あなたに晩餐を

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。

里公認の婚約関係。
夕飯にウ教を招待したハ♀のお話。

一日の終わりを告げる夜闇に包まれた道。
今日は月もなく、とても暗い。

「ふん、ふふふーん……!」

人気のないカムラの里中を、鼻歌交じりに歩くウツシの足取り。
それは暗がりの雰囲気に似合わず、非常に軽やかだった。

その理由は、今日の昼まで さかのぼる。

『今夜、夕飯をご一緒にどうですか?』

集会所のウツシのところまでわざわざやって来てそう誘った女性は他でもない。

夫婦 めおとになる将来を誓ったウツシの愛する愛弟子であり、里の英雄『猛き炎』と呼ばれる娘。

普段はお互いに狩猟に任務に忙しぬ、なかなか一緒に過ごす時間が取れない中での誘いを、ウツシが断るわけもない。

彼は『彼女が誘ってくれた』という事実にも、その場に誰の視線も無ければ全力で踊り明かせてしまいそうなほど嬉しくてたまらないのだ。

夕飯は、今は娘の住んでいる水車小屋にて、しかも彼女が自ら作るらしい。

昼から、彼はその時間が楽しみで仕方なかった。

あまりにも楽しみなウツシは喜びを抑えきれず、同じ集会所で働いている受付嬢のミノトや茶屋のオテマエに「今日は愛弟子とご飯なんだあ!」と報告し続け、その結果。

ミノトからもオテマエからも「もう少しお静かに」「うるさいニャ」と何度も苦言を ていされることとなった。
歓喜に震えるあまり、言葉を心に留めておくことができなかったのだ。

ようやく待ちに待った夜、軽やかに水車小屋に到着したウツシは「ンンッ」と何となく咳払いして落ち着きを取り戻し、口元を覆っている鎖帷子 くさりかたびらを下ろす。

その後、昼に苦言を呈されるほどのハツラツとした様子が嘘のように、玄関引戸 ひきどを優しく二回ノックしてから、それを静かに横に滑らせた。

「愛弟子ー? 入るよー?」

戸を開いてすぐ、どこか泣きたくなる懐かしさを感じる、ふわりと優しい家庭料理の香りがウツシを包み込む。

土間の炊事場には、紺色の道着姿でお玉を持っている娘の姿があった。

彼女は体の向きこそ鍋の方に向いたままだが、顔はしっかりとやって来たウツシの方に向け、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ウツシ教官! おかえりなさ……あっ……! ち、違っ、い、いらっしゃいませ!」

おかえりなさい、と言いかけてすぐに頬を赤らめ訂正した娘の様子に、ウツシは早速、体の末端からぶるりと震えるほどの愛おしさを感じずにいられなかった。

彼は後ろ手で静かに戸を閉めてから、鍋の前でお玉を持って炊事場を離れられない様子の娘の傍に歩み寄り、柔らかに微笑む。

「愛弟子、もう一回。ちゃんと聞かせてよ」
「えっ?」
「おかえりなさいって。ね?言って」

炊事場の炎にも負けないほど顔を赤くし、お玉を持ったまま、娘は「うぅ」と呻いて視線を泳がせるも、それはほんの一瞬。

ほどなく彼女は笑顔のまま、言葉を待っているウツシを見つめ、観念したように微笑んだ。

「お……おかえり、なさい……! ウツシ教官」
「うん! えへへ……ただいま、愛弟子!」

何気ないやり取りのはずが、何故か今はお互いたまらなく新鮮に感じられて。
ウツシはとても幸せそうに、娘も嬉しそうだが、どこか恥ずかしそうな様子だった。

彼女はその恥ずかしさから逃れるように、畳の間の方に視線を向ける。

「ご、ごめんなさい、夕飯まだできてなくて! あと少しですから、そちらで……畳の方で待っていて頂けますか?」
「待ってていいの? 何か手伝うよ?」
「大丈夫です、本当にあと少しですから。それに、びっくりしてほしいんです」
「おや、そうなのかい? 可愛いことを言ってくれるね。それならお言葉に甘えようかな」

娘の目線の先にある畳の間には、特等席のように木製の座椅子と、その前にまだ何も乗っていない黒塗りの膳が設置されていた。
どうやらそれがウツシの席のようだ。

「うわ、すごいなぁ……! 何だか旅行に来たみたいだ」
「座って少しゆっくりして下さい」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな。そういえば、キミのアイルーとガルクはどうしたんだい?」
「今日はヒノエさんとミノトさんのところでお泊まり会をです。さ、どうぞ上がっていて下さい」

