割れ鍋に綴じ蓋をする

どろさんとやってる二次創作卓マーロマの出会い編みたいなのですが別に単体でも読めます
END B 限定で公開する為に書いたのでありがとうの気持ちでいっぱい

「ほら、呪われた」
 誘いの言葉に対してなんでもないように、常と変わらぬゆるゆるとした笑顔で返す目の前の生き物を見て、私は生まれて初めて出会いというものに心底後悔して、それでも尚、やっぱりここに来て良かったと、あまりの愉快さに腹の底から笑いそうになった。このヒトデナシ、最悪だなぁ。

 ○

 たまには真面目にレポートに取り組んでみるかとかそんな思惑では全くなく、もっと野次馬めいた動機で足を運んだ大学図書館の中でも、更に人が寄り付きそうもない端の端、人里離れた陸の孤島に設けられたテーブル席に彼はいた。話に聞いていた通りの塒である。学内でも特に有名な学生の一人だが、この情報を知らなければ見つけられまい。浮世から切り離されたようなこの場所は静かで集中できる理想的な環境と言えないこともないが、それは人が寄りつかないような場所でもあることを意味していた。噂に聞く英才様が勉学に励むのにはうってつけの場所なのだろう。マーリンにとっては耐え難いこの静謐な空気も、彼にとっては心地よいのかもしれない。
 「誰が彼の恩師を名乗れるか」で教授陣の中でも政治的争いが起きているだのなんだの、面白愉快な噂にまみれた男、ロマニ・アーキマンは隣に私が座っても何の反応も示さなかった。公共の場なのでまさか嫌がられはしまい思って椅子を引いたが、無反応というのは予想外である。生まれてこの方されたことがない。私はあのマーリンだぞう。まさか聞いたことがないわけがないよね?
 ロマニは雑に伸ばした結んだ朝焼け色の髪が顔に少しかかっていても鬱陶しそうにせず、その集中力を持って、角で殴れば人を殺せそうな書物を読み耽っている。若草色の瞳の動きは素晴らしく速く、そして滑らかだ。チラリと見えるタイトルは、翳すだけで勉学から逃げることに精力を費やす阿呆な学生達を滅するだけの力を持つもので、故にそれは絶対にその速度で読むものではないはずだがと心が多少後ずさった。

 頑張っている人間を見ると、自分も頑張ろうと思える。

 偶に聞く話だ。
 これを言った人間は、ロマニ・アーキマンに会ったことがないのだと思う。コレを見て同じくらい頑張ろう思うような人間は、同じような異常者だけだ。普通で真っ当な感性を持つ人間ならば根を詰めすぎるのは良くないと心配すると思うんだよね。
 私がどれかって? それは秘密だとも。
 実を言うとこの男と会話する機会を掴めないだろうかと画策して噂を頼りに図書館に足を運び、こうして隣に座ったのだが一切隙がない。何だこの人間は。隣に私が座っているんだぞぅ。その分厚い本より私の顔を見た方が絶対にお得だと思うけれどね! と頬を膨らませたところで、どうせ一瞥すら寄越さないのは火を見るよりも明らかだった。だから、仕方がなくこの私から強引に会話を切り出すことにした。
 やれやれ、仕方がない人間だ。きっと友達がいないに違いない。将来困るぞぅ。
「最近、体調が悪いんだよね。特に吐き気が辛くて……
……
 なるほど、無視かい。
 いいさ、私は強い子だからね。
「キミ、医学部なんだろう? 相談に乗ってくれないかい?」
……一つ。無償労働を強請る態度は良くない。二つ。医学生じゃなくて、ちゃんと免許を持った医師の診察を受けなさい」
 この私がバッチリ顔を可愛く作って話しかけているというのに、相変わらずこちらを見ないがようやく返答が来た。よしよし。
 こういうのは会話を始めさせたら勝ちだからね。
「少し前から背中や肩の凝りが気になっていたんだよ」
「話を聞け」
「だからベッドを新調しようと思ったのだけれどね。でもベッドってせめて一晩は使わないと善し悪しがわからないと思うんだよ」
「はぁ」
「だから私は思い至ったのさ。毎晩違う女の子の所でお世話になって一番良かったものを私も買おうって」
「このロクデナシ」
「失礼な! ちゃんと事前に全員に確認をとって合意のもとだとも!」
「どういう手管だよ……
「もって生まれてこの顔かな?」
「へぇ、さすがー。しらなかった。すごい」
「キミさっきから私の方を全然見ないよねぇ!」
 そろそろ拗ねちゃうんだから。なんてね。もうここまできたら最後まで話を聞いて貰おう。そして何かを聞かせてもらおう。私は大学でも噂の人間がどんな人間なのか知りたいという興味本位でここに来たのだから。合コンテクの使い回しだけ持ち帰っては色男の名折れだ。
「だというのに体の凝りより腹の調子が気になってきてさ……。あんまりじゃないかい? ここ最近ずっとみんなの手料理をご相伴に預かっているから、むしろ今までより健康的な食事をしているくらいなのに」
「へぇ。じゃあ呪われたんじゃないか? その女子達から」
「医学の徒が非科学的なことを言う」
 その辺の女子がそんな呪いが達者なわけがないだろう。みんなして魔術師じゃあるまいし。
「おや。それなら今ここでボクがキミを呪ってみせようか」
 そこで彼はようやく本を閉じた。こちらを見るではなく瞼を閉じてなにかを描く素振りなのは心外だが、私を呪ってみせるというのは実に面白い話である。
――受けてたとうじゃないか」

