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せみず
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流花
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『ところにより、光』から削除したシーン
推敲時に削除した部分の供養です。
これにからむ箇処も関連して消したので、ここを読んでも読まなくても、『ところにより、光』には影響ありません。
花道の回想なので、特に流花色もないです。
『幸福の王子』がモチーフのひとつでした。その関連を消したので、過去形です。
桜木が置いてきたピジョンブラッドのピアスは、今、世界でいちばんふさわしい場処にある。
そう思えるという事実は、いまだ寝つけない桜木の手足の先をほんのりあたためた。雑踏で落としたら二度と見つけられないだろう小さなピアスで、ブラッドなんて不穏な単語がついているのに、ツバメのように幸せを運んでくれそうな気さえする。
ツバメ、と、ひとりの室で桜木は呟いた。
脳裏に晴子の声がよみがえった。ツバメは、幸せを運んでくれる鳥なのよ。
たしか、部活の休憩中に聞いたのだ。
晴子は一年生の秋からバスケ部のマネージャーになったので、休憩時間中に晴子と話す機会は多かった。季節はいつだったろう。常夜灯を眺めていても記憶はもやもやと定まらず、桜木は目を閉じる。
暗くなった視界に、黒い鳥が浮かんだ。額にくちばしがついていて、腰から細長い三角形が二本垂れていて、動くたびに揺れて不格好だった。演劇部の部員が着ていた、衣装だ。
演劇部の部員が着ていたツバメの衣装がおかしくて、桜木が宮城と三井と指さして笑っていたときだ。彩子には叱られ、晴子も、まったく迫力はないが頬をふくらませて怒っていた。ツバメは幸せを運んでくれる鳥なのよ、とも晴子は言っていたが、それと、不格好に見えた衣装とは関係なくて、桜木は疑問だったが晴子は真剣だった。
そうだった、ツバメの登場する童話は、あのときに晴子に聞いたのだった。
日本に戻ってきて、高校の一時期を過ごした場処にいるせいか、思い出せずに引っかかっていた記憶が喚起される。するするとはたぐれず、引っかかり、千切れたり踏ん張ったりしながらたぐるさまは、サツマイモ堀りに似ていた。幼稚園児だったころの遠足だ。幼かった桜木には、サツマイモのツルは強敵で、ずいぶん苦労した。
自分の顔くらいあったサツマイモよりはまだ簡単に、桜木はツバメの物語をたぐり寄せる。
正座させられて彩子に叱られた三人に、晴子が説明してくれた。あれは演劇だから人間がツバメの格好をしていて、観客は、舞台上であの衣装を着ている人がツバメに見えるという前提で、舞台を見る。そういう約束を共有しているのだと、お芝居なんて小学校の低学年以来離れていたような三人に、前提から教えてくれた。
文化祭は桜木のリハビリ期間中に終わっていたから、演劇部は別の目的のために練習していた。おぼろげに、チャリティーだとかなんとか言っていた記憶があるが、チャリティーなんていう単語も、桜木はそのとき初めて聞いた。
その時期、演劇部が練習のために体育館のステージを使っていたが、ステージとその近辺であれば、場所取りの競合相手とはならないので、各運動部の練習中にも演劇部が練習しているという、いささか混乱した光景が体育館に出現していた。
本番が近くなるまでは、演劇部はふつうに制服かジャージで練習していたのだ。それが、衣装あわせとやらで、いきなり鳥の衣装だの冠をかむった王子さまだのの衣装が突如出現したので、笑いの沸点が小学生並みの三人が爆笑して、演劇部から睨まれ彩子から叱られたのだった。
なんで人間がツバメのカッコしてるんすか、という桜木の疑問に、晴子は『幸福の王子』という演目の内容を聞かせてくれた。
かなりはしょっての説明だったが、黄金と宝石で作られた王子の立像と、ツバメの話だった。
――
ある街に、生きていたときは宮殿で何不自由なく暮らしていた王子がいて、死後は街を見下ろす柱の上に像として建てられた。王子の像は、剣の柄には赤いルビー、両の目には青いサファイアがはめられて、身体は黄金でおおわれていた。
その街に、群れの皆と一緒に旅立たなかった一羽のツバメが来て、王子と親しくなった。
王子の像は、自分の身を飾る宝石を剥いで貧しい人々のもとに届けてくれと、ツバメに頼む。ツバメは南へ渡らなければ寒さで死んでしまうのに、王子の懇願を聞きいれ、出立の日をいちにち一日と先延ばしにしてしまう。
とうとう南へ渡るのをやめたツバメは、動けないし、宝石の目を失って何も見えなくなってしまった王子の代わりに人々に王子の黄金を届け続けて、寒さで死んでしまう。ツバメの死を知った王子も鉛の心臓が割れ、宝石も黄金も失ってみすぼらしくなった像は捨てられてしまった。しかし、神さまが、ツバメと王子を天国へ住まわせた。
晴子によるあらすじを聞いた三人は、ぽかんと口を開けていた。
「おい、タイトルなんだった」