今日は完全に二人きりかと考えながら、脚装備を外し、 かまちから畳の間に上がったウツシが「よっこいしょ」と座椅子に座る。

特等席から眺められる、愛する人が料理に いそししむ背中を見つめる。

炊事場を行ったり来たり、忙しそうにくるくると動いて手を動かす彼女が、まさに自分のためにあれこれ頑張ってくれているのと思うと申し訳ない反面、それを見ているだけで頬が緩むほど嬉しい。

何が出てくるのか楽しみになりながら、ウツシはふと、今、炊事場にいる娘は、可愛い自分の愛弟子は、今は愛する恋人。
だがいずれ、自分の妻になる人なのだと、改めて実感する。

先ほどのように「おかえり」「ただいま」を言い合えて、こんな景色を見ることができる日が、特別ではない日常になってくれたら、どんなに幸せだろう。

そう考える一方、そのうちそんな景色も『日常』となった以上は、当たり前のものとして埋もれてしまうのだろうかと、少し不安にもなってしまう。

だが、日常の平穏というかけがえのないものの価値や尊さを、ウツシは自分なりに理解しているつもりだった。

日常はある日突然、なくなってしまうもの。

当たり前のように傍にあればあるほど、ずっと近くにあるように思えても、どんなに強く握りしめていても、するりと指の間から零れてしまうように逃げ出し、瞬く間に消えてしまう。

そして、消えたものと同じものは、二度と戻ってはこないのだ。

そう頭で分かっていても、消えてしまった時、何故もっと大切にできなかったのかと、悔やんでも悔やみきれないもの。

そんな愛すべき時の積み重ねが『日常』というものだと、ウツシは自分なりに考えていた。

(俺は……! 俺はキミと過ごせる毎日を………大事にしたいよ、愛弟子……)

料理の邪魔をしないよう、ウツシは胸の奥底で、だが自分自身にも語るように呟く。

愛する人と共に過ごせる時間より幸せな時間がどこにあろうかと、彼は今のこの時に感謝しながら、炊事場で「できたー!」と喜び声を上げた娘を、優しく見守っていた。

(頑張ってるところ……可愛いなあ、本当に)

相変わらず忙しそうに角盆 かくぼんの上に完成した料理を乗せた後、それを両手で持った娘が、ウツシの座るお膳の前までやって来る。

「ウツシ教官、お待たせしました!」
「ありがとう愛弟子! いっぱい頑張ってくれて嬉しいよ、とってもいい匂いだね!」

嬉しそうに「えへへ」とはにかみながら、娘が角盆からウツシの膳に、出来たての力作の数々を並べていく。

魚の煮付けに山菜の天ぷら、キノコと野菜の和え物に茶碗蒸し、野菜たっぷりの肉の陶板 とうばん焼き、更には香の物と豆腐の味噌汁、艶やかな白米。
最後は、しっかりと煎茶つきだ。

少々盛り付けが崩れているところがあるものの、圧巻の品々に、ウツシは思わず目を丸くしてぱちぱちと瞬かせる。

「す、す、すごいね!? すっごく豪華じゃないか!こ、こんなに食べて良いのかい!?」
「お口に合うか分かりませんけど……ミノトさんに教えてもらいましたので、大丈夫だと思います。冷めないうちに、どうぞ召し上がって下さい」

空いた角盆を胸の前で抱えるように持った娘が『早く食べて』と言わんばかりに、そわそわした様子でウツシを膳を挟んで正面から見守る。

「ほ、本当にすごいよ、美味しそう……!」

写真に収めたくなるほど、食べるのが勿体ないほどの豪華な食卓だったが、正直なところ、ウツシの腹の虫も活発に動き始めていた。

彼は箸を手に取り、顔の前で丁寧に手を合わせる。

「じゃあ、早速! いただきます!」
「どうぞ!めしあがれ!」

すぐにウツシの箸がキノコと野菜の和え物を挟むと、その様子を見守っていた娘の瞳が更に不安げに、だがどこか楽しみなようにも見えるほど、きらきらと光を帯びて輝き始める。

