喋り方も──」
『──この喋り方なら分かりますか、V.IV』
 途端に低い男声がデバイスから流れる。AC制御システムのアナウンスを利用した発声方法か、とラスティは納得した。
『慌てて出てしまったので、混乱を招き申し訳ありません』
「いや、こちらこそ気が付かず申し訳ない。」
……その、訪問についてですが。生身で、という事でしょうか?』
「ああ、そのつもりで……
……その、V.IVは、スプラッタやホラーなどのコンテンツに耐性はございますか?』
「ん?」
 突然映像作品の好みを聞かれたようで困惑する。まぁそれなりには見れる方だと答えると、暫し逡巡するような間がある。
……ひとめ見て、無理だと思ったら輸送機へお帰りください。何もありませんが、どうぞこちらへ』
「あ、ああ」
 ピロン、とセキュリティゲート用のワンタイムキーが交付される。それは出来るんだな……とは思っても口にせず、ラスティは上着を羽織って輸送機を出た。

 認証キーを鉄扉の数字盤に打ち込み解錠される。シン、と静かなガレージには人の気配がなく、今しがた納品したナハトライアーとRaD製らしきフレームの使い込まれたACが並んで格納されていた。
 鉄階段を上り、恐らく個室などがあるであろう階層へ上がる。かん、かん、と上る内に、微かに一定間隔の電子音が聞こえ始めた。
「レイヴン?どこにいるんだ?」
『そこからまっすぐ、突き当たりの部屋です』
 RaD製ACが突然喋るので柄にもなく肩が跳ねた。まあCOMの音声を利用しているなら当然か、ラスティは言われた通り奥突き当たりの部屋を目指した。
……レイ、ヴン?」
『はじめまして、V.IVラスティ。お出迎えもできず申し訳ありません』
 ピ、ピ、ピ、と心音を刻む心電図とそれを促す生命維持装置群に囲まれ、背をすこしリクライニングしたベッドに独立傭兵レイヴンはいた。肺いっぱいに香る消毒薬と、独特な──湿潤液や膿、寝たきりの病人の匂い──それらが立ち込めた無機質な部屋だ。両腕が厚いギプスに巻かれ、顔もやはり包帯巻きで左眼にはガーゼが貼られ。その容貌を隠すように黒いマスクを被っており、胸元まで掛けたブランケットが異様な痩躯をありありと浮き上がらせて、少女はそこに横たわっていた。
……無理なさらないでください。きっと、期待はずれでしょうから』
「いいや、そういう訳では無いんだ。ただ……
 少し驚いた、と正直に言うと、肉声による笑い声が聞こえた。
「座っても良いか?」
『ええ、そちらのスツールをご利用ください。お茶のセットもありますよ』
 いや、さすがにそこまではと手をかざして、ラスティはパイプ椅子を引き寄せた。座面の窪みや傷み方からして、ハンドラー・ウォルターはしょっちゅうレイヴンの傍に寄り添っているようだった。
「その様子は……まさか壁越えでの負傷か?」
『いいえ、これらは冷凍保存以前から負っていたものと、その後の調整時に生じたものです。このギプスが調整時のものですね』
 弱々しくもたげられた手指には細やかな縫合痕がある。指先まで手術をするとは珍しい、ラスティはその縫い目に一度よく目を凝らし、次にマスクの鼻梁越しにこちらへ視線を送るレイヴンの右眼を見た。どこかぼんやりと濁った灰色の虹彩は、瞼をくっと絞って無理に焦点を合わせようとしているように見えた。
「見えづらいのか?」
『少し……。ACに繋がればしっかりみえるのですが』
 右眼だけの表情は見慣れない。下まぶたをすこし引き上げる様……苦笑、と解釈できる機微があった。
「ん、どれ……
 その灰銀の瞳孔が安定する位置まで、ラスティは顔を近付けた。
「これで見えるか?レイヴン」
『わ、ありがとうございます。…………すごい、きれい』
 少し見開かれた瞳に光が映った。瞼を取り囲むように、赤く爛れた跡を見つける。これは、一体──
「──ンぐっ!」
「そこまでだV.IV。そいつから離れろ」
 喉元に何かを引っ掛けられ、椅子ごと背から倒される。そこそこ強く打ち付けた後頭部に視界が揺れ、肋骨に響いた空気が口から噴き出た。
「ど、どうも。ハンドラー……
「そいつに用があるなら俺を通せ。どうやって侵入はいった、言え」
