『壁』は落ちた。──アーキバス進駐部隊本部、斜陽の廃星には似つかわしくない最新鋭のハンガーにスティールヘイズは舞い降りた。無感情な誘導員のペンライトが暮れ始めた雪原にゆらゆらと弧線を描く様を見下ろしながら、ラスティは格納器具に愛機の躰を預けた。
「第4隊長殿、任務ご苦労さまでした」
パイロットスーツの着替えが終わり、いつものワイシャツ、スラックスに社の支給品であるフライトジャケットを羽織ってキャットウォークを登る。その先ではタブレットを小脇に抱えた長身の青年──第8隊長ペイターがさっと敬礼をしていた。
「やあペイター。……スネイルは何と?」
「『フロイトの代わりくらいは務めて当然』とのことです」
ペイターによる嫌味のフレーバーは嫌味の塊である本人よりも色濃い。彼の第一印象がよく乗った声真似に笑いながら、ラスティは分煙室の扉に手を掛けた。
「後ほど本部へ報告書を持っていく。もし第2隊長閣下に会うなら言伝てくれ」
「はっ、失礼します」
広いアーキバスの屋内にも目立つほど背の高いペイターだが、そのおかげもあってきびきびとした所作は見ていて気持ちが良い。──こんなブラック企業になど採用されず、もっとその真面目さを生かせる場所があれば良いが、まあそんなことはどうだっていい、彼が選んだ会社だ。分煙室ですこし中身が溢れる灰皿を前にして、ラスティは小箱を指で叩いて1本咥えて引き出す。ああ、任務後なのだから火器の類は持っていなかったな、と基本的には室内の小物置きなんかに備え付けてあるライターを探そうとして、はい、と構えられたジッポに行く手を塞がれた。
「第5隊長、いつから?」
「今来たとこだよ、火持ってないでしょ?」
のほほんとラスティの煙草に火口を宛てがい、死角からやってきたホーキンスはお気に入りの銘柄に火を灯す。その人柄からはおよそ推測は出来ない古兵だ。ラスティの第4隊長昇格を試したのも彼だが、その四脚の扱いはまるで騎馬兵士のハルバードを彷彿とさせる。
「凄かったねえ、レイヴンだっけ?あんなに強い独立傭兵がいるなんて、すてたもんじゃないなあここは」
「はは、そうだな」
──よく言ってくれる。ラスティはフッと翳る表情を紫煙で巻く。そんな折に左耳に装着したデバイスからメッセージの受信音がした。
「お電話かな?外そうか」
「いや。これは……珍しいな、口述筆記だ」
カメラアイの仮想モニターに差出人の名が表示され、そのグリフ並びに目を見張った。ロクにウィルスチェックも挟まず個人受信ボックスに舞い込んだ封書を開く。
:拝啓、V.IVラスティ。メッセージを拝聴しました。
あなたとの協働はとても楽しかったです。また、会いたいです。Rb-23 Raven
「……!」
「おや、文通したのかい?いいねえ、若いねえ」
勿論その書面画像を共有した訳では無いが。ホーキンスはにこにこと微笑んで重い煙草を口に含んでいる。
戦友からのメッセージをアーカイブに保存し、灰ばかりになった先を振り落とした。まさか、返事が来るとは思っていなかったのだ。意中相手にラブレターを出した学生のように踊り出しそうな身体を腕組みで抑えて、ラスティはふっと煙を吐く。また、会いたい。か。
「それでねえ、ラスティくん。今度ちょっとACパーツの配送をして欲しいんだけど」
「ん?手が足りないのか、喜んで引き受けよう」
うふふ、とホーキンスは受注書とまだ受け取り電子印鑑の無い納品証明書をラスティに寄越した。その宛先は──。
「!」
「ゆっくり行っておいで、きっと有益な時間になる」
「……気を使わせて悪いな、第5隊長殿。」
「ふふふ、いいんだよ。こんな大変な仕事をしてるんだ、ちょっと遊んだってバチはあたらないさ」
ジ、と味わいきった紙巻きを灰皿の山に押し付け、ホーキンスはまたねと手を振って退室した。
「……ふう」
残りカスを吸ってラスティも灰皿へフィルターのみとなった吸口を押し込む。レイヴンの発注書、内容はラスティと同じ、シュナイダー製軽量二脚、ナハトライアー。
「……、ふっ」
ホーキンスからのおつかいを大事にファイルへ仕舞い。ラスティは足取り軽く分煙室を後にした。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.