ぱくん、と和え物を食べたウツシは、とても満足げに目を細めて、愛する人へ微笑んだ。

「おいしいっ! しょっぱすぎなくて、サッパリしてて凄く美味しいよ! 俺の好きな味付けだぁ!」
「本当ですか!? 良かった!」

ようやく、ほっとしたように娘が微笑む。

その愛らしさに更に食欲を増進させて、ウツシは次々に膳の上の料理を食べ進めていった。

「この陶板焼きも……んん、美味しいっ……!美味しいよ愛弟子っ! 天ぷらもサクサクだし、揚げるの上手だね!」
「良かった、喜んで頂けて嬉しいです」
「お味噌汁も美味しいよぉ! いくらでも食べられちゃいそうだぁ!」
「ふふ、ウツシ教官のために作ったご飯ですから。ゆっくり食べて下さいね」

穏やかに安堵した様子で見守られながら、ウツシは大喜びで、次々と料理を平らげていった。
こんなにも心満たされる食事の時間は久しぶりだと、かけがえのない幸せを噛み締める。

半分以上食べ終わってから、ふと、ウツシは目の前にいる娘の顔を見つめた。

……愛弟子? え? あの、キミの分は?」
「ありますよ、ご飯とお味噌汁」
「おかずは!?」
「キノコとお野菜の和え物と、お肉が少し」
「それだけ!?」
「作ってると味見もしますし、それで何か、満たされてきちゃうんですよ。なので、もう少ししたら食べようかなって」
「ええっ!? ダメだよ! 俺ばっかり食べちゃって! キミも食べないと!!」
「ウツシ教官に作ったんですよ?」
「キミも食べて! 俺は一緒の方が嬉しいよ!!」
「そうですか……? じゃあ、それなら」

ゆっくりと立ち上がった娘は、炊事場の方に戻ると、自分用に簡易的に白米と味噌汁、そして先ほど言った通りに野菜の和え物を、ウツシに料理を運んだ角盆に乗せ、また彼の正面に戻ってきた。

「愛弟子、お膳は? もう一つないのかい?」
「無いんですよ。でも大丈夫です、お盆に乗ってますからこのまま置いちゃいます」
「何だか、申し訳ないなあ……
「良いんですってば。もう、ご招待したのに気を使わせちゃってすみません」

苦笑しながら、娘は自分は畳に直に正座し、直に角盆を置くと「いただきます」と手を合わせ、ようやく自分も食べ始める。

それを見て、ウツシは安堵したように息をついた。

いくら招待されているとはいえ、彼女は、自分の愛する女性、最愛の愛弟子。
やはり食べる時は共に食べ、共に過ごすことで落ち着ける。

お互いにもぐもぐと食べ進める中、ウツシは一つ、山菜の天ぷらを橋でとって、正面にいる娘の前に差し出した。

「はい、愛弟子! あーんして!」
「そ、それは、教官に作ったんですよ……!?」
「俺、いっぱい食べたからさ! キミもぜひ自分の作ったものがどれだけ美味しいか噛み締めてほしいなぁ! ほらほら、あーんして!」
「うう……! わ、わかりました……

有無を言わさぬような、妙な熱意で天ぷらを差し出してくるウツシに負けた娘が、恥ずかしそうに小さく口を開く。

無防備に開かれたそこに、満足そうなウツシの箸から、そっと天ぷらが運ばれていった。

「ほら、食べてみて。美味しいから」
「んー……んぐ……

もぐ、もぐ、と娘が口を動かす。

その様子は妙に恥ずかしそうだ。

多少時間が経っていたが、咀嚼 そしゃくした瞬間にまだサクサクとした食感が生きていたので、彼女は自分で作ったにも関わらず少し驚いてしまった。
料理上手のミノトの教えを受けて良かった、と思わず実感してしまう。

彼女の表情が良い意味で少し変わったことを敏感に察したウツシは、「ふふ」とやはり満足そうに笑みを浮かべた。

「ほら、美味しかったでしょ?」
「はい……! ミノトさんのおかげです」
「まあ、それもあるけど、作ったのはキミだよ? だから少しはちゃんと自信を持って、ね?」
……えへへ、はい。ありがとうございます」

褒められたことに素直に嬉しそうに笑った娘が、ウツシの目にとても愛らしく映る。

あれほど手の込んだものをくるくると動き回り、頑張って作っていたのに、自分ではない人のおかげだと言える彼女がいじらしく、愛おしい。

二人はそのまま仲良く今日のことなどを語らいながら食事を終え、食べ始めた時間も食べた量も違うが、同時に箸を置いた。先に手を合わせたのはウツシだ。

「はあー美味しかった! ごちそうさまでした!」
「はい、おそまつさまでした」
「いやあ、いっぱい食べたなあ! こんなに美味しいもの食べたの久しぶりだよ! ありがとう!」