 転がるまま肩を踏まれ、鳩尾に杖先が押し込まれる。一応降参の意で両手を開いて挙げているのだが、どうも飼い主の逆鱗に触れてしまったようで鋭い杖使いに呻くしかなかった。
『ハンドラー、ごめんなさい。わたしが招き入れました』
 静かなCOM音声が部屋のスピーカーから流れる。飼い主は肩越しにちらりと声の主を見遣り、丸サングラス下の剣幕をやや和らげた。
「説明しろ」
『彼からは『アーキバスはレイヴンを捨て駒にしている』旨の忠告をいただきました。そのお礼にと思い……
……はぁ、」
 肩に食い込んだ革靴が退いた。軽く息をつくも、一切の隙を逃さぬ杖先が起き上がりかけたラスティの喉仏を突いた。
「自由にして良いといつ言った。お前の用件を伺おうか」
……ACナハトライアーの納品確認、そのサインが欲しい」
『すみません、やりかたを伺い忘れており……
……、はぁ。おい、V.IV。そういう場合は輸送機での待機が道理だろう」
「その通りだ、申し訳ない。あまりにも彼女の『声』が可愛かったんで、ね──がっはッ!」
 ドスッと喉笛を突かれて派手に噎せる。レイヴンの悲鳴もよそに、片足悪い歩みをズカズカとラスティの脚を跨ぎ進めて、ハンドラーは胸倉掴んで部屋から追い出そうとする。
『待ってください!まだお話したいことがあります。決して彼は何かしでかそうなど──』
「ボディチェックだ、出ろ」
「っげほ、わ゛がっだ、……えふ」
 泡吹く口端をどうにか服従の笑みに変えて、ラスティは壁伝いに脚を立たせる。荒々しく開いた扉から蹴り出されよろめき、振り返ると無情に鉄扉が閉められる。
「出ていけ」
「おいおい、レイヴンは私と話したがっているじゃないか。──別にアーキバスの差し金で来た訳では無い、彼女の招待に応じただけだ」
「あいつは生身での面談を避けた筈だ」
「ああ、その通りだ。だがこうも言った。『無理だと思ったら帰っていい』……そういう事だろう?」
 沈黙。彼──いや実際は彼女か、レイヴンと対面し、なぜあのように前置いたのかをラスティは理解した。凡そ強化人間、独立傭兵、むしろ女性としては有り得ない容態を見られたくなかったのだ。立場、性別、プライド、そのどれかか、あるいは全て。その弱々しい姿はひとたび外界に晒されれば瞬時に悪意の犠牲となるだろう。ハンドラーはそれを最も危惧し長らくその秘密を厳守してきたのだろう。
「優しい子だ。その誠実さがありながらどんな依頼も確実に遂行する技量には恐れ入る。……そんな貴方の至宝を、そう易々と企業に売ったりなどしない。私はひとりのACパイロットとして彼女に会いに来た」
……そのデバイスを外せ。お前のネットワークコネクトも切るんだ」
 左耳の外部デバイスを完全に切り、脳深部デバイスによるアーキバス直結リンクをもオフラインにする。その証明にラスティの金眼は常人のヘーゼルカラーへ光を落とした。
「壁に手をつけろ」
 大人しく従い、頭の先からつま先までしっかり丹念に危険物持ち込みの有無を調べあげられる。護身銃の類はおろかスタンバトンすら用意せず丸腰のラスティにハンドラーは片眉を上げた。
「お前、もしあいつが五体満足でお前を貶めようなどと企てていたらどうするつもりだったんだ」
「そんなことにはならないさ。彼女の声にそういった含みは感じられなかった。……素直な子だ」
 へらりと微笑むラスティのつま先にゴンと杖が叩きつけられ思わず跳ねる。「来い、茶くらいは用意する」と、ようやくハンドラー……いやもはや父と呼ぶべきだなとラスティは頭で訂正した。一度封じられた聖域が再びラスティを迎え入れた。



『大丈夫ですか、ラスティ?お怪我は……
「ああ、こういうのには慣れてる」
 笑みを崩さず、ラスティはもう1つ壁に立てかけてあったパイプ椅子を片手にレイヴンの傍らを陣取った。ハンドラーは有言実行茶を煎れており、消毒薬の香りばかりの室内には香ばしい香りが参入した。
「その……、顔は冷凍保存前の怪我かい?いや、答えたくなければいいのだが」
 ピリ、とした視線を感じて父親の方をちろりと見遣る。ハンドラーはレイヴンしか見ておらず、彼女はまた目元を歪めてうなづいた。
