小竜景光が主を見つけるまでの100日間 3

あと98日。
主と近侍の加州清光との話。

「はぁ……
 作業していた審神者の口から、ため息がこぼれていた。
 彼の頭に浮かぶのは、数日前に顕現した太刀、小竜景光の姿である。
 風になびく金色の髪。それを結ぶ赤い紐が映えて眩しかった。瞳に合わせたかのような紫色のピアスもよく似合っていた。長船派の黒いスーツを身に着けてはいるが、青を基調とした甲冑もマントの空色もすべてキラキラ光っているようだった。
「主、手が止まっているよ」
「っと、ごめん」
 今日の近侍を勤める加州清光から指摘されてしまって、慌てて手を動かす。それでも、つい考えてしまうのだ。
 ──どうして、こんなに彼が気になるんだろう。
 元が美術品ともいえる日本刀に宿る付喪神だから、刀剣男士はみな見目麗しい姿形をしている。小竜景光のような金髪だけでなく、桃色や白など様々な色の髪の男子がいる。もちろん、金髪の刀剣男士は他にもいる。
 なのに、小竜景光が顕現した姿を目にした途端、あまりの美しさに声が出なかったのだ。最初に特別支給として迎えた天下五剣である三日月宗近を目にしても、単に綺麗だなと思っただけなのに。
「あーるじ!」
「うわっ!」
 加州に大声で呼ばれてびっくりして振り返ると、ジト目でこちらを睨んでいる。しばらく見つめ合ったあと、加州は呆れたようなため息をもらした。
……集中力切れちゃったみたいだね。休憩しようか」
 お茶入れてくるよと言って、加州は執務室の奥へと引っ込んだ。今度は、自分がため息をつく番だ。
「だめだなぁ……
 そんなふうにひとりごちていると、加州が盆を運んできた。机の上に置かれたのは、日本茶と栗羊羹だ。
「どうした? 何か気になることでもある?」
 自分の文机に茶と菓子を置いた加州が、そう聞いてきた。その瞳には心配そうな色が見え隠れする。
「いや、えっと……
 審神者が曖昧な返事をしていると、茶をすすりながら加州がしれっと言い当てた。
「どうせ、新参者のキラキラ太刀のことでも考えてたんだろ」
「ぶっ! ……っぐ、ごほっ、ごほっ!」
 あまりにも的確すぎて、飲みかけのお茶が気管に入って思いきり噎せた。涙目になりながら振り返ると、背中をさすってくれている加州が、ニンマリといたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「ごほっ……はぁ、か、加州。ど、うして?」
「ああ、ほらほら。鼻水出てるよ、主。コレで拭いて」
 加州の差し出したティッシュペーパーで鼻をかむ。上目遣いで睨んでも、加州のニヤニヤは止まらない。
「べつに、彼が特別気になるわけじゃないから」
「彼って?」
「だ、から……小竜景光って、加州! なに笑ってんのさ⁉」
 小竜景光の名前を出した途端、加州清光は我慢できないとばかりに腹を抱えて大笑いした。
「いやぁ~、さすが三日月のじじいの観察眼はすげーな、と思ってさ」
「三日月?」
 話の筋がわからずきょとんとしていると、加州は先日あった秘密裏の会合のことをかいつまんで説明した。
 三日月宗近を始めとした古参の刀たちで、小竜景光をなるべく主のそばから離しておこうと計画していたという。
 それを聞いて、審神者の眉がハの字になった。
「それで、長谷部が朝からこんなに書類を持ってきたのか」
「そういうこと。出陣の見送りに出ないようにするためさ」
 毎朝、審神者は出陣や遠征に出向く刀剣男士たちの見送りに出る。
 それは、この本丸が出来たばかりの頃からの習慣だ。ただでさえ存在感が薄く、刀剣男士に少しでもその姿を認識してもらうためにそうしているのだが、今朝は長谷部が未処理の案件を山のように持ってきた。急ぎの案件もあったので、見送りをあきらめたのだ。
 それがずっと気がかりで、そこから顕現したばかりの小竜景光のことが頭に浮かんだだけだ。ただ、ついあの美麗な姿を何度も思い出してしまって、集中が切れてぼうっとしてしまったのは、手伝ってくれている近侍の加州に申し訳ないとは思うけど。ただ、それだけだ、
「オレはいいと思うよ」
 加州がポツリと言った。
「何が?」
「主が小竜景光のことを気に入ったことさ」
「だ、だから! それは……
 言い訳をしようとした審神者を、加州はハイハイとあしらった。
「顔。真っ赤だぜ、主」