「えっと、『幸福の王子』
……
じゃなかったすか?」
「どこが幸福なんだ?」
わめく三人はふたたび彩子に叱られて、休憩時間も終了した。
その日はそれで終わり、桜木が晴子と話したのはさらに翌日のことだった。
バスケ部が体育館のフロアで、演劇部がステージという使い分けは前日と変わらない。演劇部は前日が衣装合わせをした初回の練習で、衣装の調整をして、再度、本番同様に通しの稽古をしていた。
休憩時間中、晴子がウォータージャグに追加のスポーツドリンクを作るというので、桜木は手伝いを申し出た。バケツみたいなサイズのウォータージャグを晴子が持ち歩く姿は危なっかしくて見ていられないのだ。
四リットルほど入ったウォータージャグを桜木が持って体育館へ戻る道すがら、『幸福の王子』の話になった。晴子は幼いころに絵本で読んだことがあったので覚えており、演劇部の練習を見て、絵本を読み返したと言った。
晴子に聞いたのと、演劇部の練習を休憩時間中に見聞きしただけだったが、桜木には、色々と納得のいかない内容だった。
「王子もツバメも死んじまう暗ぇ話なんて、観た人が寄付してくれるんすかね」
「そうねえ、王子さまが宝石や金を貧しい人たちにあげるお話だから、観た人もそういう気持ちになってくれるんじゃないかしら。人のために、自分のものを全部あげてしまえるなんて、すごいと思わない? もしわたしだったら、そんなことできるかしら」
「ハルコさんは、オレと一緒に練習してくれたじゃないすか。すげーやさしー人ですよ!」
そもそも桜木をバスケと引きあわせてくれたのが晴子だ。その晴子のやさしい心が、王子に負けるだなんて思えなかった。
「もしハルコさんが王子、いやお姫さまになったら、この桜木花道、ツバメとなって
……
」
「もー桜木くんたら、いいわよぅ」
照れた晴子に止められたが、晴子の役に立てることがあれば、桜木は力を振りしぼるつもりだった。力こぶを作って叩いてみせた桜木に、晴子はひとしきり笑って、笑いすぎてにじんだ涙を拭った。
「桜木くんがツバメになっても、あんな無茶はしないでね」
ルーズボールに突っ込む桜木の姿は散々見せられてきたし、山王との試合ではリハビリが必要なほどのケガを負ったのを思い出したのか、晴子は両手の指でバツ印を作った。
桜木は素直に応じる。それについては、復帰後に注意点として、耳をふさぐのも許されない剣幕で言い聞かされた。
晴子は重々しくうなずいてみせたあと、バツ印を解いて後ろ手に指を組んだ。
「桜木くんの言うとおり、あのお話、明るいお話じゃないよね。小さいころにお母さんが読んでくれたんだけど、王子さまもツバメもなんで死んじゃったのって泣いたわ」
今なら理解できる部分もあるけれど、やっぱり無条件にいいお話だとは思えない、と晴子は呟く。
「もしかしたら、ツバメは王子さまの頼みを断って南に行ったほうがよかったんじゃないかしら。ツバメは幸せを運ぶ鳥って言われてるのよ。また来年、王子さまのところに来たら、もっと長くお話できて、王子さまだって、そのほうが幸せだったかも知れないわ。だって、王子さまは自分のせいでお友だちのツバメを失って、ひとりきりになってしまったんだもの」
王子とツバメは、天国でまた会えたんですよね? と、桜木は訊ねたかったが、声が出てこなかった。
まるで舐めかけの飴をうかつにも飲みこんでしまったようだった。のどにつかえて息が詰まって、無理やり飲みくだそうとしているのに飲むも吐くもできなくて、空嘔(からえずき)をするばかりの苦しさが押し寄せる。
ちょうど体育館前に着いたこともあって、桜木は足を早めて体育館内にウォータージャグを運びこんだ。
たしか、『幸福の王子』については、それきり晴子とは話さなかったはずだった。
すっかり忘れていた、と、桜木は、あのときの飴玉が詰まったままのように、みぞおちのあたりをさすった。
桜木は布団の上で目をおおった。閉ざした目蓋が圧迫されて、目蓋の裏でちかちかと奇妙な模様がまたたく。
王子は、ひとりきりになってしまった。
自分のせいで、誰かを失って、ひとりきりに。
晴子の言葉を聞いたとき、間に合わなかった病院への道のりを思い出したのだった。自分は王子ともツバメともまったく境遇は異なるのに、そこだけ重ねるのもおかしな話だが、思い出してしまったから、『幸福の王子』という演目のあらすじ自体の記憶を遠くへ追いやっていたらしい。
ツバメが幸せを運ぶ鳥だと、どうして言われているのかは、わからなかった。
けれど、たしかに、『幸福の王子』のツバメは、南に行ったほうがよかったのかも知れない。
ツバメは王子の願いを叶えてあげたために、王子をひとりにしてしまうのだ。
願いを叶えてもらえることと、ひとりにされてしまうこと、どちらがいいのかなんて決まってる。
また会えるなら、たとえ遠く離れていたって、海を渡ってエアメールでしか連絡が取れなくなったって、たとえひとりきりにされたとしても、生きててくれたほうが百倍も千倍もいいに決まってる。
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