『コーラル焼けです。デバイス出力とCパルスによる神経活性の度合いを誤り、毛細血管から沸とう……ええと、重度の火傷を全身に負いました。幸い四肢の皮膚換装は間に合いましたが、胴と頭部は間に合いませんでした』
「そうか……痛む、よな」
『いえ、もう暫くはずっと痛覚ごとシャットアウトしているので。あまり身体には良くないそうですが……
「治す予定は?」
『ルビコンでのお仕事が終われば、ですね。』
 淡々と告げられるレイヴンの身体状態は思うよりも酷いものだった。──なによりも、この状態であの戦闘を?にわかには信じがたかった。
 かつての旧型施術による失敗例は文献で読む事しかできず、その生き証人が目の前に現れるとは。コーラルデバイスの造設は殆どが倫理と人道に悖る行為だ、そんな穢れを負わされた少女……。ハンドラー・ウォルターは一体どれほどの悪意の塊なのだろうか?ラスティは底知れぬ男が2人分のフィーカを用意してくれたことに再び笑みを作り直した。
「どうも」
 マグカップひとつ寄越したウォルターはラスティの向かい、レイヴンの右手側に腰を降ろした。
……ふむ。ハンドラー、彼女のパイロットスーツはどんなものだ?」
「なんだ、いきなり」
 年若いであろう女性の衣服を尋ねるとは、とでも言いたげだったが、ラスティは至極真面目に言葉を続けた。
「ナハトライアーはその性能の通り、高機動戦闘に向いた機体だが。その分搭乗者への身体負担がかなり大きい。おそらく汎用の耐Gスーツを用いるのかもしれないが、その場合……こと女性に関しては造りが細い分、頚椎の負荷が高くなる。」
 とん、とラスティは自身の首筋に手刀を宛てがう。ことシュナイダーは空力を求める上で人体構造の保護最適化にも傾注していると付け加え、ラスティはレイヴンを今一度見遣る。
「強化人間にとっての骨格ダメージは致命的だろう、ましてレイヴンのように常時身体状況が芳しくないとすると……。万全な策を講じなければ、ルビコンでの仕事どころでは無くなる」
 ラスティは腕を組みレイヴンの様態からその支障を思案する。少なくとも要所ごとの疲労骨折は免れず、ひとたび扱いを間違えれば最悪内臓破裂にも至る機体だ。健康体ならば最低限の耐G対策をすれば良いかもしれないが、この肢体では。例え骨格自体を強化していようとも、それを包み込み支える筋力や水分保有、弾性が欠如している身体となれば自ずと危険性は高くなる。
「そこで、だ。現在シュナイダーでは第三世代型の専用スーツの研究を進めている。戦友のような身体状態の強化人間は珍しい、是非その身体を支えうるものを研究し提供したい」
「営業か、余念が無いな。」
「シュナイダーは顧客のデータを軽んじたりはしない、そこは安心してくれ。──君の身体をまもるスーツを作るとシュナイダーは儲かる。君は身体の負担を減らして仕事に集中できる。ウィン・ウィンの関係というやつだ、戦友。既に彼らの耳にも君の武勇は届いているぞ」
「V.IV、こいつはマスコットではない」
「さて、どうだろうな。戦友のような鮮烈な印象を残す独立傭兵は、自ずと有名人になるだろうからな。既に『壁越え』のレイヴンなのだから」
 ちら、と彼女の顔を伺うとすこしやんわりとした雰囲気の瞳と視線が合う。ふ、と自然な笑みが浮かんでウインクなどもしてみせた。その反応はまだ汲み取り慣れないが、ふにゃと目を閉じるからきっと喜んでいるのだろう。
『わたしとしては是非お受けしたいです、いかがでしょうかハンドラー』
……はあ。まあいいだろう」
「交渉成立だな」
 つい癖で手を差し出すと、よろよろとしたギプス巻きの手が応じてくれた。
「しかし、よくこんな体でコア拡張まで扱えるな」
『任務遂行のためですから。……お金を稼いで、仕事を終えれば。再手術をする目処は立ちますから』
「なるほど、な……。そうか」
 握る手は冷えきって骨ばかりだった。何が彼女をそうまでして闘わせるのか、その片鱗こそこの手指や身体が物語っている。
 独立傭兵がどのような意図を元に生計を立てるかなど千差万別だが、ことレイヴンは、ただただ生きる為に戦っていたのだ。その儚い灯火を抱きながら。