 ○

「今は昔、女好きのロクデナシありけり」
「勝手に人を過去にしないでくれるかな?」
「学徒に混じりて女を漁りつつ、万のことに使いけり」
「万には使っていない!」
 さっきから失礼千万である、理系の癖に随分とまぁ古めかしく雅な悪口を並べるじゃないか。キミったら何千年前の人なんだい。
「ある女の子が、とあるロクデナシの為の手料理を作っている最中に思いました。こいつが痛い目に遭ってしまえばいいのにと」
……
「場所は台所。ちょっとした悪戯心をもって周囲を見渡す女の子の目の前には洗剤があるではありませんか。『そうだ! 死なない程度、気づかない程度に薄めて、ロクデナシの器によそってやれ!』そんな思考に至ってしまうのも無理からぬ話です。だって、ロクデナシは明日にはまた別の女の子の所に行くのです。あぁ、なんて好都合なのでしょう! 次の女の子の家でお腹が痛くなってしまえば、こんなに都合のよいこともありません!」
「それは、いや。だって。普通気づくだろう、だって、洗剤だぞぅ? 相当薄めないと味でわかるだろう」
 洗剤は口に入れるのを想定しているものではない。だが、口に入れるのを想定しているものに使うのは想定している。専門家ではないが誤飲に対してそれなりの対策が講じられているものだろうとは想像がつく。というかそういうの抜きにしても、いかにも苦そうだ。
「だから相当薄めたんだろう。別に死んで欲しくもないし、嫌われたくもない、というか気づかれたくなかったから。いじらしいことだねぇ。こんなロクデナシのために……
「その量で人体に影響がでるくらい劇物なのかい。洗剤って」
「そんなものが売られるわけないだろ」
「じゃあその推理は外れじゃないかな」
「推理じゃなくて呪いだってば」
 ここでようやく、もったいぶった緩慢な動作で彼は私の方に顔を向けた。それはもう、愉快そうな顔に。痛快そうに。
 今からとっておきの魔法をかける悪戯好きな魔法使いのような笑顔で。
「ボクはね『ある女の子』が一人だけとは言っていないぞぅ!」
……は?」
「質問に質問で返してしまって申し訳ないけれどね。毎日違う女の子に、毎日手料理を作ってもらう生活を送りだしてから不思議と胃が荒れだしたロクデナシこと名をば女好きのマーリンくんやい。キミは何人が入れたと思う?」
 名乗った覚えのない私の悪名高き名前に触れながらの彼は”お呪い”を施した。一生解けそうもない。解く気もないが。
 例えどんなどす黒い色のそれだとしても、一生他にお目にかかれない類い希なる縁に違いないとこの時確信した。そんな面白くなくて勿体ないこと、やってたまるか。
「証拠はない。根拠もないよ。だって、これは推理ではないし。診察でもないからね、論拠だって勿論ない! そんな科学的なもの、並べたら台無しだ」
 生まれて初めて遭遇した生き物の前に、今までよくものうのうと生きてこれたなぁという感動が胸の内から湧き上がった。ここまでとは聞いていなかったぞぅ。
 あまりにもな様を観察するために必然的に押し黙った私にお構いなしに、彼は今日一番のとびっきりの売り文句を並べた。
「今日のキミのラッキーアイテムはバニラアイス。洗剤を飲み込んだ時の対処としては乳脂肪分が良いってのは有名だからキミも知っているんじゃないかな? 目の前の同級生にご馳走すると運気が上がるかも! なんてね?」