ぼんやりした顔で、まだ整わない息をして、水木は鬼太郎の手をふにふにと揉んでいた。なすがままになりながらも、水飲みますか、と鬼太郎は尋ねる。
んー、と曖昧な返事。汗で髪が張り付いた額に、鬼太郎はそっと触れる。一糸まとわぬ姿でしどけなく横になっている今の彼の姿には滴るほどの色気があって、けだるげな中になぜかぽつりと咲いた、物知らぬげな白い様子が背徳的ですらあった。
みずき、とひそやかに囁く。こっちを見て、言外にそうねだるように。だが、ぱちりと瞬きしただけで、水木はこちらを見てくれなかった。どころか、さっきまで手慰みに揉んでいた手まで離して、ごろりと背中を向けてしまう。
上気したままのうなじは汗で光り、思わず息を飲む。
「…もう今日は店じまいだぞ」
視線は感じているのかもしれない。水木が、かすれた声でぼそりと言った。少し怒っているようにも聞こえるが、何しろもう長い付き合いだ。これが拗ねているからのものと鬼太郎にはわかった。
だとすれば、することは決まっている。
鬼太郎は水木のむき出しの肩に触れるだけの優しい口づけをして、「そういう意味ではなくて」とひそめた声で誤解を解こうとする。
日付が変わる前に一緒に床に入ったが、さっき、新聞配達の音がした。水木に聞こえていたかはわからないが、鬼太郎はそれで少し我に返った。
言葉を選ばなければ、しゃぶり尽くした、とでも言うしかない。
骨がとけたようにフニャフニャの様子で、体のあちこちに(服に隠れるところだけと厳に戒めている)情事の痕を色濃く残した水木の様子に、ごくりと唾を飲む。
しかし、嘘をつくわけにはいかない。
「お湯わかしてきます。風呂は疲れるでしょう、体、拭きます」
水木は沈黙した。言い返さないということは、悪くない、くらいは思っている気がする。
さて、もう一押し、と思った時、背を向けた時と同じくらい唐突に水木が寝返りを打った。今は暗く沈む紺青が、正面から鬼太郎を見る。
「…水木?」
「…ん」
水木は…、不意に手を広げ、いささか幼い仕草で鬼太郎を呼んだ。面食らったのは鬼太郎の方。まだ、正しく彼の小さな可愛い養い子であった頃は、そうやってよく胸に、腕の中に招いてくれたものだけれど。
「あつい」
「……もう」
ぽつりと言った言葉は拗ねているように聞こえたから、つまり本人も恥ずかしく思っているのだろう。
鬼太郎はいそいそ水木の腕の中に収まりにいく。ぴったりだ。…いつか逆転する予定だが、とろけるような顔で自分を抱きしめる大好きなひとの顔が見られるのは、それはそれで眼福なので。もう少しこのままでもいいか、と珍しく優柔不断に思ったりする。
「……きもちいい」
体温の低い幽霊族の体は、熱帯夜に活躍することもしばしば。
水木はぎゅっと抱きしめた鬼太郎の肩口にぐりぐり頭をこすりつけるようにし、くふ、と忍び笑いをこぼす。
水木…?と呼ぶ子に、その頬に水木はちゅむっと軽く口づけ、そうして笑う。
「朝でいい」
「でも…」
「ふたりで朝風呂もいいだろう」
にっ、と水木はからかうように笑い、鬼太郎の額をつついた。
「ちゃんと起きてくれよ、旦那さん」
「……………もう、あなたって…」
はあ、とため息をついた後、鬼太郎はぎゅうと水木に抱きつく。やっぱり、今すぐ背丈を伸ばしたいかもしれない。力だけなら水木くらい片手でだって持ち上げられるけれど、そういうことではなくて…。
「俺がなんだって?」
「………、可愛くてずるい」
「可愛いのはおまえだ」
汗でぐちゃぐちゃになった前髪を額にはりつけたままで、なお水木の顔は整っていた。けして顔貌に惹かれたわけではないけれど、水木のこの顔もまた鬼太郎の好むところではある。
「……水木、やっぱり、」
水木の指が、ちょん、と鬼太郎の唇に触れた。やわらかくたわんだ瞳が「ダメだ」とたしなめてくる。
「…はぁい」
何を言われたわけではないが、自分を納得させるためにも声に出し、鬼太郎は水木の胸に顔を埋めた。
愛おしい、と何より雄弁な手つきで水木の手が頭を撫でていく。
夜が明けるまではあとわずかでもない。いくばくかの微睡みにお互いがゆっくり沈みこんでいく、それは、特に変わったことがあったわけでもない、ある未明のことだった。
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