穏やかな笑顔でウツシを見ていた娘も手を合わせ「ごちそうさまでした」と、命の恵みと幸せな食事の時間に感謝する。

満足そうにお腹をさすっているウツシの膳を見て、彼女は更に嬉しそうに微笑んだ。

「教官、全部食べてくれたんですね」
「いやあ、まあね」
「結構量があったのに……無理してませんか?」
「本当に美味しかったからね! 何度でもおかわりしたいくらいだったよ!」
「ふふ、それなら良かったです。デザートに甘味でもあれば最高だったんですけど、ごめんなさい、そこまで用意できなくて」

申し訳なさそうに微笑む娘の顔を、ウツシがじっと見つめる。

……愛弟子、ありがとう。俺のために、いっぱい頑張って用意してくれたんだね」
「えへへ。少しでも、喜んで欲しかったので」
「最高だよ! 本当に、ありがとう」

娘の笑顔が、ウツシ喜びで満たしていく。
最愛の彼女が自分のことを想ってしてくれたこと、全てが、震えるほど嬉しい。

やがて彼女が、ウツシの膳の食器を片付けようと手を伸ばした時だ。

その小さな手を、突如として伸びてきたウツシの大きな手が捕まえた。

「えっ………?」

驚いて思わず声を漏らしながら、娘がウツシを見つめる。

すると、彼は目を細めて、優しきながらもどこか あでやか熱を帯びた、意味深な笑顔を浮かべた。

「愛弟子。……今日は、二人きり、だよね?」
「! あ………! は、はい……!」

たちまち顔を赤くし、もじもじと うつむいた娘を、愛する人を、ウツシは今すぐにでも胸の中に抱きしめたかった。

あまりにも愛おしく、可愛い、最愛の人。

……愛弟子。……あるよ?」
「え?」
「食後の、甘味。……食べてみるかい?」
「え? それって…………!」

ガチャン、と音を立てて、膳から、角盆から、いくつかの食器が舞うように小さく跳ね上がる。

ウツシが娘を抱き寄せて、その小さな唇に自分の唇を重ねたからだった。

……ん、んん……!」

少し驚いたように小さく声を漏らした娘だが、彼女はすぐにウツシの胸にしがみつくように抱きついて、深く唇を重ね合わせていた。

二人は目を閉じて、互いに互いを味わうように、角度を変えては何度も食らいつくように口付けた。

病みつきになりそうなほど柔らかい、愛する人の極上の味。

「はあ、はぁっ……! んっ……愛、弟子………!」
「ん、ふぅっ……! きょう、かん……んん……!」

言葉にならず、ただ、お互いを呼び合うのが精一杯で。

呼吸は激しい熱を帯び始め、それさえも耳に心地良く響く。

ウツシは娘と口付けを続けながら、やがて彼女をそのまま畳に緩やかに押し倒すと、そのまま覆い被さった。

ほんの一時、唇が離れて。

熱に潤んだ互いの視線が絡み合う。

ウツシは自分の額を、組み敷いた愛する人の額にこつんと重ね、艶やかに微笑んだ。

……おいしいよ、愛弟子……!」

自分の唇の形に沿って、ウツシが妖しくぺろりと舌を這わせた。

その仕草は、濡れた彼の唇の妖艶さは、娘の体を熱く蕩けさせる。

はあっ、と一度深く呼吸したウツシは、彼女の耳元に唇を寄せる。

それはまるで、自分の想いを言の葉に乗せ、彼女の体の芯まで伝えようとしているように。

「愛してる……愛してるよ、愛弟子……!」
「わ、たし……! わたしも……わたしもぉっ……!」

それ以外の言葉で表現できる想いではなかったのか、何度も同じことを呟きながら、娘は自分に覆い被さっているウツシの背に、下からそっと両手を回した。

強く抱き合って、互いの体温を感じる。

互いの心臓が早鐘 はやがねを打つ音さえも、聞こえる気がした。

顔を見合わせて微笑み、愛を告げ合えば、互いの呼吸が交わり合う。

それは今日味わった中で何よりも、甘美なる味がしていた。



@acadine