 指摘されて、思わず頬に両手を当てたが、この執務室には適当な鏡がない。たしかに。触れたそれは熱を帯びているような気がする。耳まで熱い。
 ──ここまでとはねぇ。
 耳どころか、首筋まで真っ赤になる主を見て、加州は感心していた。
 たしかに、この主が新しく顕現した刀にここまでご執心なのは珍しい。いつもなら、新人に認知されない自分の存在感の薄さをまず嘆くのだが、そういった負の感情は見当たらない。
 ──でも、まだ〝はしか〟程度かな。
 頬に両手を当ててボーっとする主を見ながら、加州は冷静に判断した。
「かしゅー。ボク、熱出たみたい。作業休んでもいい?」
「風邪の熱ならそうしてやりたいけど、主のソレはちがうだろう?」
 はい、休憩おわりと告げられて、審神者はしぶしぶ半分まで減った未処理の書類の山に手を伸ばした。
「あれ? この稟議書、こないだ確認して通したやつだよね」
「どれ?」
 いくつかの似たような内容の書類を、加州に見せる。
「ああ、財務部から突き返されるおそれがあるから、予算案を練り直しって、付箋が付いている」
「ええ⁉ これで良いって言ったの長谷部なのに!」
「見直してみたら、要検討となったんだろ。これは次の軍議で提案すればいいよ」
 細かいやり取りをいくつか行ったあとは、黙々と書類にサインをしたり、本部に転送処置をしたりと、手分けして作業が進む。
 もう少しで終わろうかとするとき、審神者はふと気になったことを聞いてみた。
「ねえ、加州」
「うん?」
「顕現してから、小竜景光の姿をあまり本丸で見かけないんだけど」
「ああ。顕現したばかりだから、出陣や遠征を主にやってもらうよう部隊編成してるらしいよ」
「らしいよって、部隊編成はキミも含めて古参が取り仕切ってるじゃん」
 審神者がわかってるぞとばかりに睨みつけると、加州は悪びれる様子もなく、肩をすくめた。
「今回は、三日月のじじいと長谷部が仕切ってるから、おれわかんなーい!」
「加州!」
「そんなに怒んなくてもいいじゃん、主」
「怒ってないよ。ボクを差し置いて、あれこれ進めるのが気に入らないの!」
 ムキになって言うが、いつもだったら新しい刀を迎えて部隊編成を古参の刀剣男士が変更しても、特に文句を言うような主じゃなかったのを、加州はよく知っている。
「でも、遠征はともかく、出陣は夕暮れ時には帰ってくるんだから、その時にでも声をかければいいじゃん」
「でも、三日月たちはそれを阻止しようとしてるんだろ?」
「んー、そうだねぇ」
「ムリじゃない?」
「そこは、主次第じゃないかなぁ?」
 加州の言ってる意味がわからず、審神者が首を傾げていると、加州はにっこりと微笑んだ。
 それは、慈愛がこもっていてとても美しい笑顔だった。
「俺は、じじい達と違って、別の意味で主の味方だからさ。俺が近侍してる時にちょっと傍から離れて、小竜景光のところに主が行ってたとしても、俺は見てなかったことにするよ」
「だから、別に特に彼がどうとか……
「でも、もう一度顔が見たい。声をかけたいって思うくらいには、気になってるんだろ? 早く自分に気づいて欲しいって」
 加州に指摘されて、審神者は再び顔を真っ赤にしながら逡巡していたが、やがて素直にこくりと頷いた。
 たなびく金の髪。細身なのにしっかりとした体躯。長船派らしい黒の戦闘服を鮮やかに飾る鎧帷子やマント。そして、優しそうな微笑みと声。
 最初から自分に気づいてくれた三日月や鶴丸と違い、他の刀剣男士と同じく黙り込んだ自分に気づいてくれなかったけど、そっとささやく自分の声に振り向いてくれた。そのことを思い返すだけで、ドキドキしている自分がいる。
 なぜか、三日月や鶴丸たち古参の刀は、小竜景光が自分と接触するのを避けているようだけど、彼が特級になるのをジリジリ待つのも、じれったいような気がした。
「協力してくれるの? 加州」
「じじい達に怒られない程度にね」
 彼が顕現してから、今日で三日目。
 顕現したばかりなのに主の姿が見えなくて、もしかしたら不安になっているかもしれない。出陣ばかりで、疲労が溜まっているかもしれない。それを癒やすのは、自分の仕事なのだから。
 何かを決意するかのように、ぎゅっと拳を握りしめる主を横目で見ながら、加州は再び優しく微笑んでいた。

 小竜景光が、主の存在に気づくまであと98日。
〈了〉